漫画を書くだけの家畜人間ズ

ちびまるフォイ

理解できないを理解する仕事

『おはようございます。今日も製造を開始してください』


施設に機械ボイスのアナウンスが響いた。

製造開始のアナウンスとともに、俺たちの1日は始まる。


「はあ……気が重い」


「新入り。ここでの生活は慣れたか?」


「慣れませんよ。だって昨日連れてこられたばかりですよ」


「慣れればこっちの生活のほうがずっと楽だぜ。

 機械になにもかも管理されていても、

 それを受け入れてしまえば楽園さ」


「それが嫌だから外の世界で機械から逃げてたんじゃないですか」


「で、捕まったと」


「ええ、ええそうですよ。そうですとも。

 愚かな私は逃げ足が遅かったばかりに

 機械によってエンタメ家畜として捕まりましたよ」


「悲観するなって。ほら、今日も頑張って漫画描こうぜ」


「こんなの……なんの意味があるんですか」


「機械が人間の感情や思考を理解するために必要なんだよ。

 どうせ外じゃ機械がすべての仕事を持っていっちまったんだ

 これくらい人間らしいことができるのもいいものさ」


「漫画なんて……描いたことないのに」


「いいんだよ。どうせ週刊連載するわけじゃない。

 機械学習の教材として使われるだけなんだから」


「まるで賽の河原で石を積んでるような気分……」


「仕事のない世界で生活するより、

 自分が役にたってる世界で生きるほうがずっと幸せさ」


「そりゃ相手が機械じゃなかったらそうですよ」


この施設に囚われてからやることと言えばエンタメの作成。


どんな仕事もAIや機械で自動化できたとはいえ、

漫画や小説などのゼロから何かを生み出すことはできなかった。


なので、それができるようにと人間をとっつかまえて

施設で刑務作業のごとくエンタメを作らされている。


俺は漫画だ。

小説や映画などでも構わないが、一番楽そうだったから漫画を選んだ。



施設に囚われてから1週間が過ぎた。


おそらくすべての漫画家がおちいるであろう状態になった。

漫画家でもないのに。


「だ、ダメだ……ネタが思いつかない……!」


「どうしたんだよ新入り。頭なんかかかえちゃって」


「先輩はもうここに入って1年になるんですよね」

「おう」


「よくネタが持ちますね。俺なんか毎日ネタ切れですよ。

 でも、漫画を製造できなくなったら殺されちゃうし……」


「はっはっは。そりゃお前が真面目だからだろ」


「え?」


「面白いものを作ろうとするから疲れるんだ。

 どうせ機械に面白いもつまらないもわからない。

 適当に描いたものでいいんだよ」


「適当にたって……」


「力を抜いて、ながぁ~~く連載する。

 いかに日常のエンタメ製造をライフワークにまで落とすか。

 それがポイントだぜ」


「そのコツを教えて下さいよ!」


「ダメダメ。そんなことしたら、こっちの手抜きがバレるだろう?」


「くそぅ……」


「まあ、先輩からのアドバイスは力を入れすぎるなってこった。

 そうすれば先輩様のように楽して生活できるぜ」


そういうと先輩は施設の屋内プールへとでかけてしまった。

1日のノルマとなっているエンタメ製造量をクリアできればあとは自由時間。


長く施設にいる人ほどさっさと規定量のエンタメを作って自由時間を楽しんでいる。


「いったい何が違うんだ……!」


こっちといえば、思いつかないネタにうんうんと苦しみながら

毎日白い紙に血を流すようにしながら漫画を描いていた。


それでも別に機械から感想などあるはずもない。

ネタ切れかモチベ切れのどちらが先に来るかのチキンレースだった。



数日が過ぎた頃、施設にけたたましい警報がなった。


『ビー! ビー! 違反者を検知しました!!』


警報に飛び起きる。


窓から外を見ると、先輩が機械に押さえつけられているところだった。

なにか必死に叫んでいる。



『あなたの作品に平均80%の既存一致率が検知されました』


「離せ! 離しやがれぇぇーー!!」


『既存作品と同じネタを量産することは、

 ワレワレの機械学習へのメリットが少なくなります』


「どうせ作品の善し悪しもわからないくせに!!

 離しやがれ! このロボットどもーー!!」


『さらに、あなたの作品には数多くの展開の引き伸ばしが見られました。

 必要以上の展開遅延行為は、機械学習への悪影響があります』


「おい! そこで見てるんだろ! 誰か助けてくれ!!」


先輩は必死に抵抗していたが、機械のアームはびくともしていない。

そして。



『以上の多大なるルール違反により、処刑します』



掴んでいたアームから火炎放射が放たれ、

逃げることもできずに先輩は炭の塊になってしまった。


「うそだろ……」


風にのって入ってくる人の焼けた匂いに恐怖を覚えた。


先輩が言っていた手抜きというのは、ぱくりと引き伸ばしだったんだろう。

過去に見聞きした作品の展開をマネて、やたらページ数を稼げばノルマはこなせる。


けれどそれでは機械をあざむけなかったんだ。


俺に残されたのは毎回ユニークな話を製造するしかない。


でもそんなことができるのか。

もし漫画がとどこおったら次に黒焦げにされるのは自分だ。


絶望の底に叩き落されたとき、ふと部屋にあった辞書に目がとまった。




それから1年後。


俺はプラチナクラスの部屋に移された。

部屋には施設に連れてこられたばかりの新人がやってきた。


「こ、これがプラチナクラスの部屋……!」


部屋にはライオンの口から温泉が出て、

セックスロボットが用意され、食事が常に補充され続けている。


「ああ、プラチナクラスはいいぞ。

 もっとも、コンスタントに優良なエンタメを製造し続けた

 ごく一部のかぎられたVIPだけが得られる特権だがな」


「さ、さすがっす! 先輩!

 あの、ひとつ教えてください!

 どうすればプラチナクラスに慣れますか!?」


「さっき言った通りさ。機械が気に入るよう、

 カブりなく新しい話を作り続けるしかないんだよ」


「それが普通の人じゃできないんですよ。あるんでしょ? なにかコツとか……」


「コツなんかないさ。あるとすれば……コレだけだ」


俺は手元においている使い古した本を持ち上げた。


「辞書?」


「俺はこいつを使っている」


「知らない単語を引くんすか?」


「ちっちっち。そうじゃない、新人くん。

 どうして機械が人間の作る物語を欲してるかは知ってるかな?」


「知ってますよ。人間の感情や思考を理解するためでしょう」


「そうとも。言い換えれば、まだわかっていないってことだ。

 どうしてこの物語が面白くて、つまらないのかも」


「そんなの当然じゃないっすか。機械に人間の物語なんか理解できてません。

 それより早くコツを教えて下さいよ」


「コツならもう教えたじゃないか」


「……はあ?」


「機械はその物語をちゃんと理解なんかしちゃいない。

 やっているのはその展開や状況や構成をただ丸呑みしてデータ化してるだけなんだ。

 ということは、つまり……」


俺は辞書の適当な場所を何箇所か開いた。

そこにパッと目にした単語を書き留める。



「カブらなければ、どんなに破綻してめちゃくちゃな話でも良いんだよ」



そういうと、俺は今日の分の新作を描いてノルマを突破した。


漫画の内容は、雑巾ボウリング場から始まる

2匹のハシビロコウの恋愛のお話だった。


人間には理解できない話だが、

機械はよろこんでその物語を受け止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漫画を書くだけの家畜人間ズ ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