第33話 旅行 6

 風呂を上がると、いつの間にか部屋に布団が敷かれていた。

 ……旅館スタッフたちの隠密性は異常。前世は忍者だろ絶対。


 きちんと2人分、布団が用意されている……それはありがたいが、片方の布団に枕がふたつ並べられ、変な配慮がなされていた。

 ……大きなお世話である。


 俺は那月が上がってくる前に、ふたつの布団を引き離した上で、枕をひとつ回収して自分の布団に横たわった。


 今日は疲れた……観光して、先輩と会って、那月とちょっとだけ進展して……いやさっきのアレは果たして進展なんだろうか。

 結局、現状維持なだけであって、関係性としてはなんも変わっちゃいない気がする。向き合うかどうか迷っているのは、今まで通りだしな……。


 でも……キスをしてしまった。赤ん坊の頃から知っている従姉妹と。

 何やってんだよ俺、という賢者タイム感がある。


 そう考えていると、那月も露天風呂から上がってきたことに気付く。湯上がりの浴衣姿が色っぽい那月は、脱いだ下着などの洗濯物を荷物の中にしまってから、スマホをイジり始めていた。

 意外と、イチャついてこないんだな……風呂場でのことはあまり引きずっていないのかもしれない……あるいは、恥ずかしくて俺を意識の埒外に置いているとか。


「上がって早々何してるんだ?」


 もしそうなら、元通りの空気は俺の方から作ってあげるべきだろうと思った。

 なんてことない問いかけに対して、那月はちらりと俺を横目に見てから呟く。


「……あのね、今日撮った写真インスタに上げてる」


 なるほど、現代っ子らしいこったな。

 今日は食べ歩きをしたし、綺麗な景色も観れたし、載せるネタは豊富だろう。


「ちょっと露天風呂の写真も撮ってくるね……」


 いそいそと立ち上がり、那月は再び露天風呂の方へ。

 やっぱり若干、恥ずかしいのかもな。

 そりゃそうだ……キスをしたわけだし。


 それからすぐに那月は戻ってきた。

 俺は平静を意識して布団に寝転がったまま、


「明日は朝にはチェックアウトだから、寝坊しないように早く寝ないとだぞ」

「あ、うん……なーくんはもう寝るの?」

「そうするつもりだ。疲れてるしな」

「じゃあ投稿し終えたし……あたしも寝よっかな」


 そう言ってスマホを荷物のそばに置いた那月が、さも当然であるかのように俺の布団に寝転がってきた。

 ……恥ずかしがってんのかいつも通りなのかどっちなんだよお前は。


「ねえなーくん……」


 そう思っていると、那月が俺にくっついてきた。

 そして穏やかに、


「チュー出来たのがね……すごく嬉しかった」


 と言った。


「チューってあんな感じなんだね……心がまだぽかぽかしてる……」

「嬉しかったなら良かったよ……でも、それ以上はしないからな?」

「分かってるけど……いつも通り一緒に寝るのはいいんだよね?」

「……1人で寝れるなら1人で寝て欲しいもんだがな」

「ヤダ……♡」


 ……知ってた。


「えへ、なーくんに拒否権はないんだよ? お風呂であたしのおっぱい触ったんだから、色々追加徴収が発生してますよお客さん♡」

「…………」


 確かにお風呂でキスをしたときに魔が差して胸を触ってしまったんだが、アレは事故という扱いにしてくれんかね那月さんよ。

 というわけにはいかんわな……。


「まぁ……不誠実なことをした責任は添い寝で払うさ」

「添い寝だけじゃ足りないから、なーくんにはちょっと追加でお願いがあります」

「……な、なんだよ」

「あのね……那月愛してるよ、って囁いて欲しいの♡」

 

 ……追加徴収エグいな。


「……ダメ?」

「いやまぁ……別にそれくらいなら……」

「じゃあ、お願いね……ちなみに抱き締めながら耳元でね?」


 追加トッピングやめろ!

 くそぉ……まぁでも、やるしかないか……。


 俺は腹をくくって那月を抱き締め、耳元に口を寄せる。

 そして何度か言い淀んでから、


「……那月、愛してるよ」

「あ……♡」

「どうした?」

「なんかね……お腹の奥がきゅってなった……♡」


 それはちょっと触れにくい話題だったので俺はスルーすることを決めた……。


「えへへ……ありがと。これでぐっすり出来そう」


 だそうで。

 那月は俺にくっついたまま、俺の頬にちゅっとキスをしてから、安らかに目を閉じ始めていた。


 そんな那月に癒やしをもらいながら、俺も一緒に眠りについた。

 

 そして次に目が覚めたときには、朝が訪れていた。


   ※


「んー、もう終わりかぁ~……1泊2日の旅行ってあっという間だったね」

「だな」


 旅館をチェックアウトして、最後に軽く観光スポットを見回って、俺たちは昼過ぎには帰りの電車に乗り込んでいた。別に新幹線でもなんでもない普通の電車だ。乗り換えも含めて、最低でもあと2時間は電車による帰路が続くことになる。


「ねえねえなーくん」

「なんだ?」

「今回の旅行はホントにありがとね」


 那月は改まった態度でそう言ってきた。


「急に言い出したあたしのわがまま、こうやって実現してもらえて、すっごく嬉しいし楽しかったっ」

「いいんだよ。俺としても実りはあったわけだしな」


 先輩との過去にひと区切り付けられたのは本当に良かったと思う。

 那月との観光も普通に楽しかったし、これといって文句はない。


「でも残りのゴールデンウィークは自分で楽しむようにな?」

「うんっ。――あ、そういえばなーくん」

「なんだ?」

「あのね」

「ああ」

「好き♡」

「……こんなところで言わないでくれ」


 新幹線じゃなくて普通の電車だぞ。プライベート空間もへったくれもねえんだぞ。バカップルだと思われたらどうすんだ。


 まぁ……でも那月から好意を振りまかれるのは悪い気分じゃない。

 しかし流されることなく、まずは異性愛をセーブして俺は保護者として過ごしていかなきゃならない。

 でも今までよりは、那月と向き合う機会も増やしていきたい。


 そんな想いを胸に、今回の旅行は終わりを迎えた。


 こうしてまた、新たな日々が始まっていくことになる。


 きっと今までより良い日々が、な。




――――――――――――――――――――

再掲なので一気に投稿させていただきました。

このお話はこれにておしまいです。

読了のほどありがとうございました。

他にも色々書いていますので、気になった作品を読んでいただけたら嬉しい限りです。

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独身貴族でいたいのに、S級美少女に成長した従姉妹から自宅を侵略されて迫られてる件 あらばら @siratakioisii

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