あの日の僕らを照らした花は

ナナシリア

あの日の僕たちを照らした花は

「ずっと一緒にいよう」

「うん、ずっと一緒だよ」


 赤青黄色、色とりどりで多種多様な花が咲き誇る花畑で、僕と君——桜空とは言葉を交わしあった。


 まるで花たちが僕たちを照らし、祝福してくれていたようだった。


 僕たちはいつものようにその花畑へ向かって、話をして、幸せな時間を過ごしたのちに、それじゃあ帰ろうとなった。


 そんなとき、花畑の花たちが光を放ち始めた。


 最初のうちは花たちが僕たちを祝福し始めたなどとおめでたい勘違いをしたのだが、徐々に光が強くなっていくにつれ僕たちは疑問を感じた。


「眩しすぎない?」

「うん、眩しすぎて何も見えない……」


 思わず僕たちは目を閉じてしまった。


 あまりにまばゆい光に、僕たちは目を開けることが出来ない。


 どれほどの時間目を閉じていたかわからないが、やっと光が収まってきたと思い目を開く。


「……何だったんだろうね」

「僕にはわからない、何だったんだろう。とにかくそろそろ遅いし帰ろう」


 光を放ち始める前と変わらず周りに広がる花畑が僕たちに何かを語ることは、なかった。


「もう今日も終わりかあ」

「幸せな時間は長く過ぎるっていうから」


 語らいながら歩く時間も、短く感じられた。


 君に夢中になっていた僕は、周囲の様子が変わっていたことに気づかなかった。


 その変化に最初に気づいたのは、歩けど歩けど見慣れた道に入らないことを不審に思った桜空だった。


「道、間違えちゃったかも」

「じゃあさっきのところに戻る?」


 幸い、僕たちがここまで通ってきた道は一本道だったので、戻る過程で迷うことはなかった。


 僕たちは一度花畑に戻った。


 そこには、僕たちがよく知った道はなかった。


 僕たちが無意識に進んでいた道も知らない道だったし、他の道もすべて、家へつながるものとは特徴が異なっていた。


「どうしようか」

「下手に動かないのがいいのかな」


 当然僕たちに遭難の経験など一度もない。


 しかもその状況下で食料や飲料をまったく持っていなかったので、僕たち二人だけで救助を待つという選択肢は選びづらかった。


「ここにいても野垂れ死ぬだけだよ。とりあえずさっきの道に行ってみない?」


 桜空がそう提案した。


 僕は良案だと思い、同意した。


「誰か人に会ってこの場所がどこなのか尋ねられるとなおいい」


 僕はこの状況に不安を抱きながらも、桜空と過ごす時間が少しでも伸びることにわずかな嬉しさを感じていた。


 僕たちが先ほどの道を進んでいくと、質素な家が並び立つ、柵に囲まれた限界集落のような集落があった。


「人がいるところまで近くてよかったあ」

「とりあえず、誰かにここがどこか訊かないと」


 限界集落だけあって、日も落ちた集落を歩き回る者などいないようだったので、僕たちは家を訪ねるしかなかった。


 花畑に続く道のすぐ手前に、柵が途切れた、入り口と思しき場所があったので、そこから集落の中に入る。


 すぐ手前にある家のチャイムを鳴らそうと玄関に立ったが、今時珍しくインターホンもなかったので僕が扉を叩いた。


 すると、老年というには若いが中年というには年を取りすぎている男性が扉を内側から開けた。


 彼が何か言ったが、意味は捉えられなかった。


 というか、発音が日本語的だと感じられない。たぶん、日本語ではない言葉だ。彼はもしかしたら、日本に移住したばかりなのかもしれない。


 だが、その言語が英語でなかったことには違和感が残る。


 海外に移住するのであれば、英語圏の人じゃなかったとしても英語くらいは勉強してから行くような気がする。


 そして、海外で応接をするのであれば、まず第一にその国の公用語、それが出来ないのであれば国際的な言語である英語を使うのではないか。


「歩夢くん、この人……」

「日本人じゃないような気がする。日本語も話せないみたい」


 言葉が通じないようだったので、僕たちは軽く会釈をして『Thank you』と言ってその場を去り、他の家を訪ねることにした。


 彼は快く見送ってくれたが、『Thank you』という言葉の意味は理解していないようだった。


