第2話
元よりの雷十太であればその巨体故に複数人でなければ到底運べないものであった。
与平一人でどうにか自宅へと運べたのもその身があまりにもやせ細り、軽かったからである。
与平は雷十太に粥をやり、水をやり、身体を拭いてやり、寝かしつけた。
雷十太は意識を取り戻してからもろくに話すことはなかった。与平はそれでも世話をしてやった。
暮らしぶりが良いわけでもあるまいに、美丈夫でもないような男の面倒など見て何がしたいのかと周りのものはいぶかしむ者もいたが、与平は気にしなかった。
ただひたすら献身的に、晴れの日も雨の日も、畑仕事の合間合間に雷十太の世話を見る。
そのような二人の生活がしばらく続いたある日、雷十太は粥を口にしながらぽつりと呟いた。
「何故俺にここまでしてくれるのだ」
与平はひょろりとした身なりの、どこにでもいるような優男だ。これと言って特徴のある訳でもない顔つき、畑仕事で鍛えられているとはいえ平均的な村人のそれを超えることのない体格。だけれどもその眼は少しばかり澄んでいた。それに気づいているものは村人の中でもごく僅かではあったがまぎれもなく澄んでいた。
「あなたが倒れていたからですよ」
至極当然とでも言うように与平が返す。
「行き倒れなど珍しくもない、盗れるものだけ盗ってあとは知らぬ顔というのが当たり前だろう」
雷十太は与平に顔を向けることはない。手元の粥に目を落としながら続ける。
「今の世はなおのことだ」
その言葉に与平はキョトンとしたような面持ちで、少しばかり楽しげに返した。
「おかしなことを、それではまるでこれまでに今よりマシな時代でもあったかのようではないですか」
人の良さだけで出来ていそうな男の口から皮肉めいたものが出てきたことに、今度は雷十太が虚を突かれたようになる。
「世がどうのではなく、私は私のしたいようにしているまでです。それに、所詮独り身ですから二人分の食い扶持くらいどうにかなる。気にせず元気になるまで居てください」
与平はニコリと笑い、話はこれで終わりとばかりに切り上げる。自分の食器を片づけ、雷十太とは囲炉裏を挟んで反対側の空間に布団を敷くとすぐに寝ついた。
真っ赤な囲炉裏の炭だけが煌々と照らす。
与平のかすかな寝息だけが響く。
雷十太もまた食事を終わらせ、横になる。
不思議といつまでも眠くなることはなかった。
石動雷十太の受難 @parliament9
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