愛の計画♡カリナプロジェクト

あばら🦴

愛の計画♡カリナプロジェクト

 私は手術台の上で生まれた。

 目を開けた私の傍には一人の男がいて、彼はたいそう喜んでいた。

 彼に促されるままに私は鏡の前に立たされた。その時初めて私の姿を見た。若々しい身体だが全身にハリがなく、まるで腐っているように肌が変色していて、そして肘から先が肥大化して指に巨大な鋭い鉤爪が着いているのが特徴的だった。

 隣にいる彼とは、同じ人間なんだろうけど全く違う。そしておそらく彼の方がなのだとなんとなく分かった。


「こんな姿だけど我慢してくれ、カリナ」


 そう言って微笑む彼に、私は胸の内から湧き出るような愛しさを覚えた。


 ――――――


 彼の命令で私はを皆殺しに向かった。

 蠢く人間に目がつく端から襲いかかり、巨大な鉤爪を振り回して切り刻み、少しでも動こうとする人間は頭を潰した。

 そうして街が血と肉の大地になると、私は彼を呼びに戻って、彼を研究所の外に連れ出して街の様子を見せた。


「ありがとう」


 私が命令を遂行すると決まって彼は感謝してくれる。彼に微笑まれる度、次第に次第に私は虜になっていくのだ。

 彼のためならなんでも出来ると、不思議とそう思えた。


 必要とされればどこにだって向かった。どんな人間も殺せた。途方もない数を相手にしようが、どんな屈強な人間が相手だろうが、どうしようもないピンチに陥ったって、私は乗り越えて彼の元に帰ってくる。

 愛の力は不可能を超えると、彼は口癖のように言う。私は上手く喋れないので伝えられないがその通りだと思っている。

 彼は私によく「愛しているよ」と言うのだ。そう言われる度に、そのことを思い出す度に、私の心に炭を投入されたように熱くなる。


 それにしても、いくらいくら殺したって、人間は一向に減っている気配が無いのが不思議だ。しかしその分、彼に喜ばれるチャンスがあるから良かった。


 ――――――


 たまに彼は、綺麗な外見をしている人間を見つけると拉致することがある。

 頭をかち割って脳を調べるそうで、必要であれば私も手伝うこともある。しかし私の手はあまり器用に動かせないので、彼は私を気遣って負担をかけないようにしてくれるが、彼の助けになれないことは歯がゆかった。

 それに気遣っている訳ではなく、高度な技術が必要だから手伝わせてくれない場合もある。どうやら生命活動は維持させたまま観察したいようで、繊細な作業をしている時は私は他所に追いやられたような感覚になる。

 さらに彼は脳を調べている最中、全く私に見向きもしなくなる。それも含めて私は寂しくなってしまうので、あまり拉致はしないで欲しいと思うのだった。


「あっ……! 止まったか……」


 彼がそう呟く声が聞こえた。私が見やれば、確かに拉致した人間は拘束された椅子の上で暴れるのを辞めていた。

 注射針をコトンと置く音がすると私は嬉しくなる。ようやく構って貰える時間が来た!

 そう思っていた時に彼は言った。


「君の脳の中も見てみたいんだ。いいかな?」


 それを聞いて、私はますます嬉しくなった。彼に脳を覗かれること、その時間はまさに二人きり。まるで世界に二人しか居ないような安らかな時間を過ごせるのだ。

 私は動かなくなった人間をどかして、ドキドキしながら椅子に座ると、彼は早速私の頭を捌いてきた。

 頭蓋骨がゴリゴリ削られる感覚には未だに慣れないが、愛さえあればこれも我慢できた。


 ――――――


 研究所が襲撃された。山の中にひっそりとある研究所だが、取り囲むように人間が辺りを埋めつくした。

 人間はドアを破って一斉に中に入ってくる。

 私は彼を護るために暴れ回った。絶対に彼がいる部屋に入らせまいとした。いつの間にか研究所の廊下は死体で埋め尽くされ、歩くのもままならない状態になっている。

 それでもお構い無しに人間が迫ってくるので、私は返り血に染まりながら、死にものぐるいで一人残らず殺していく。


 そしてなんとか襲撃が終わった時、私に彼は鼻をつまみながら言った。


「僕は人気者みたいだ、ははは。ここにはもう居られないかもね」


 冗談めかして言う彼に、私も勇気を貰った。どこまでも着いていきたいと思った。


 ――――――


 それから私たちは各地を転々とした。研究所の近くにしか行かないので知らなかったのだが、どこに行っても人間が多い。

 前にいた研究所では人を殺しまくったため活動しやすかったが、今は食事の確保にも一苦労。皆殺しを命令されることも減った。コソコソと動きながら、危機が迫れば殺戮をするという日々だ。