 彼は英語を喋ることはできないようだった。しかし、『Thank you』すらもわからないというのははっきり異常だと感じた。


 次の家にもインターホンはなかった。仕方なくまた僕がノックする。


 出てきてくれた女性は、さっきの人と同じような言語を喋った。


「まさか、ここ日本じゃないのか……?」

「そう、なの……」


 いよいよ受け入れられなくなってきた。


 なぜ突然、日本から外国へ飛ぶのか。


 わからなかったものの、外国であれば英語でコミュニケーションをとればよいだけだ。


「Can you speak English?」


 簡易的な英語だから、彼女が英語を喋ることが出来なくても意味くらいは分かってくれるだろうという見積もりだった。


 彼女は、僕が何を言ったかわかっていない様子だった。


「桜空、いったん入り口に戻ろう」

「歩夢くん?」

「ここは少し異常だ」


 僕たちは、混乱した様子の彼女に会釈をして一度その場所を離れた。


 別れ際に行った『Thank you』という言葉の意味も、彼女はわかっていないようだった。


「歩夢くん、なんでここが異常だっていうの?」

「英語が通じない……。それも、ごくごく簡単な言葉さえ通じてない」

「確かに」

「さすがに、どの国でも、他国と関わりが少しでもあればあのくらい簡単な英語であれば理解はできるはずなんだ」


 サンキューも知らない国なんてあるのだろうか。


 少なくとも先進国ではありえないと思う。


「どんな言葉でも通じないと考えていいと思う」


 英語が駄目ならフランス語なら、とはならないだろう。


「この状況から日本に戻るっていうのは、無理かな?」

「絶望的だと思う。それこそ自分で船を作るとか、そんなことをしない限りは」


 それ以前に、僕は一つのあり得ない可能性を視野に入れ始めていた。


 ここが異世界である可能性


 僕たちはその集落で、三年を過ごした。


 結局、最初に僕たちを迎えてくれた男性が、僕たちに衣食住を提供してくれた。代価として僕たちは、農作業などを担当する、集落の若い労働力となった。


 彼はいわば村長に近い、集落のリーダーだったらしく、集落中に、僕らのことを助けるように、というニュアンスの宣言をしてくれた。


 僕たちと、集落の人々は、たどたどしいながらもコミュニケーションが取れるようになっていた。


「桜空、行商人の方の応対をお願いできる?」

「歩夢くんは?」

「僕も行きたいんだけどさすがにこの時期は忙しい……。収穫期だから」


 僕たちはすっかり集落の暮らしに定着していた。


「わかった、行ってくるね」

「ありがとう。えっと、できれば干し肉と塩を買ってほしい。もうすぐ切れるから」




 君は戻らなかった。


 行商人が桜空を連れ去ったと、僕たちがこの集落に来た時二番目に訪ねた女性が教えてくれた。


 集落の人々と桜空の抵抗も虚しく、振り払われてしまったらしい。


 彼は首都から来たと言っていたらしかった。


「すみません、僕は首都に向かいます」

「短い期間だったがとても助かった、アユム。君のおかげで小麦の収穫される量も少し増えた」


 僕は首都に行くつもりだった。村長にそう告げた。


 村長は優しく見送ってくれた。集落の利もあったのかもしれないが、これほどまでに優しくしてくれたのだから感謝しかない。


「だが首都までは遠い。止めるつもりはないが十分に気をつけろよ」


 手持ちの食料もないので道中で補給するしかない。


 もともとシャトルラン四十五回という記録をたたき出した貧弱な体力は、農作業によって鍛えられた。


 よくない環境での睡眠はもう慣れた。


「ありがとうございます」

「気持ち程度だけど、数日分のパンだ。あと、これが動物除け」


 本当にとても親切な人だ。




 どうやらこの世界には危険な動物が多く生息しているようだった。


 また、どういう原理なのかはわからないが、動物除けを持っていればその動物はあまり寄ってこない。


「課題は、やっぱり自分の身体か……」


 いくら農作業で鍛えたと言えども、あの集落から首都へ向かうのは現地人でも難しい。ここに来てたかだか三年の僕からしてみれば、苦難も苦難、大試練だろう。


