第二章 オリエンテーション
第12話 のろけ地獄
思春期特有の様々な衝動を持て余した者達が、それを爆発寸前でなんとか抑えるためにも、発散の対象を常に求めていた。
思春期特有の欲望と激しい感情で、澱んだようにすら見える空間。
教室の天井付近には欲求不満の溜め息が充満し、雲でもできそうな湿度。
上履きに貼り付くリノリウムの廊下は苛立ちを募らせ、至るところに退屈が転がっていた。
そんな校舎の中、一朗の目の前にも一人、色ボケしたバカップルの片割れが――。
熱い視線をもう片割れの方に送ってから、こそりと小さな声でこう断ってくる。
「悪いね。突然ボクが直接栞に会いに来ると周りから変に疑われそうだから、一朗のことを利用するみたいな形になってしまって」
「別にいいよ。お前が休み時間にダル絡みしてくるのは慣れっこだから……」
「助かるよ」
「にしてもだ。別に休み時間にわざわざ恋人を見に来なくとも、放課後は独占できるだろ?」
「わかってないね君は。どんな彼女だって見逃さずにいたいものなのさ」
「お熱いことですねぇ」
「ふふ、まあね」
――以前一朗は、黒戸にこんな質問をした。
「黒戸、お前と雪野って、俺の勘違いじゃなければ微妙な距離が無いか? 中学の時になんかあったのか?」
「いや、無いよ。……どうしてだろうね」
その時ははぐらかされたが、あれは今にして思えば、お互いに意識し合っていたからこそ、微妙な距離感ができていたということだろう。
俺が気付けなかっただけで、がっつりフラグだったんだな……。
それを踏まえ、一朗はこそりと訊ねた。
「……お前が樹を燃やそうとしたのってさ、やっぱりそういうことなのか?」
「……ああ、そうだよ。道を外れた想いだし、叶わぬものと知っていたからこそ、諦めるためにも行動したんだ」
「なるほどな、納得だよ。……でもじゃあどうして、一度は諦めた告白を?」
「それは決まってるだろう? あの日一朗に会ったからだよ」
「ああ」と、そう素直に一朗は頷く。
確かに俺もあの時、黒戸に出会って桜の樹を伐らなかったからこそ、入学式で雪野に抱いた恋心をポジティブに受け止められたもんな……。
……まあ、それもこいつにへし折られた訳だが。
黙ってしまった一朗に、黒戸が訊ね掛けてくる。
「……? どうかしたかい?」
「いや、なんでも」
「ならいいんだけど」
それから黒戸は視線を雪野の方へ向け、薄く口元に笑みを浮かべると言った。
「……ボクの彼女は今日も可愛いなぁ」
「殺すぞ」
「物騒なことを言うね君は」
「お前が所構わずのろけるからだ。そういうのは心の中だけにしとけよ……ったく」
「仕方ないだろう? 我慢しようとしても勝手に口から出ちゃうんだから」
「お前……。なんかキャラまで変わってないか……?」
「そうだね、ボクもびっくりだよ。どうやら恋は人を変えるみたいだ」
「アホになったな」
「違いないね。でもいいものだよ恋は。一朗も彼女を作ったらどうだい?」
「殺すぞ」
「そうだね、ボクに言われずとも作れるものなら作ってるよね」
「殺すぞ」
「ははっ! 一朗は口の悪さが以前よりも上がったね。男を上げたらどうだい?」
「お前は性格の悪さが上がったんじゃねーか!?」
周りからクスクスと失笑が聞こえてきたので、二人はばつの悪さを覚えて会話を切り上げ、一度冷静になる。
そうしてもなお、黒戸はこんな提案をした。
「……でもさ、オリエンテーションなんて彼女を作るいい機会じゃないかな? 来週のさ」
「まだ言うか、しつこいぞ」
「ボクは至って真面目に言ってるんだけど?」
いやでも……確かに、こいつの言うことにも一理あるか。
黒戸が言うように一朗達新入生は来週の木・金曜日に、一泊二日のオリエンテーション合宿を行う。
これは集団生活のマナーや社会性を学び、高校生としての心構え、そして新たな人間関係の構築を目的としたものだ。
新たな恋も生まれる……かもしれないよな。
「その気になってきたかい?」
「まあな。こうやって黒戸が絡みに来るせいで、未だにお前以外の友達ができない俺には、クラスメイトと馴染む絶好の機会だしな」
「刺々しいなぁ……。でも冗談無しにさ、行き帰りのバスで隣になった子と恋が始まることだって無いとは言えないよ?」
「……どうだろうな」
――かくして、オリエンテーションの日はやってきた。
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