第19話 未来の国王陛下と王妃様

 ポカポカと心地良い昼下がり。

 城にある庭園にて、チェルシーとアフタヌーンティーを囲っていたジークエイトは、紅茶を一口飲んでから呆れたように溜め息を吐いた。


「チェルシー。お前はいつになったら騎士を辞めてくれるんだ?」

「ジーク様との結婚が正式に決まってからです。それまでは騎士を続けたいです」

「もう正式に決まったようなモノだろう。婚約もしているのだしな」

「ジーク様との結婚にあたり、作法や仕来りなど、覚える事が山のようにあるんです。それによって溜まったストレスを発散するのに、騎士の仕事は丁度良いんです。魔物や悪人を斬ろうが殴ろうが文句など言われませんし。だからまだしばらくは辞めたくありません」

「騎士の仕事を、ストレス発散に使うなよ」

「それに、ロイヤルナイトの座を嫌な先輩達に明け渡すのも嫌です。もうしばらく在籍して、先輩達をイライラさせてやりたいです」

「ロイヤルナイトの座を嫌がらせに使うな」

「良いではないですか。国王陛下やアーサー隊長も、それで良いとおっしゃってくれているのですから」


 はっきりとそう告げてから、チェルシーはコーヒーに口を付ける。


 付き合うようになってから、分かった事がある。

 チェルシーは辛党であり、甘い物は好まない。さっきからスイーツを口にしているのはジークエイトだけで、チェルシーはコーヒーだけを口にしている。

 他にも紅茶派であるジークエイトとは違ってコーヒー派。それから思ったよりも口が悪い。


 まあ、だから何だと言うわけでもないのだけれど。


「ところでチェルシー。今日こうしてお前をここに呼んだのは他でもない。大事な話があるんだ」

「大事な話? 何でしょうか?」

「オレ達の今後に関わる、重要な話だ」

「?」


 改まって何だと、コーヒーカップをソーサーに置いたチェルシーは、訝しげに眉を顰める。


 するとジークエイトもまた、カタンとティーカップをソーサーに置いてから、真剣な眼差しをチェルシーへと向け直した。


「兄貴とロンブラントさんがまだ繋がっているのは知っているよな? 今度、二人は改めて入籍する事になった」

「ああ、そうなんですか」


 表向きには色々あって、離婚してしまったクリスフレッドとロンブラント。

 けれどもその裏で、世間にはバレないようにイチャイチャやっていたのは、ジークエイトと婚約したくらいからチェルシーも知っている。


 だからそう告げられても、特に驚きはしない。


「でも王族的には大丈夫なんですか、それ? 色々あって世間的にマズイのでは?」

「ああ、マズイ。同性愛の理解者が少ない上に、相手は一度兄貴を殺そうとしているからな。そして、そんな彼と結婚しようとしている兄貴も、色々あって国民からの人気はない。その支持率は歴代でも群を抜いてのワースト一位だ。だから兄貴がロンブラントさんと再婚すれば、その支持率は悪い方での記録を更新するだろう」

「下手したら王位剥奪ではありませんか? 国民からも次期国王はクリスフレッド様ではなく、ジーク様に、と言う声が多いようですし」

「ああ。だから兄貴は、それを利用して本当にそうするつもりなんだよ」

「は?」


 そう、とは……どう言う事?


「つまり、その、国民の意見を尊重するふりをして、王位を辞退し、それをオレに譲る気でいるんだ」

「えっと……?」

「その上で、兄貴は堂々とロンブラントさんと再婚し、その後はLGBTQの理解を深める活動に尽力するそうだ」

「えーっと、それは……?」


 つまり……?


「オレは次期国王、そしてオレのパートナーであるお前は、次期王妃だ」

「え……ええーっ?」


 その事実に勢いよく立ち上がると、チェルシーは驚きに目を見開き、パクパクと口を開閉させる。


 いや、だって次の国王には、国民に叩かれようが何と言われようが全く気にしないクリスフレッドが予定通り即位すると思っていたし、自分はジークエイトと結婚して、彼やその兄であるクリスフレッド、更にはクリスフレッドの未来の伴侶を支える立場になると思っていたのに。


 それがまさか、未来の国王陛下の妻になる事になるなんて!


「すまない、チェルシー」

「い、いえ、ジーク様が謝る事では……」


 素直に謝罪するジークエイトに首を横に振ると、チェルシーはストンと再び腰を下ろす。


 突然の報告に取り乱してしまったが……。

 ジークエイトに非はないのだし、とりあえず落ち着こうと思う。


「それを踏まえて、改めて問う」


 そう前置きしてから、今度はジークエイトが立ち上がる。

 そして向かいの席に座っていたチェルシーに歩み寄ると、彼は彼女の前にそっと跪いた。


「オレと結婚してくれ、チェルシー」

「……」


 ギロリと睨み付けて来るジークエイトの瞳を、チェルシーは真っ直ぐに見つめ返す。


 付き合うようになってから、分かった事がある。

 ジークエイトが鋭く睨み付けて来る時は、怒っている時か、緊張している時。でもどちらかと言えば、緊張している時の方が割と多い。

 そして意外にも一途で、割と甘い。王子だから他の子にも甘いのかと思いきや、そこは一線引いており、自分だけに不器用で真っ直ぐな愛を向けてくれる。


 今だってほら、不安そうにこちらを見つめながら、真摯な想いをぶつけてくれているじゃないか。


 確かに王妃となり、国王を支える立場になるのは不安しかないけれど。


(でも……)


 でもだからと言って、私が断るわけがないでしょう?


「もちろんです、ジークエイト様。私はこの生涯、ずっとあなたをお支えしとうございます」


 断るわけがない。だって私は、この人の事がどうしようもなく好きなのだから。


 チェルシーが笑顔で頷けば、ジークエイトもまた、ホッと安堵の息を吐いてから嬉しそうな笑みを浮かべた。


「好きだ、チェルシー」

「私も好きです。ジーク様」


 場の雰囲気を読み、給仕達が席を外したその庭園で。

 すれ違い続きだった二人の影が、ようやくピタリと重なった。

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私が王子様と結婚出来るわけがない かなっぺ @kanya1616

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