 僕は先行きに不安を抱えながら歩き続けた。


 山を越えた。


 日本にいた間は登山なんてしようという気にはなれなかったが、君が連れ去られたというから追いかけるために仕方がない。


 緑に覆われた山というよりかは、石肌がむき出しになった無骨な山だった。


 時には山を登るために石肌に密着させた服と同時に皮膚が裂け、時には岩を掴んだ手のひらが擦れた。


 岩に座って寝て夜を越し、岩から飛び降りて山を下った。


 どんな苦難も、怒りが吞み込んだ。


 僕の身体を動かすのは、僕であって僕ではなかった。


 睡眠や休養は必要最低限。食料を補給するためだけに街に寄り、補給し終えたらすぐに街を出る。


 現代とは思えないほど性能が低く不愉快な街でも、関係なかった。気にならなかった。


 歩き通しで三カ月。


 首都が見えてきた。


 長旅が報われたかのような感情になるが、首都へ行くということは手段であって目的ではない。すぐに怒りと憎悪がすべての感情を吸い尽くした。


 首都の門番はいたが、僕が首都へ入ることを拒もうとはしなかった。彼らが止めるのは怪しい人物だけなのだろう。


 ここが首都である以上、僕のように長旅をしてきた人間は少なくないのだと思われる。


 まずは首都での活動の拠点を用意することが必要だ。しかし、ここが首都である以上家を買うとなると莫大な金が必要となる。


 宿暮らしは論外だ。首都に旅をしてきて宿を借りる人など星の数ほどいるだろう。


 ではどうすればいいだろうか、と考え、首都にいる人に訪ねることにした。


 すると、首都にいる人たちは皆一つの建物を指さした。


 その建物がなんらかの宗教施設なんじゃないかという警戒を示しつつ、他にしようがないため嫌々中に入る。


「お邪魔しまーす……」


 首都まで来るくらいだから、首都にいるほとんどの人は屈強な男性だったが、建物の中ではその中でも特に屈強な男性たちが集まっていた。


 しかも彼らは各々武器と思われる用具を持ち合わせていた。


 例えば剣であったり、槍であったり、斧であったりした。


 どこかで聞いたことがあるというか既視感のある話だ。


 例えば異世界転生ものには冒険者ギルドがつきものだ、という話をどこかで聞いたことがある。


 というか、どちらかというと屈強な男たちが集まる場所と言われて心当たりが全くない。


 だが、傭兵とか戦争のためにそう言った人々を集めている国がまだあるのかもしれない。


 そもそも異世界転移というのはあまりにも珍しいというか非現実というか、あり得ない出来事だ。


 とはいえまあ、日本から別の国に転移するというのもあり得ない出来事ではあるのだけれど。


「貧弱なくせにここに来るってことは登録か?」


 屈強な男の一人が話しかけてきた。


 あまり敵意は感じない。


 どちらかといえば、村長さんや村の女性の方が僕たちを出迎えてきてくれた時の、心配の雰囲気を感じた。


「登録、と言いますと?」


 僕はここが何の場なのか、固有名詞か一般名詞かもわからない名詞で呼ばれていたらしかったのでまだ理解できずにいた。


「ここは危険な動物を殺すための集まりがいる場所だ」


 危険な動物、というのが、村長がたまに話してくれた危険な動物の単語名と同じ単語で話されていた。


「危険な動物についても、教えてください」

「危険な動物はエネルギーを帯びた特別な動物だ」


 エネルギーを帯びた動物……そりゃあ全生物は生命エネルギーを帯びていると思うが、そういうことではないように思えた。


 たぶん、特別なエネルギーを帯びているというニュアンスだろう。


 であれば、ここは僕が知っている世界と別世界であるという可能性がまた濃くなってくる。


 僕が知る限り、僕が知っている世界には特別なエネルギーを帯びている生物なんて存在しない。


「危険な動物は危険だから、私たちが討伐する必要がある」


 やはり、『危険な動物』というのは『魔物』と仮称しても問題がなさそうだ。


 そもそも『危険な動物』というのはその動物が危険だと村長から聞いていたから、危険だというニュアンスを全く含まない単語を一時的に『危険な動物』と訳していただけだ。その新たな訳を認識できると便利でたまらない。


