第20話 掘り出しもの

 翌週、早速桜の木は伐採された。1日だけ臨時休業した喫茶さくらでは、滋と美鈴が立ち会い、樹木医・佳太が切り株にペーストを塗って保護するのを見届けた。


 夕方、学校から帰って来た絵梨は、がらんとした店の前を眺め、ぼーっとなった。『喫茶からっぽ』。まさにそんな感触だった。それ以上の言葉も涙も出てこない。店に入った絵梨は、桜の枝が数本、花瓶に活けてられているのを見つけた。美鈴が言った。


「形見に分けてもらったの。この枝はまだ細菌が来ていないって」

「ふうん。どうするの? これでお花咲くのかな」

「うーん。しばらくしたら枯れちゃうかもね。でも絵梨がちゃんとこれを見られたから、それだけでも良かった」

「うん。有難う」

「切り株の周りにもお薬を撒いてくれたのよ。暫くは触らない方がいいって。だから工事も少し間を空けるの」

「ふうん。切り株は?」

「そのままにするって。あの周囲をウッドデッキで囲むかもって」

「へぇ」


 絵梨は花瓶を1卓の上に置いた。


+++


 その夜、もう一晩だけ店の机で眠ることにした絵梨は、1卓でせっせと宿題をしていた。時計は22時を回る。絵梨はがらんとした窓の外を眺める。国道を走る車のヘッドライトは、遮るものがないまま店内に差し込んで、絵梨の影を壁に映した。


「あーあ。やっぱり何もないと淋しいな」


 ふと口に出して1卓の花瓶を振り返り、窓の外に視線を戻した絵梨の目に、突然また白髪が飛び込んで来た。


「え? 城先生? こんな時間に?」


 絵梨は慌てて外に出る。


「先生。どうしたんですか?」

「ああ、絵梨ちゃんか。ほら、伐採したら見に来るって言うてたやろ」


 そうだ。この前そんなことを言ってた。それにしても予告なく現れるなあ。ってまあ連絡手段はないけど。先生は手にした小さなスコップで、切り株の隣の盛り上がったところを掘り返している。


「何してるんですか? その辺、消毒したから触らない方がいいって言ってましたけど」

「ああそう。それは良かった。ワシは大丈夫なんや。おっと、あったぞ」


 城先生はスコップを土中にコンコン当てる。そして伐採されたばかりの新しい切り株との間を掘って行く。


「うん。ちゃんと残ってる」

「何が残ってるんです?」

「絵梨ちゃん、これ、見てみ」


 城先生は切り株近くの土をスコップで避ける。ん-? もう一つ切り株?


「絵梨ちゃんが聞いてたって言う古い桜の切り株がこれ。土の中に埋めとったんや。それでほら、繋がってるやろ」


 城先生がスコップで示したのは『V』字型に繋がった二つの切り株。片方は今日伐採したばかりの木。もう片方は土の中に埋まっていたのを、城先生が掘り出したものだ。


「えー? 昔の切り株って埋めてあったんですか」

「そうやな。ちょっと土が盛り上がっとったやろ。埋めることでキノコが生えんようにしたんやな。こう言うのを双幹樹って言うんよ。元々双子の桜の木やった。せやから古い方に入ってた細菌も乗り移り易かったんやろな」

「今は大丈夫なんですか?」

「古い方もまだ生きてるよ。元々は一本の木なんやし土で保護されとった。新しい方は薬剤塗ってくれたから大丈夫やろ」


 そう言って先生は『いてて…』と腰を伸ばす。


「あの、先生、ちょっと休んでください」

「ありがとう。その言葉を待っとったんや」


 店内に城先生を招き入れた絵梨は、先生にお茶を出した。先生はカップを持ちながら、1卓の花瓶に目をやる。


「あれは、伐採した桜の枝やね」

「あ、はい。母が貰って活けてくれていて」

「ふうん。1本貰ってもええかな」

「はい。いいですけど、そのうち枯れちゃうって」


 城先生は立ち上がって花瓶の中から1本の枝を選んだ。そしてそのまま外へ出る。絵梨は慌てて追いかけた。

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