第17話 一世一代の告白
晴れやかな表彰式。
ロイヤルナイトの功績を称える式典なのだが、その隊長であるアーサーの心境は暗かった。
本日、騎士として名誉ある称号を頂く予定のチェルシーが、さっき突然、騎士を辞めたいと言い出したからである。
(え、何で? オレ、何かした?)
やっぱり崖から落ちた事に対して、厳しく注意した事が原因だろうか。
それとも新婚旅行の選抜騎士隊に選ばれなかった事に、自信を喪失したのだろうか。
いや、もしかしたら隊長である自分の事を、生理的に受け付けなくなってしまったのかもしれない。
そんなアーサーの不安を他所に、式典は順調に進み、現在は会場の中心で、チェルシーが国王陛下から勲章を授けられている。
これが終われば式典は終了。そうしたら彼女とちゃんと話をしようと思う。
(はあ……)
不安そうなアーサーの視線の先で、チェルシーもまた心の中で暗い溜め息を吐く。
玉座の隣にある貴賓席には、ジークエイトが不機嫌そうに座っている。
やはり自分の受賞を快く思っていないのだろう。せっかく頂いた名誉ある称号だが、あとで返上し、騎士も辞めて彼の前から姿を消すべきだろうか。
「……以上。これからも我がリーデル国のために励むように」
「はっ。これからも騎士としての誇りと自覚を胸に、陛下、及び国の平和のために尽力致します」
なんて、騎士なんか辞めてしまおうと思っている人間が堂々と嘘を吐いたところで、表彰式は終了する……ハズだったのだが、そこで待ったを掛ける声が上がる。
声の主は貴賓席で様子を見ていた我らが第一王子、クリスフレッドであった。
「チェルシー、国家功労騎士の受賞おめでとう。そなたのおかげで私は一命を取り留め、国も無駄な血を流さずに済んだ。それについて、私からも改めて礼を言わせてもらいたい。ありがとう、感謝している」
クリスフレッドの行動は、国王にもジークエイトにも伝えていない、勝手なモノだったのだろう。
あろう事かキョトンとしている国王を押し退けると、クリスフレッドはチェルシーの前でニコリと柔らかな笑みを浮かべた。
「延いては、そなたに何か礼をしたいと考えているのだが……何が欲しい?」
「え、いえ、私は騎士として当然の行動をしたまででございます。それにこうして名誉ある称号まで頂きました。これ以上のモノは望んではおりません」
改めて跪いたチェルシーがそう答える事は、大方予想していたのだろう。
クリスフレッドはその口角に、ニヤリと笑みを象った。
「そなたは貪欲だな。なるほど気に入った。ならばそなたに私の妻、つまり、次期王妃の座を授けよう」
「……は?」
「え?」
「はあああああああッ?」
つまり結婚しよう。
突然そう言い出したクリスフレッドに、チェルシーはおろか、会場中がポカンとする。
即座に意味を理解したジークエイトだけは、悲鳴と共に席から立ち上がったが。
「そなたも知っての通り、この度の一件で、私はロンブラントとの婚姻関係を解消する事となった。つまり、私の妻の座が空いているのだ。だからそこをそなたに授けようと思う」
「え、いや、あの、クリスフレッド様? え、何をおっしゃっているのですか?」
「私と結婚しようと言っている」
「いや、それは、あの……」
ようやくクリスフレッドの言葉を理解した会場が、ザワザワとざわつき始める。
王子からの求婚を無碍に断る事が出来ず、困っているチェルシーの手を取ると、クリスフレッドは優しく彼女の瞳を覗き込んだ。
「大丈夫だ。愛など結婚してから育めば良い。私はそなたを愛せる。何も心配する事はない」
「し、しかし、これほどの名誉ある称号を頂いておきながら、騎士を辞めてクリスフレッド様と結婚するのは如何なモノかと……」
と、式典が終わったら騎士を辞めようかと考えていたチェルシーが、遠回しに断ろうとしたが、それをクリスフレッドは優しい笑みで却下した。
「そんな事は気にしなくて良い。称号なんてあってもなくても然程人生には影響しないからな。そんなモノより、次期国王の妻になった方が断然良いに決まっている。騎士などさっさと辞めて、さっさと私の妻になりなさい」