「私たち、ということはここが魔物を討伐するための集まりなんですか?」

「そうだ。冒険家の集まりと呼ばれている」


 いわゆる冒険者ギルド、だろうか。


「で、それには登録が必要だと」

「ああ。登録することで自分を証明できる」


 この『自分』というのは恐らく『身分』といったニュアンスだろう。


 つまり冒険者ギルドに登録するのが日本でたとえるならば医師免許の取得に近いのだろう。専門の資格なのだと思われる。


「登録するには何か条件があるんですか?」

「いや、責任は自分で負うことになっているからな。危険な仕事だが死ぬなら勝手に死ねという理念でやっているらしい」


 あまりにも冷酷すぎると思えたが、ここは日本ではないし、しかも異世界の可能性すらあるのだから僕が持ち合わせる従来の価値観は通用しないのかもしれない。


「それと、宿屋や食事場を利用するにはギルドの登録が必要だ」


 つまり、街行く人々たちがこの建物を指さしたのは、宿屋を利用するのにギルド登録が必須だが、ギルド登録は簡単であるから、ということだろう。


「どこで登録できるんですか?」

「あそこだ」


 言いながら、男性は受付というかカウンターというか、そういった雰囲気の場所を指さした。


「では行ってきます」


 僕は受付の方へ歩いて行って、そこにいる女性に声をかけた。


「登録をお願いできますか」

「はい、お名前と年を教えてください」


 年、というと年齢だろうか。


 幸い数字は村長に一通り教わっている。


「名前は木島歩夢。年齢は十五歳です」


 女性は、木の板に何か文字を書き込んだ。


 しかし残念なことに、僕はこの場所で使われている言語である程度会話をすることが出来ても読み書きはからっきしだ。


 だが、この建物にいる誰もが自分の木の板を読めていなさそうだったので、この場所における識字率は案外低いのかもしれない。


「こちら冒険家板になります」


 冒険家板。意訳するのであれば冒険者証明書となるだろうか、それを女性から受け取り、僕は再び先ほどの男性に話しかけた。


「すみません、もう一つ。魔物の討伐は無償で行うんでしょうか」

「そんなわけないだろう。あそこに依頼が張ってあるから、そこに書いてある魔物を狩ってくるんだ」

「毎度毎度ありがとうございます。手軽な依頼とかありますか」

「初心者には難しいだろうな」


 では詰みなのかもしれない。


 文字を読むこともできなければ、初心者が依頼をこなすのは難しいとなるともう金の稼ぎ口がない。


「俺が鍛えてやろうか」


 それは唐突な誘いであり、僕が今最も必要としているものでもあった。


「いいんですか?」

「無償とはいかない。そうだな、報酬の一割だ」


 一割とはあまりにも大きい比率だったが、今の僕にそれ以外どうにかする方法はない。僕が生き延びて桜空を助け上げるためには、彼に頼むしかないのだ。


「お願いします」


 男性は大きく笑った。


「楽な儲け話だ」

「そうでもしないと僕は野垂れ死にますので」


 男性は僕の言葉を聞いて、また笑った。


「大物になりそうだ。とりあえず、ついてこい」


 男性はこの建物の二階へ続く階段に僕を案内し、二階に登り、一つの部屋の扉を開いた。


 何をされるかと警戒したが、そもそも現状は警戒したところで僕にはどうしようもない。


「お前は貧弱だから、手っ取り早く戦えるようになるにはこれがいい」


