第21話 接ぎ木

 城先生は腰に巻いた古びたウェストポーチからナイフとテープ、そして接着剤のようなチューブを取り出した。


「先生、どうするんですか?」

「うん? 桜を作るんよ。季節的にはちょっと遅いんやけどな」

「え?」


 先生は掘り出した古い切り株の脇にしゃがみ込む。


「新しい切り株はまだ触らん方がええからな。こっちでやってみる。うん、子どもを作るようなもんや」


 え? ちょっと赤くなった絵梨は、城先生の手元に注目する。先生はナイフで切り株から突き出た短い枝の端っこに切れ込みを入れ、更に手に持った枝の下の方をV字にカットする。そして、そのまま枝を切り株に差し込んだ。


「これを巻くのはちょっと面倒やな」


 言いながら、差し込んだ場所にチューブから中身を出して塗り付け、テープで二つの枝をぐるぐる巻きにしている。


ぎ木って言うんやけどな。桜を増やす方法やね。双幹樹やから、この枝は元々この桜の枝やろ。相性悪い筈がない。伐採したけど、再生させるっちゅうことやな。勝手に伸びて、テープもそのうちポロっと剥がれると思うけど、しばらくここにぶつからんように気をつけてな。桜姫の仕事やで」

「は、はい… え?」

「ほんならワシは帰るわ。お茶、御馳走さん」


 ウェストポーチに道具類を入れると、城先生はさっさと歩き出した。


 絵梨は狐につままれた気分になった。先生、なんで私が桜姫って呼ばれてたのを知っているのだろう。だからこの桜を復活させようとしている? 接ぎ木された枝を眺め、そして目線を上げた絵梨だったが、路上に城先生の姿は、もうなかった。


+++


 翌朝、早速絵梨は古い切り株を見に行く。なんだか夢の中の出来事みたいだった。しかし、接ぎ木された枝はしっかりと古い切り株から突き出している。夢じゃなかった…。


 じゃあ、先生の言った『桜姫』は…、そう、きっと、只の普通名詞だ。桜を見守るからそう呼んだだけだ…、きっと。


 枝を眺めてみるが何がどうなのかさっぱり判らない。しかし、ここにぶつかったら差し込んだ枝が取れちゃう。絵梨は店の中から天板が割れたテーブルを運び出し、古い切り株を守るように置いてみた。そして貼り紙を作って貼る。


『さくら 再生中。さわらないで!』


 そして家に戻ると両親に説明する。


「え? 高校の先生が? そんな夜中に来たの?」


 父・滋も半信半疑である。


「そ。私だって夢かと思ったのよ、だけどちゃんと枝が差し込まれてるから夢じゃなかったのよ。桜を増やす方法なんだって。だから絶対に触らないでね。工事の人にも言っといて」


 そして、絵梨は同じ説明を教室で三咲にもした。滋と同様に三咲も驚いた。


「え、先生、一人で行ったの? なんだぁ、残念。あたしも見たかったなあ。あ、でもそれってこれからどうしたらいいの? お水を掛けるとかすればいいのかな」

「判んない。城先生に聞けばいいんじゃないの?」

「そうなんだけど、先生、滅多に見ないからなぁ。取り敢えず、今日、見に行ってもいい?」

「いいよ」


 電車の中でも、海の風景には目もくれず、二人はネットで『桜の接ぎ木』を調べまくった。

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