「いえ、クリスフレッド様の妻として、王子をお支えするには、私など役不足かと……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。チェルシーは努力してロイヤルナイトになれたんだから。だから頑張れば王妃様にもなれるって。反吐を吐くくらいには大変だと思うけど、キミなら問題ない」
「ひぃっ!」
一人で納得しながら、クリスフレッドはチェルシーの腰を抱き寄せる。
そして王子を突き飛ばすわけにもいかず、ただ成すがままにされているチェルシーを、クリスフレッドは無理矢理立ち上がらせた。
「お待ち下さい、クリスフレッド様! チェルシーは我がロイヤルナイトになくてはならない存在でございます! それに、本人もそこに在籍する事を望んでおります! 彼女がこれまで努力して来たのも正にそのため! それなのに彼女の意志を無視し、王子と無理矢理結婚させるのは如何なモノかと存じます!」
「それは結婚してみないと分からないだろ? チェルシーは王女になった事がないんだから、騎士とどっちが良いかなんて分からないハズだ」
「ですが……っ!」
「だからさ、チェルシー。試しにオレと結婚してみようぜ。案外オレとの結婚生活の方が、騎士としての生活よりも気に入っちゃうかもしれないだろ?」
「いえ、その……」
「クリスフレッド王子!」
「煩いなあ、アーサーは。お前は考え方が古いんだよ。だから部下に「生理的に無理ー」って言われちゃうんだぜ」
「せ……っ!」
言葉のジャックナイフを飛ばす事によってアーサーを黙らせると、クリスフレッドはその視線を国王へと向けた。
「それで宜しいですよね、父上?」
「……。良い、許可しよう」
クリスフレッドの企みに気が付いたのだろう。
国王はニヤリと微笑むと、あっさりと首を縦に振った。
「しかし、私も鬼ではない。チェルシーに好意を抱く者が他にいるのならば申し出よ。場合によっては私との婚姻の話、無かった事にしても良い」
「……っ!」
わなわなと怒りに震えるジークエイトを振り返る。
そして目が合った瞬間ニタリと微笑まれ、ジークエイトはこう思った。
このクソ兄貴! と。
「あ、あの、クリスフレッド様、私の事情は……?」
「え、チェルシー、好きな人いんの?」
「そ、それはいま……せんけど」
「じゃあ、試しにオレと結婚してみても良いじゃん。意外とおしどり夫婦になれるかもしれないし」
「それは、そうかもしれませんが……でも……」
「じゃあ、名乗り出る人もいないみたいだし、ここで誓いのキスでもしちゃおうか。はいチュー……」
「ひぃっ!」
しかし半泣きになっているチェルシーの顎に、クリスフレッドが手を掛けた時だった。
「いい加減にしろ、このクソ兄……じゃなかった、お止め下さい、兄上!」
何とか怒りを抑えながら、ジークエイトがようやく制止の声を上げたのは。
「どうした、ジークエイト。何か言いたい事でもあるのか?」
「明らかに嫌がっているではありませんか。無理矢理結婚しようなど、人としてどうかと思います。お戯れはそれまでにし、いい加減に放してやってはどうですか!」
「ははは、それだと放せないなあ」
「ぐ……っ」
「他に何か言いたい事は?」
「……っ」
クリスフレッドが何を企んでいるのか。それはもう分かっている。
彼はジークエイトに今この場でチェルシーに告白させるつもりなのだ。
もちろん、クリスフレッドの手には乗らず、このまま何もせず無視してやり過ごすという選択肢もある。
しかしその場合、クリスフレッドは本気でチェルシーと結婚するだろう。
いや、それだけではなく、今、この場でキスもする。絶対にする。この人はそういう兄貴だ。間違いない。
その上、兄をどうこう出来る父は兄の策に乗り気だし、母は心を無にして知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
チェルシーは身分的にクリスフレッドを突き飛ばせないし、アーサーは何やらショックを受けているし、他の人達はウキウキしながら事の成り行きを見守っている。
自分が何とかしなければ、チェルシーは本当にクリスフレッドと結婚させられてしまう。
誰も助けてはくれない以上、ここは自分で何とかするしかない。
「……兄上。せめて場所を変えさせてもらえませんか?」
「駄目。今、ここで言う」
「ぐ……っ」
ここで言えだと? 公衆の面前でフラれろと?