 これ、というところは意味が分からない。戦いの手段を表す言葉だとは思うのだけれど。


「それは何ですか?」

「特別なエネルギーを使って奇跡を起こすものだ」


 特別なエネルギーを帯びた動物が魔物だというのであれば、特別なエネルギーというのはいわゆる魔力を示すだろうか。


 魔力を使って奇跡を起こすもの、と言われて真っ先に思い浮かぶのは魔法だが、そんなものが実在するというのならここは異世界で確定ということになってしまう。


 この様子だと、その方法はこの辺りには普及しているようでもあるし、魔法が普及している場所など聞いたこともない。


「こんなふうに」


 彼は手のひらの上に小さな火を浮かせた。


 火はある程度の時間形状を保ち、突然ふっと消えた。


 ある程度の時間保っていたということは空気中の可燃物、例えば水素などを燃やしたとは考えづらい。


 ということは、やはり魔法だろうか。


「魔法は感情が魔力に作用して使われる」

「では、あなたは今何かを感じたのですか?」

「ある程度習熟してくれば、自分の感情を少しなら操作できるようになる」


 つまり、彼は自ら自分の感情を操作して魔力に作用させ、今使った魔法の源としたというわけだ。


 その点、常に行商人に対する怒りが身を焦がしている僕にとって、感情の操作など必要なかった。


「感情を操作することと、魔力を認識すること。それがそろって初めて魔法を使えるようになる。まあ、その貧弱な体を実践級に鍛えるよりは手っ取り早い」

「魔力を、認識」

「魔法を使っている人間の、魔法の発生源近く。それと魔法そのものを注意深く感じようとすることが近道だろうな」


 そう言って彼は、今度は水の球を空中に作り出し、数秒間形を保たせつつ浮かせ続けた。


 なんというか、気配の濃淡が少しだけ違うようだった。


 とても微細な悲しみの気配が全身から放たれていて、それを魔法の発生源近くにある何かが吸い上げているような……。


 僕は試しに、右手の人差し指の先に、全身全霊の怒りをぶつけた。


 怒りは感情であってぶつけたりできるものではないのだが、その時の感覚は怒りをぶつけた以外の表現が不可能だった。


 右手の人差し指の先に巨大な火の玉が発生し、周囲を焼き尽くそうと暴虐の唸りを上げた。


 瞬間、部屋の外から扉が開かれ、現れた男の右の掌の先から莫大な量の水が流れ出し、僕が出現させた火の玉を打ち消した。


「お前、どれほどまでに強い怒りを……」

「危ないなあ」

「あなたは?」


 僕は、突然現れて僕の火の玉を消し去った男性に興味を持った。


「冒険者ギルド所属魔法使い筆頭、アルだ」

「アルほどの実力者になると、何もなくてもあれほどの感情を動かせるんだぞ」

「凄まじいですね」


 実力者とは大したものだ。


「水だから、今回はすぐに悲しめるってところか」

「感情と魔法の種類に関わりがあるんですか?」

「ああ。まあ、全部わかってるわけじゃないけど、お前ほど純粋な怒りは初めて見たかもしれない」


 ここでは――いや、この世界では怒りの感情は火を起こすようだった。


「君の魔法力は、というより感情は飛びぬけている。冒険者ギルドの方でスカウトしたい」

「いえ、お断りします。僕は、恋人を攫った行商人を、探しているので。手は開けておきたい」

「まさか、行商人ってことは」


 何か思いある節があるのか!?


