第18話 伝われ! この想い!
好きな人がいました。告白したら断られました。
好きな人がいました。遠目で見ているだけで幸せだと思っていたら、ある日突然呼び出されて、「見るな、キモイ」と告げられました。
特に好きでも嫌いでもない人がいました。日常会話程度の話を繰り返していたら、ある日突然呼び出されて、「勘違いすんなよ。オレ、お前の事好きじゃねぇからな」と言ってフラれました(謎)。
そう、私は男受けが非常に悪いんです。
好きな人がいます。無意識に見惚れていたら怒られてしまいました。
好きな人がいます。でも彼は、私の事、騎士としても信頼していないんです。
好きな人は、私の事が嫌いです。ここまで嫌われてしまったら、騎士としても城にはいられないと思うんです。
だから、彼が私に「好き」などと言ってくれるわけがないんです。
それなのに「好き」と告げられたとしたら、それは絶対に何か理由があるんです。
その理由に、チェルシーはすぐに合点が行った。
どう見ても、チェルシーはクリスフレッドとの結婚を嫌がっている。
けれども身分上、チェルシーにははっきりとそれを断る事が出来ないし、周りにも彼女を助けられそうな人はいない。
その上で、クリスフレッドは、「他にチェルシーを好いている人物がいれば、結婚の話は無かった事にする」と言っていた。
だからジークエイトは名乗りを上げたのだ。
ジークエイトはチェルシーを嫌っている。それなのにもしクリスフレッドがチェルシーと結婚してしまえば、ジークエイトはチェルシーと家族にならなければいけない。
嫌いな女が義姉になる。それはジークエイトにとって、耐えがたい事だったのだろう。
だからジークエイトは名乗りを上げたのだ。
チェルシーに「好きだ」と告げて、兄との結婚、そして彼女と家族になる事を避けるために。
(そうとしか考えられないわ)
しかしそうだとしても、助けられた事に変わりはない。きちんとお礼を言って、後腐れなく城から立ち去ろう。
「先程は助けて頂き、誠にありがとうございました」
「……」
一騒動はあったものの、無事に表彰式を終えたチェルシーは、そのままジークエイトの部屋に呼び出され、そこで早速深々と頭を下げていた。
「ジークエイト様がああして下さらなければ、私はクリスフレッド様と結婚しなければならないところでした」
別に嫌ではないが、それでも王妃の座は自分には荷が重すぎる事を伝える。
目の前で話を聞いているジークエイトはとても不機嫌そうだが、それもいつもの事だ。気にしない事にしよう。
「ところでジークエイト様。この後はどのようにして、この話を白紙に戻そうとお考えですか? ジークエイト様の名に傷を付けずに結婚を白紙に戻すべく、私は何でもするつもりです。どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
「……一応確認しよう」
そう前置きをしてから。
ジークエイトは顔を上げたチェルシーの瞳をジッと見つめた。
「お前は、さっきのオレの告白を告白としてではなく、お前が兄貴と無理矢理結婚されそうになっていたのを、オレが機転を利かせて助けてやったのだと、そう思っている……、で合っているか?」
「え? そう、ですよね?」
不思議そうに首を傾げるチェルシーは、やはりジークエイトの告白を、告白として受け取っていないらしい。
くそっ、チェルシーめ。人の決死の告白を何だと思っている。
「はあああああああ……」
みんなの前でフラれるの覚悟で告白したのに。
何だかドッと疲れたと、ジークエイトは今年一番の盛大な溜め息を吐いた。
「ど、どうなさいましたか? あ、私の事でしたら心配なさらないで下さい。ジークエイト様が、本気で私に告白したとは思っておりませんので……」
「いいか、チェルシー、よく聞け」
何で告白を告白と受け取っていないのかは、甚だ疑問だが。
とにかく彼女には、もう一度ちゃんと伝えなければ駄目らしい。
きちんと想いが伝われば、今度こそフラれてしまうだろうが仕方がない。
よく分からない勘違いをされたまま結婚を白紙に戻されるよりかは、遥かにマシだ。
「この際だからハッキリと言わせてもらう」
「は、はい……っ!」
鋭い目つきで睨み付けられ、チェルシーはシャキッと姿勢を正す。
一体何を言われるのだろう。「勘違いするなよ。オレはお前の事が好きで助けたわけじゃない。お前なんかと家族になるのはごめんだからな。だから助けてやったんだ」とでも言われるのだろうか。
何にせよ、ロクな事は言われないだろう。
「オレはお前を好いている。だからオレと付き合って欲しい」
「はい……。え?」
真っ直ぐに自分を見つめているジークエイトの瞳を見返しながら、チェルシーはキョトンと目を丸くする。
え、今好いているって言った? 付き合って欲しい?