そもそも、チェルシーは自分になど興味はないし、ロイヤルナイトに在籍し続ける事を望んでいるし、それに侯爵の件で尚更嫌われてしまったし……。
告白したところで、どう考えてもフラれるの一択じゃないか。
(でも……)
しかし、それでも、とジークエイトは思う。
自分がここでチェルシーを見捨てれば、クリスフレッドは彼女と無理矢理にキスをし、そして結婚してしまう。
それはチェルシーにとっても本意ではないだろうし、何よりそれを傍で見ていなければならない自分が一番辛い。
クリスフレッドの目的は、ジークエイトに告白させる事だ。
つまり、その結果がどうなろうと告白さえすれば、彼は彼女を解放してくれるハズ。
だったらチェルシーを助けると思って、心に傷を負いながらも、みんなの前でフラれてやれば良いじゃないか。
(これで少しは、チェルシーに好きなってもらえますように!)
そんな下心を完璧に捨てる事など出来ないけれども。
とにかく覚悟を決めると、ジークエイトはその視線をクリスフレッドへと向け直した。
「分かった。今、ここで言う。だからチェルシーを放してくれ」
「ふふん。そこまで言うんなら仕方がないな」
ニヤリとほくそ笑んでから。クリスフレッドはあっさりとチェルシーを解放する。
ようやく離れてくれたクリスフレッドを、ギロリと睨み付けてから。ジークエイトは真っ直ぐにチェルシーへと向き直った。
「チェルシー!」
「は、はいっ?」
しっかりと見つめるのは、彼が吸い込まれるように好きになった、彼女の夜色の瞳。
その瞳を見つめながら、ジークエイトははっきりとその想いを口にした。
「ずっと好きでした! 迷惑でなければ、結婚を前提に付き合って下さい!」
「えっ?」
その告白に、チェルシーの目がこれでもかというくらいに見開かれる。
シンと静まり返る会場。耳に届くのは、自分の心臓音。
それしか聞こえない沈黙の時間が、ジークエイトには永遠にも感じられた。
「あ、あの、その……っ!」
沈黙の中、目を見開いたまま固まっていたチェルシーの時が、しばらくしてからようやく動き出す。
口をハクハクと動かし、落ち着かないようにキョロキョロと瞳を動かしていたチェルシーであったが、彼女は何を思ったのかハッとすると、何故かギコッとぎこちない笑みを浮かべた。
「私も、以前からジークエイト様をお慕いしておりました。今のお言葉、ありがたく頂戴致します。これからはジークエイト様にお仕えし、そしてお支えしたく存じます」
「え? あ、うん……?」
つまり、「良いよ、付き合おう」と言う事なのだろう。
だから本来は、「やった、両想いだ!」と喜ぶところなのだろうか。
何だろう。何か違う気がする。
「そうか、そなた達は想い合っていたのだな。ならば私がそなたを娶るというのは野暮というモノ。私は大人しく身を引こう。ジークエイト、チェルシー、末永くお幸せに」
元凶であるクリスフレッドがキレイに締めれば、どこからか拍手が巻き起こる。
こうしてクリスフレッドのお節介で迷惑な企みは、表向きは彼の思い通りの展開で幕を閉じたのである。
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