石動雷十太の受難
@parliament9
第1話
振り上げ、振り下ろす。
同じ所作であっても、刀と鍬とではその意味合いはまるで異なる。
刀は断ち切るためのものだ。それ故に振り下ろす動作に力を込める必要がある。
敵の頭を割り、腕を、胴を、足を断つ。それ故のものだ。
だが鍬は違う。それにおいては振り上げる動作に力を込める必要がある。
掲げられた鍬の重みそのものを素直に土へと落とす。そうして深く刺さった鍬を引き抜く時にこそ力は必要となる。繰り返し繰り返し行うことでようよう畑へと変わっていく。
鍬は生きていくためのものだ。生き続けるためのものだ。
己が求めていたはずの殺人術とは最も遠きにあるものだ。
石動雷十太は開墾の傍ら、鍬を振り続けながらそんなことを考えていた。
ひと月前。
石動雷十太は道を失っていた。
古流剣術を基にした我流剣術を殺人術として昇華させ、新たな時代の先駆けとなること。
そのような夢を抱き、その為ならば資産家を誑しむこともいとわなかった。
事実、剣の才はあった。それ故に夢が叶うことを信じて疑わなかった。
しかしそれは、たった一人の剣士によって容易く打ち砕かれた。
その男には信念があった。覚悟があった。
一人でも多くの人を救う為の剣があった。
殺人という咎を背負ってでも、多くの人の安寧の為に戦い抜いた男だった。
男の前では雷十太の夢とは、殺人という言葉そのものに憧れを抱いていただけの、言うなれば子供がおもちゃを欲しがるのにも似た、あまりにも稚拙な思いであった。
その上剣術そのものにおいても負けたのだ。
何一つ残らなかった。石動雷十太は何もかもを失ったのだ。
途端、人が怖くなった。
子供まで人質に取るような腰抜け。
人も殺さずに殺人術を標榜する間抜け。
誰からも笑われているような気持ちがした。
雷十太は街から離れた。
人里を離れていく。村を通り抜け、山へ籠る。
自分ではもはや死にたいのか生きたいのかも分からないのに、腹は減り、喉は渇く。
半ば本能の命じるままに、湧水を飲み、実りを口にする。
そのような生活を送る中で体はやせ細り、意識もおぼつかなくなっていく。
そうして気を失い、倒れ伏していた雷十太が山へ山菜を取りに来ていた青年、与平に助けられたのは奇跡的であった。
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