 最近は余裕が無いから拉致もやれていない。そのことに彼はガッカリしている様子だ。

 私はなんとか慰めようとするのだが、私に出来ることなんて無いと痛感するばかりだ。

 せめて彼のことを護る、それが私に出来る唯一のことだった。


 今の彼は私に命令が無くても「ありがとう」と言ってくれる。

 それだけで私の動力としては充分だった。


 ――――――


 朝起きると彼が居なかった。慌てて飛び起きて、仮住まいの小屋から外に出た。

 辺りを見渡しても見つからない。焦りであたふたとしだした時、上から声が聞こえた。


「カリナ。探し物かい?」


 私はバッと屋根の上を見る。

 するとそこには屋根に寝そべる彼がいた。日向ぼっこしているようだ。よく見ると脇には警戒しているのか拳銃がある。

 私は安堵と嬉しさに包まれながら、彼が伝っていったであろうガラクタの山を登り、彼の横に座った。

 すると彼が言う。


「ここまで生きてこれたのは、君のおかげだよ。三年間、夢を見れた。ありがとう。それと…………」


 私は次の言葉を待った。しかし、彼は一向に口を開かない。揺すっても反応が無い。

 しばらく待ってみて、私は諦めた。意外にも心には抵抗が無くて安らかだった。彼の寝顔がこれで、良かったと思う。


 そこにあった拳銃の銃口をパクッと咥えて立ち上がり、離れないようにがっちり噛んで、鉤爪の先端を引き金の穴に入れる――――――








「待って!」


 引き金を引く寸前に呼び止められた。声の主は他でもない、彼だった。


「まだ頼みたいことがあるんだ……。なにぶん年寄りだから、すぐ眠くなってね。ははは……っ」


 私はとりあえず口から拳銃を離した。ゴトンという音が鳴る。

 彼から雰囲気が伝わってくる。多分だけどこれが最後の命令になるんだろう。聞かなくてはいけない。

 そう思っていた時、屋根の下から私たちを見つけた人間の唸り声がした。

 私はすぐさま下に降りてその人間を切り刻む。全身をズタズタにして地に這わせたがそれでも動いてくる。

 何度も経験していることだが、完全に頭を潰さないと動きが止まらないのは面倒なことこの上ない。厳密には脳みその大部分の損傷で生命活動が止まるらしい。

 しかし今はむしろ、その生命力が彼にあれば、とさえ思ってしまう。まぁ、こういった人間に噛まれたら彼もこうなるらしいけど、彼にはこんな人間の仲間入りなんてして欲しくない。


 私は急いで彼の元に戻った。彼はまた「ありがとう」と言ってくれたが、嬉しさよりも、早く要件を言って欲しい気持ちが強かったかもしれない。


「もしかしたら……だ。僕以外にもまだ生き残っている人間がいるかもしれない。といっても、パンデミックから三十年だから、居たとしたら奇跡だが……。あぁ、人間といってもさっきのみたいなじゃなくて、僕みたいに脳が侵食されてない人間だよ」


 私はコクリと頷く。


「それで、僕以外の生き残りを探して、僕の研究を託して欲しい。黒いトランクにまとめてある。それから、生き残りを、カリナの力で護ってあげてくれ……」


 彼のやっていたカリナプロジェクトという研究は、彼が人類の希望と豪語するほどの代物だった。難しくて分からないけど、なんとしてでも誰かに託さなければいけない気がした。

 私はもう一度コクリと頷く。


「うん。……カリナ。君には昔から世話になりっぱなしだ。本当に、ありがとう……」


 昔、というのは分からない。どうやら私は脳が侵食された状態から三十年がかりで救われたらしい。それ以前の記憶なんて無くて、私はあの時に生まれたような感覚だ。

 しかし無性に彼に惹かれるのはきっと、私がカリナである他ならない証拠なのだろう。


 私も彼に倣って屋根に仰向けで寝そべった。ぽかぽかして気持ちが良くて眠くなってくる。ふと横を見ると、いつの間にか彼は呼吸もあげなくなっていた。


 私は小屋の中に戻って目的のトランクを見つけた。

 中にはカリナプロジェクトの全容がある。愛の力は不可能を超えると信じ、私を救うために計画された、カリナプロジェクト。だがまだ世界を救いきるには不完全で未完成だ。

 彼は死期を悟っていたらしく、ご丁寧にもトランクには肩にかけるためのショルダーベルトが取り付けられている。

 それを見た私は涙が溢れてしまった。上手く喋れない口で、ありがとう、と何度も呟いた。

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