……。え?
「好きだ、チェルシー」
「……」
思っていたのと違う言葉を言われ、ポカンと目を丸くする。
好きって……え、私を?
「ッッ?」
そしてその意味に気付いた瞬間、カッと全身の熱が上がった。
「待っ、待って下さい! え、だって、ジークエイト様は、私を嫌っているんですよねっ?」
「はあっ? なっ、何の話だ! 誰がそんな事を言ったんだ!」
まさかの発言に、ジークエイトの目がこれでもかと言うくらいに見開かれる。
もしかしてあれか? チェルシーのロイヤルナイト入りを快く思っていない連中か? 許せん! 今すぐに切腹させてやる!
しかしそんな冤罪で彼らを処罰しようとしているジークエイトに、チェルシーは更に信じられない言葉を突き付けた。
「だ、誰って、それはジークエイト様が……っ」
「はっ? オレぇっ? ふ、ふざけえるな! いつオレがそんな事を言ったんだ!」
「それは、はっきりとは言われていませんが……。でも、私がジークエイト様に無意識に向けている視線が、気持ち悪いと怒っていたではありませんか!」
「何の話だ! と言うか、そもそもお前、視線も何も、オレの事なんか見ようともしていなかったじゃないか! 公開稽古にも来てくれた事ないし!」
「気持ち悪いと言われたら、意識的に見ないようにするしかないではありませんか!」
「気持ち悪いなんて、言った覚えはない!」
「言わずとも思っていたではありませんか!」
「思うか! 逆に目線も合わないのが寂しかったわ!」
「じゃあ、何であの時怒っていたんですか!」
「あの時とはいつだ! 怒った覚えがないから分からない!」
「私の事を睨んでいたではありませんか!」
「睨んだ覚えはない! 目つきが悪いとは、よく言われるけどな!」
「でもっ、でも……っ!」
嘘だ。そんなわけがない。だってジークエイトは……。
勢いのあったチェルシーの声が、でも、でも、と言葉を繰り返すうちに、弱弱しいモノへと変わって行く。
そして遂には、悲しそうにそっと瞳を伏せてしまった。
「私の事、騎士としても信用していなかったではありませんか」
「は?」
しかしジークエイトからしてみれば、それも何の事だか分からない。
チェルシーを騎士として信用していない? 何故、そう思った?
「お前を騎士として信用していない? オレが? そんな事はない。オレがいつ、そんな事を言ったと言うんだ?」
「私が崖から落ち、ハインブルク侯爵の企みを阻止した日です。ヤマト副隊長に伝令する命を受けた私を、行かせまいと必死だったではありませんか」
「そ、それは……」
「私の事など信用していないから、伝令など任せられないと、そう思ったのではありませんか?」
「な……っ、そ、そんなわけないだろうっ!」
「じゃあ、何故止めたのですか!」
勢いよく顔を上げたチェルシーに、ギロリと睨み付けられる。
その濡れた瞳に、ズキンと心が痛んだ気がした。
「他にも城に帰れだとか、私の馬になんか乗りたくないだとか……、騎士として信用されていないのだとしか思えません! 嫌われていると、そう思ってもおかしくはないでしょう!」
「……」
ああ、そうか。そう受け止められてしまったのか。確かにそう受け取られても、仕方がないのかもしれないな。
(でも……)
そのまま誤解されっぱなしなのは、嫌だ。
「そうだな。確かにお前は騎士だ。だからお前からしてみれば、怪我くらいで泣き言を言わず、一人でヤマトのところへ伝令に行くのは普通なのかもしれない。けど……」
そこで一度言葉を切り、躊躇う様子を見せたジークエイトであったが、それでも彼は彼女の誤解を解くべく、そのまま言葉を続けた。
「さっきも言っただろう、ずっと好きだったと。崖から落ちたと言う話を聞いただけでも、不安で心臓が止まるかと思ったのに。それなのにようやく無事を確認したお前を、再び危険なところへなんか行かせたくなかったんだ」
「……?」
「だから……」
よく分からないと眉を顰めるチェルシーに、一つ息を吐いてから。