 それなのであれば教えてもらうしかない。


「何か知っているんですか」


 極寒の声色がアルを貫いた。


「あ、ああ。怒りの感情をしまってくれ、いつ発火するか……」


 僕はそれでもどうしても怒りを抑えられなかった。


 だから代用策として、魔力を自分の身体の中に抑えることにした。


「それで構わない。行商人のふりをして少女を片っ端から誘拐する、盗賊組織だ。ギルドも彼らを追っている。彼らはペシムスと名乗っている」

「僕も」


 組織として彼らと対峙することが出来るのであれば、その方が都合がいい。冒険者ギルドに所属するべきだ。


「僕にも彼らを追わせてください」

「歓迎する」


 こうして、僕は冒険者ギルド所属の魔法使いとなった。


 冒険者ギルド所属の魔法使いとはいえど、仕事は地味なものが多かった。


 そもそも僕はまだギルド所属の魔法使いの中では未熟だから、修行が主な仕事といっても過言ではなかった。


 僕は冒険者ギルド所属の魔法使いとして、過去最速の成長を遂げていたということだった。


 僕が冒険者ギルドに所属してから、一カ月足らずでペシムスの下っ端と相対するくらいになっていた。


「今日の盗賊討伐は、これで終わりかな」

「待ちたまえ」


 盗賊を皆殺ししたため、僕しかいなくなったはずのこの場に、聞いたことのない女性の声が割り込んだ。


「誰だ」

「誰だと聞かれて大人しく答える馬鹿がどこにいるか」


 友好的な感情は感じなかったし、どちらかといえば敵対的な感情を感じる。


 僕はその感情を感じたことで、より警戒心を強めた。


 瞬間、彼女が双剣を構えて踏み込んだ。


 僕の彼女に対する警戒心が限界を振り切り、魔力を物理的な棘の魔法として顕現させた。


 彼女が右手の剣を一閃すると、何発もの斬撃が棘を捉え、棘がすべて魔力を失って跡形もなく消滅した。


 僕は今度は、行商人に対する怒りを一段高めて対象を彼女に変更し、炎として顕現させた。


 彼女はバックステップを踏んだ。


「ハッ、馬鹿みたいな感情量だね」

「近づくな」


 今度は僕の警戒心が土の壁となって彼女を押し出した。


「その実力、私が本気を出すに値するね」

「どうも」

「冥土の土産に教えてやろう、私はペシムス六幹部が一人——双剣」


 彼女は二つの剣と名乗った。


「それが、名前?」

「本名は捨てた」


 僕では捉えられない超速で彼女が動いたのを感じた。


 同時、僕の心がとっさに動き、双剣を棘がずらし、双剣が僕の胸を刺し、そして肋骨に弾かれた。


 刹那僕の全身から炎が立ち上り、彼女だけを包み込む。


 彼女は炎を目視した瞬間にまた下がった。


「なんという判断力……」


 土塊が彼女の四方八方から飛来した。


 彼女が土塊のわずかなすき間を縫って体を避けた。


 そのまま僕に向かって距離を詰める。


「その速度は、もう見てる」


 ついつい日本語でつぶやいてしまう。


 彼女が僕の元へたどり着くよりも早く、僕の身体を先ほどよりも高温の蒼炎が覆った。


 彼女は、突き出した右手の剣と右手首から先を失った。


 僕は自分の真下の地面を操作した。


 彼女から距離をとる。走るより速い。


「反応速度も私に追い付いてきた、か」

「それじゃあもう双剣も名乗れないな」


 言葉を発するたびに、先ほど彼女に刺された胸がじくじく痛む。


 できることなら早く決着をつけたかったが、彼女は下手に急ぐと敗北を喫しかねないほどの実力者だった。


「私が攻める限り、カウンターで返される」


 話し終わる前に彼女が僕に迫った。


 今度は正確に彼女の腹部を二本、左胸部を一本の棘が貫いた。


 だが、身体を貫かれて尚彼女の勢いは止まらず、直線で僕に迫ってきた。


 まだ残っている左腕で僕の心臓を狙う。


 左の剣が、彼女の炎を纏った。


 とはいえ彼女視点の左であるから、僕の心臓には届かない。


 僕は彼女の斬撃を甘んじて受け、それと交換に彼女の心臓を僕の炎槍が貫いた。


 決着。そう思われたが、彼女の炎が燃え広がり僕の身体を包んだため、僕は一度下がらざるを得なくなった。


 いろいろと身体の内部を刺されたため、血を吐いてしまう。


 彼女も同様に、心臓を貫かれたので血を吐き、僕とは違い助かりそうにはなかった。


 僕もかなりまずい。


 一人じゃ帰れないかもしれない。


 そう思いつつも、僕は何とか立ち上がり、一歩ずつ一歩ずつ、近くにある街の方向へと歩いて行った。




「まさか双剣を倒すとはね……」

「双剣って何者ですか」

「彼女は、最後の六幹部でした。しかも、最強」


 僕は彼女との戦いで、戦闘不能に陥っていた。


 全身が焼けて、しかも三か所を刺されたとなれば致し方のないことだが、それでも僕は修行を辞めなかった。


「だが、いくら双剣を殺せたと言えども、才あるキジマアユムくんが戦えなくなるとは……」


 もしかしてだが、彼らは木島歩夢が僕の下の名前だと思っていないだろうか。


「大丈夫です。行商人が現れたら、必ず殺しに行きます」

「キジマアユムくん、身体が炎を纏っているよ、抑えて」


 彼への怒りに身を焦がし続けた。


