第4話 破滅的な

「戦う…?」

耳を疑う言葉が出てきた。

ともかく、ハート技術の覚醒を図る訓練はこうして始まる。

内容は簡単だ。

ツジが持っている棒を、アカリにぶつける。

…それが難しい。

ただでさえツジには右腕が無いのに、ー手加減をしているとはいえーハートを使用してくる彼女には到底当てられない。

「攻撃は絶対に全身で避ける!心臓には絶対当てさせるな!!!」

そう言いながらアカリは、手に装着された装備から伸びる触手でツジを追い詰める。

(なんでこうなってんの…!?)

ツジは心の中で叫んでいた。

訓練が始まって三日……。言葉では理解できていても心が理解を拒んでいる。

三日前、アカリの言葉を皮切りに、戦闘訓練が始まった。

攻撃の回避や、万一当たっても致命傷を避ける方法など、とても一般人が学ぶものとは思えない技術を授けられている。

2時間の訓練の後、アカリが一度休憩を入れようと提案してきた。

一方ツジは…

全身からだくだくと汗が流れ、数歩歩いただけで限界であると感じた。

ツジは膝から崩れ落ち、

(おかしい……!いくらなんでも…!!)

いつもより多く運動をしたとはいえ、この状態は

異常だ。

エネルギーの枯渇…何十日も飲まず食わず走り続けた気分。

吐き気もするが、胃に入っていたものはすべて消化しきったのか胃液の逆流を感じることしかできない。

「ハートが使えないということは、全身のナノマシンが最適化されていないということ。その異常代謝はそれの副作用。はい、これ食べて。」

そう言うとアカリは数枚の板状チョコレートを手渡してきた。丁寧に包装まで破いておいてくれている。

説明を待たずして、ツジはチョコにかぶりつく。

常温で放置されていたせいで口内外問わずべったりとチョコがつくが、自身の身体にエネルギーが充填されていく快感に比べればそんなのは取るに足らない問題だった。

その様子を見てアカリが

「逆にエネルギーの吸収は、同じくナノマシンの影響で口内に入れた瞬間から開始される。チョコ食べればしばらくは動けるはずよ。」

数分としないうちにチョコを食べ尽くしたツジ。

「ありがとう……。もうこのまま死ぬかと…。」

「あはは…。まぁ私も最初はそうなったし大丈夫だよ。」

自分が稽古をつけたせいでこんなふうになっている気がして複雑な気持ちのアカリなのだった。

水も飲み、身も心も完全に復活したツジは、むしろ先程よりも元気だった。

「よし!!続きやろうアカリちゃん!!!」

再起しようと膝に手を当てると…

ギュルン!!

服から鳴るとは思えない異音と共に、手を滑らせ…

ガツン!

…盛大にズッコケた。

(なん…で……。)

そのまま意識は薄れ、

「ツジ!?ツジーッ!!」

アカリがツジを呼び止めようとしたが、頑張り虚しくツジは意識を失うのだった。

ーーー

「う〜ん…」

「あ、ツジおはよう。」

「ハルカ…?」

目を覚ますと、ツジはベッドに寝かされていた。

真横に置かれた椅子にはハルカが座り、ツジを覗き込んでいる。

それよりも…

「何回やるのこの流れ…。」

この間も同じ会話をしたような気がする。

「う〜ん…ツジが一人前になるまで?」

「一応同い年でしょ…」

そう言うと、ハルカは椅子から立ち上がり、

「あ、目覚めたしウララ呼んでこないと。」

「え?」

「そこのココアは飲んで良いからね〜」

それだけ言い残すと、ハルカは部屋から飛び出ていってしまった。

ーーー

「わかんないなぁ…ほんとに。」

心のうちにあった疑念が口から溢れる。

『ハート技術』…。

ウララやハルカがそう呼ぶ正体不明の技術は、聞いたこともない技術ではあるが、たしかにツジの身体にも宿っている。

…そこは疑いようがない。

ただ、逆に言えばそれしかわからないのが現状である。

『ハート技術とはなにか?』という疑問には答えられていない…。

(私に話さない理由は…)

と、思いかけたが、

(いや…駄目だ。そもそもあんまり話せてないしね!)