ジークエイトはその真剣な眼差しを、再度チェルシーへと向け直した。
「騎士とかそういうのは関係ない。オレはただ、好きな女を一人で危険なところへ行かせたくない、そう思っただけだ!」
「っ!」
はっきりとそう告げられて、チェルシーの全身の熱が再び上昇する。
真っ直ぐに、面と向かって言ってくれるジークエイト。
これは彼の本心で、その言葉が持つ以外の意味はないのだと、そう信じて良いのだろうか。
「で、ですが、副隊長のところへ行くのは、そんなに危険な任務ではなかったかと……」
「お前にとってはそうでも、オレにとっては危険なんだよ!」
「で、でも城に帰れって……」
「好きな女が崖から落ちた上に、そのまま危険な任務に行こうとしているんだぞ? 安全な城にいてくれと思うのは普通の事だろう!」
「でも私は騎士で……」
「確かにお前は騎士だ。でもオレにとって、お前は騎士である前に好きな女なんだよ。むしろ、いつ首や手足が吹っ飛ぶか分からないような仕事、さっさと辞めて欲しいくらいだ!」
「じゃ、じゃあ馬に乗りたくないとおっしゃったのは……」
「好きな女の後ろに乗るなんてカッコ悪いだろう! オレの後ろに乗せた方がカッコ良いじゃないか!」
「そ、そんな理由ですか!」
「ああ、そんな理由だ! オレはみんなが思っているより単純なんだよ! 悪いか!」
「い、いえ、悪くは……」
「だいたい、好きでも何でもない騎士が崖から落ちたところで、王子たるこのオレがわざわざ探しに行くわけがないだろう!」
「えっ、私を探しに来ていたんですか?」
「ああ、そうだよ! つーか、じゃあお前は、何でオレがあの時あそこにいたと思っているんだ!」
「それは……ッ! それは……えっと……。すみません、特に考えてはいませんでした」
じゃあ、とチェルシーは考える。
ジークエイトの言っている事は本当で、本当に自分を探しに来てくれていた。
そして自分が崖から落ちたという話を聞いて、ジークエイトが血相を変えて飛び出して行ったという噂も本当だと、そう思って良いのだろうか。
「な、何故私なのですか? だって私は、男の人に好かれなくって、男受け悪くって……それに何より、ジークエイト様には私より相応しい人、いっぱいいるのに……」
「そういう卑屈な面は嫌いだな」
「ぐっ!」
「お前が自分の事をどう評価しているのかも、他の男の目にお前がどう映っているのかも関係ない。オレはお前が好きだ。それなのにお前は、そんなオレの想いまで否定するつもりか?」
「い、いえ、決してそんな事は……っ!」
「では、それを踏まえてもう一度問う」
誤解を解き、本当の想いが伝わったところで、ジークエイトは改めてチェルシーの瞳を真っ直ぐに見つめ直した。
「ずっと好きだった。迷惑でなければ、結婚を前提にオレと付き合ってくれ」
ストンと、真っ直ぐに落ちて来たジークエイトの言葉。
その言葉に、それ以外の意味など含まれてはいなくって。
濡れた瞳を震わせながら、チェルシーはギコッとぎこちない笑みを浮かべた。
「私も、ずっとジークエイト様が好きでした。だから、その……これからは、ジークエイト様のお側で、あなたをお支えしたいです」
つまりそれは、「良いよ、付き合おう」という意味で、今度はジークエイトが驚く番だったけれど。
でもさっきとは違い、彼女はその想いを喜んで受け止めてくれている。ならばそれ以上の事を聞くのは野暮というモノだろう。
(少しは、クソ兄貴に感謝だな)
そっと、震える手を彼女へと伸ばす。
このまま抱き締めるのは、まだ早いだろうか。触れたら嫌われてしまうだろうか。
「チェルシー」
「……っ!」
触れれば、彼女の肩がビクリと小さく震える。
けれども彼女が嫌がっている素振りは見られなくて。
ジークエイトは、そのままチェルシーの体を優しく抱き寄せた。
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