 今は歩くことすら怪しいが、いつか。


「アルさん、またペシムスです――大規模襲撃です!!」


 冒険者ギルド所属の魔法使いの一人が、そう報告した。


「私が行く。キジマアユムくんはここに残って」

「いや、行きます」


 待ち焦がれた人が現れたような、まるで桜空がこの場に現れたかのような恋情が、僕の身体に花畑を生み出し、僕を癒した。


「魔法とは、奇跡です」


 僕の身体はたちまち全快した。


「なんと頼もしい。魔法使いを全員招集しろ!」


 僕とアルさんが急いで現場に向かうと、そこにはペシムスの全戦力とも言えそうなほどの構成員がいた。


「アルさん、ペシムスって本当にただの盗賊組織なんですか」

「たぶん違うな」


 僕は待ち焦がれた瞬間に心を躍らせ、恋した。


 ——その場には広大な花畑が広がった。


 桜空との、日本での最後の思い出は、花畑で永遠を誓い合ったことだった。


 花畑の範囲内に入ってしまった人間は、永遠に花畑に閉じ込められることを誓われた。


「まさかキジマアユムくんがこんな大魔法を使うとは」

「彼らはもう、出れません」


 雑魚を他の魔法使いに任せて、僕が少しでも桜空の気配を求めると、ほんの少し、ごくわずか、桜空の強い感情の余韻を感じるものがあった。


「あっちです」


 その場所は、意外にも首都の外にある、廃工場のような場所だった。


 まるで行商人かのような様相の男性がそこにいて、桜空の気配の余韻を、他の誰かの気配の余韻を纏っていた。


「お前が、桜空を」


 僕はこの瞬間を待ち焦がれてはいたが、やはり本人を前にすると怒りの感情が強くなってしまう。


「サクラ? どの女だ?」


 僕の胸中を、無限の感情が駆け巡った。


「キジマアユムくん、抑えて」


 アルさんが僕に声をかけるが、無意味でしかなかった。


 雷光と、火炎と、漠水と、数えきれない要素が僕の世界を包み込んで、覆い隠して塗りつぶして、押しつぶした。


 無言だった。


 行商人が僕との距離を詰めた。


 油断した。


 僕は死を確信した。


 だが、そんな僕と行商人との間に、アルさんが割り込んだ。


 行商人が隠し持っていた短剣が、アルさんの太腿を突き刺し、すぐに抜いて腹部に突き刺し、僕の白炎が行商人の腕を溶かした。


 行商人はとっさにバックステップした。


 アルさんが、太腿から血液をだらだらと垂らしながらも行商人に追いすがった。


 風がアルさんを運び、土が行商人に牙を剥いた。


「キジマアユムくん!! 無駄にするな、戦え!!」


 呆然としていた僕は、とっさに白炎を迸らせ、行商人を魔法を出し尽くして息切れしたアルさんもろとも燃やし尽くした。


 アルさんも行商人も、土で壁を作り自らを守った。


 行商人が土壁を取り除いた瞬間、雷光が行商人の胸を貫き、心臓に多少の打撃を与えた。


 僕は続けざま、炎を打ち込んだ。


 今度は防がれることもなく、確実に心臓を焼いた。


 桜空がどうなったかは、彼に染み付いた桜空の感情が、叫びが、悲しみが、憎しみが、すべて示していた。


「桜空、ごめん……僕があんなこと言ったばっかりに」


 もはや狂いに狂った僕の人生は、元に戻しようがなかった。


 もし万一日本に戻る手段があって、それが見つかったとして、今の僕は日本に戻ろうとも思わない。


 でも。


 もし万一桜空ともう一度会える方法があったとすれば、今の僕はどんな手段を使っても桜空ともう一度会おうとするだろう。


「キジマアユムくん……。私はもう死んでしまう。今後の冒険者ギルドは任せたよ」

「僕は魔物を狩ったことすらないんです。別の人に任せてください」

「でも、実力的には、君は……」

「もう、怒りをぶつける先もなくなったから。これまで程の魔法を使うのは無理ですよ」


 僕の魔法の源は、圧倒的なまでの、誰にも絶対に負けない、怒りの感情だったのだから、桜空の仇を殺した今となってはもう発揮できない。


「僕は、首都を去りますよ」




 僕は、最初にこの世界に降り立った集落へと帰ってきていた。


 首都からこの場所への道のりは、怒りという熱意を失った僕にとってあまりに辛く投げ捨ててしまいたい日々だった。


 村長に挨拶はしなかった。


 最初にこの集落へ歩いてきた道を遡り、日本から初めてこの世界にやってきた花畑が目の前に見えてきた。


 一番最初、終わりの始まりの地。


 僕はあの日の僕たちの幻影を見た。


 あの日々への狂おしいまでの恋情と愛情に、僕は思わず恋情を意味する魔法、花の魔法を行使した。


 花畑が僕を永遠に閉じ込めた。


 これは、僕が僕に課す罰で、縛りで、この先を生きていくことが辛いから、逃避でもあった。


 過去を遡ると、いつでも君が一緒にいた。


 未来を進むと、君が一緒にいることなんて一度たりともあり得なかった。


「ずっと、一緒にいよう」


 あの日僕たちを照らした花は。


 叶わなかったあの日の願いを。


 今この瞬間から世界が終わるときまで。


 永遠に見届け続けることになった。

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