ツジの良心はそれを拒んだ。

口に出してその心を固める。

「きっとなにか理由があるんだよ!うん、そうに違いない…!」

兎にも角にも、彼女らを疑っている場合ではなく、

唯一の方法かは別として、オボロを倒すならば彼女らについていくのが近道なのは間違いない。

ーーー

それはツジの一つの疑問から始まった。

「オボロって一体何者なんですか?」

よく考えてみれば、あの謎の霧も、オボロが何なのかすらわかっていない。

異常にお腹が空くため、牛乳を飲みつつ、近くにいたウララに質問する。

「調べたけど、何一つ分からなかった。住所、出身、…一切が謎に包まれてる。」

どうやら期待した情報はなかったようだ。

しかし、

「ただ一点分かってるのは、あいつがCEAの構成員であるということだけ。」

「CEA?」

「Catastrophic Evolution Advocates、略してCEA。いわゆるカルト宗教ね。一度そこと衝突した時に、同じような能力を持ってるやつがいた。」

「なんでウララさんがそんなことを?」

虚を突かれたウララは一瞬言葉を詰まらせるも、明るく言葉を返した。

「ま、色々あるのよ。」

答えははぐらかされてしまい、

「今話せるのはこんなところ。まだ聞きたいことがあれば今度聞かせて!」

全体的に説明がふわっとしていたが、ウララは逃げるようにその場から立ち去ってしまった。

ーーー


「聞いてたやつと違うな。」


「!?」

聞き慣れない声が室内に響く。

反射的にベッドから立ち上がり、近くの壁に密着し、相手の様子を伺った。

声の主は廊下にいるようだが、照明がついていないせいで音でしかその姿を推察出来ない。

「そんなに引くなよ。傷つくだろ?」

『それ』が廊下からこちらに歩く度、モーターの回転音と、金属の擦れる音がする。

「…誰。」

…至って冷静に、恐怖を殺して口を開く。

その言葉を聞いて、その人間は返す。

「俺の名前か?」

その瞬間、廊下からその身を現した。

全身がぎらつく金属に覆われ、ところどころから見えるメカニズムは、見てわかるほど洗練されている。

節々に人体の筋肉を再現するためか、サスペンションやシリンダーも見受けられる。

「『半導キカイ』。よろしく、白詰ツジ…アカボネと呼んだほうがいいかな?」

「…は?」

アカボネ…。人生で二度聴くとは思っていなかった言葉が、その男の口から飛び出る。

言動、タイミング。明らかにツジを…いや、正確には『アカボネ』を狙った襲撃だろう。

「まさか…CEAの…!」

独り言で言ったつもりの言葉が拾われ、予想通りの答えが返ってきた。

「そういうこと。」

ゆったりとしたその言葉遣いに、幾分か不気味さを感じているが会話を続けるように仕向けた。

「何しに来たの。」

「俺はアカボネであるあんたを回収しに来ただけだ。それ以上何も取ったりしないさ。」

ウララやハルカに迷惑をかけるよりも…大人しくこちらについて行ったほうが良いのかもしれない。

少なくとも…オボロには近づきやすくはなる。

「さ、どうする?あいつらに迷惑をかけたくないなら今のうちだぜ?」

キカイはツジを揺さぶる。

今奴はこちらにメリットがあることを…すくなくとそう思える部分だけは提示した。

(ついて行く…?でも……)

行きたい気持ちは、理由はたしかにある。

ただ…

(あの人達を…置いて……)

それは、ある種の裏切りに近いのではないか。

(!!)

その瞬間、向かいの部屋にあの人が見えた。

「それなら私は……」

その言葉に空気が張り詰める。

「アカリを信じる!!!!!」

喜びのあまりか、その人は声を上げながら突っ込んできた。

「ツーーージィィィィィィ!!!!」

声に反応したキカイが振り向くと同時に、その顔面に鉄拳がぶち込まれ、金属の崩壊する音が聴こえた。

ガキィ!!

体勢を崩したところを見逃さず、触手を地面に貼り付かせ、弁当を束ねるゴムのようにして、キカイを地面に取り付ける。

「ツジから…離れろ!!!」

その声には、明らかに怒気が含まれている。

「なにしに来た…このクソ野郎!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウァサゴの心臓 @asabee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