第3話 ハートとツジ
チェックウィード隊の本部の一室が、ツジの部屋として割り振られた。
まだ他人の部屋に上がっているような感覚が抜けず、行儀よくしようとしてしまう。
布団に座り、包帯の巻かれた右腕を見つめる。
…こうしていると、『あの日』の記憶が這い上がり、ツジを支配した。
壊れたドアノブ。
伸びる血痕、酷い腐敗臭に、踏みつけられた父。
仇の名は、『死霧オボロ』 。
震える左手で、肘から下がない右腕を触ってみる。
「うっ…」
その残酷な事実を再確認することとなり、ツジは嗚咽しだした。
目から多量の水が溢れる。
ここ数日、彼女は水を飲んでいない。
ーーー
一方その頃、ウララはタブレットを見つめていた。
画面には、ツジの身体について事細かく表示され、端側にはツジの自室がリアルタイムで表示されている。
「あの子、ほんとにハートを持ってるんですかね?」
後からフタネが現れ、タブレットを覗き込んできた。
「彼女が『錠剤』を使ったのは、もはや疑う余地もない。…それが本人の意思で無くとも、彼女はこちら側になってる。」
「ま、知ってたらとっくに抜け出してますもんね。」
オボロは、『錠剤』を回復薬として使ったのだろう。
発見時、ツジは腕を切断され、オボロの能力で身体の腐敗が始まっていた。
が、使用者の身体的特徴を記憶し、復元する機能を持つ『錠剤』がそれを阻止したのだ。
錠剤を服用した者は、錠剤に適応できなければ死亡する。
オボロは何故か、錠剤の副作用を利用した不利な賭けに出た。
『ツジの死は、オボロにとって都合の悪いことだった。』
理由はわからないが、今後ツジはオボロから狙われる可能性が高い。
「アカリとツジを体育館へ。…アカリに能力の使い方を教えさせて。」
「了解。」
フタネは二人を呼びにあるき出す。
ウララが窓から空を見上げると、雲は分厚く、濁った色をしている。
雨が降れば長く、激しくなる。
そんな予感がした。
ーーー
フタネに連れられ、ツジはようやく謎の施設から出ることができた。
が、その外はボロボロの家や施設が立ち並ぶ、いわゆる廃村のように見える。
「ここは…?」
ツジが疑問を口にすると、フタネが答えてくれた。
「ここはシハノ街。昔は使われてたんだが、先の戦争で襲撃されるって噂が立ってな…。実際はそんなことなかったんだがそのまま大雨で道は断絶。その後放置されてこの有り様だ。」
「そんなことが…。」
壮絶な運命を辿ってはいるが、設備は比較的新しく、放置されても特別大きな事故も起こっていなさそうに見える。
確かに、彼らにとっては都合がいい場所だろう。
先程まで詰め込まれていた場所は少し広めの民家だったらしく、庭もあり、誰かの趣味なのか野菜が育てられている。
「あんたにはこれから少しばかり稽古を受けて貰う。」
「稽古?なんのですか?」
そういえばツジにはあまり詳しくは話していなかった。
「あんたが飲まされた『錠剤』は、身体を修復させるだけじゃなくて、身体に特殊な能力を与える。」
突然とんでもない事を言ってきたが、当然のように続ける。
「それの使い方を覚えてもらう。…復讐をするなら尚更必要だ。」
それを聞いて、ツジは思うところがあったのか真剣な眼差しで考えていた。
復讐。それは今のツジにとって、奮い起てる魔法の言葉に等しい。
(ハートは精神状態によって全てが変わるし決定される。今のこの子に持たせて良いものか…。)
だが、その感情を制御できれば間違いなく彼女は強くなれる。
火が危険なのは、それが向く方向や使う場所、強さがコントロールできないからだ。
それが制御できるのならば、火はもはや味方と言って差し支えない。
(そこらへんはアカリに期待か。)
体育館についた時ふと、ツジが声をかけてきた。
「フタネさん」
何か覚悟を決めた目つきで、しっかりとこちらを見つめる。
「何をするのかも、私にどんな力が埋め込まれてるのかも知りませんけど、」
ツジの目に、フタネはある人の面影を見た。
「私はやり遂げます。」
内なる炎は、自らの身を燃やし尽くさんとしている。
復讐という名の心の咎が消えた時、この少女は心を保っていられるのだろうか…。
「そうか。」
ツジを体育館に入れると、フタネはその場から去った。
が、いるはずのアカリがそこにはおらず、ツジは一人放置される形になった。
「あの〜…アカリさん?どこですかー?」
体育館には電気がついておらず、外ではポツポツと雨が降り出しており、薄暗さよりも暗黒の部分のほうが近いように思える。
不安と心細さに押しつぶされそうになりながら名前を呼んでみるが、アカリは一向に現れず、反響する声が恐怖を増長させた。
その時、正面のステージの照明がついた。
中央には、アカリと思われる人。
「はじめまして!私は
やけに明るい人だ。
嫌味だとかそういう雰囲気はなく、ただひたすらこのキャラなのだろう。
「よろしくおねがいします…?アカリさん…?」
「あ一応同年代だしため口でいいよ。よろしくね、ツジ!」
備え付けのマイクで声が大きく聞こえる。
「よろしく…アカリちゃん?」
ため口にした途端、アカリは目に見えて嬉しそうにしたが、すぐに切り替えた。
そう言うと、アカリは腕に妙な装置をつけはじめる。
関節補助具のようなビジュアルの装置が手全体を覆う。
一応指などは動かせるらしく、両手にその装置をつけると、
「まぁ話は聞いてたと思うけど、つまるところツジにも能力がある。」
当然、オボロろにその能力があるわけで…
「私はそれの覚醒のための手伝いをするってわけ、」
「…!お願いします!」
「じゃあ早速だけど…」
明るく!楽しそうに言葉を続ける。
「戦おっか!」
一瞬の間の後、ようやく反応できた。
「・・・へ?」
波乱万丈の訓練が、始まる!
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