第12話 侯爵令息が遭難する話②

 砦を目指して先を急ぐレオナルド達一向に、何処からともなく矢が射掛けられた。

 一度に射掛けられて来る矢の数は10本だが、狙いは的確で確実に戦士たちに傷を負わせた。

「防御円陣を組め!」

 そのレオナルドの指示に従って、戦士たちは盾を構え円陣を組んだ。


 その陣形は弓攻撃に対しては有効だった。時折一際強力な矢が盾を貫いて戦士を傷つけることもあるが、携帯していた回復薬も使えば何とか耐えられそうだ。

 だが、姿を現さない射手に対しては効果的な反撃手段がない。

 レオナルド一行は、円陣を組んだままじりじりと退却を始めた。

 と言っても、森の中で陣形を組んだまま動くのは非常に難しい。退却は遅々として進まなかった。


 やがて、矢の攻撃が止まった。

 だが、その後しばらくすると、今度は前後左右から百体近いコボルドが襲ってきた。

 本来臆病で、武装した人間の戦士を見れば逃げ出すはずのコボルドが、今は狂ったように突撃を敢行してくる。


 そのコボルドに対応する為に、円陣が乱れた。

 その瞬間、一度に50本以上の矢が飛来する。

 今度は射手の姿を確認することが出来た。

 それはオーク達だった。


 レオナルドたちの周りには、弓矢を手にした50体以上のオークが姿を現しており、更に弓矢を持たない者も同じくらいいる。

 都合100体以上のオークがこの場に集まっているのだ。

 それは通常見られるオークの群れの規模を、遥かに超える大群だった。


 更にオークの周りには、ゴブリンやゴブリンよりも一回り大きく力も強いボガードの姿も見える。その数はオークの数倍はいるだろう。

 レオナルドたちは数百の妖魔に包囲されているのである。


「馬鹿な、こんな数の妖魔の軍団など……」

 レオナルドは驚愕してそうつぶやいた。

 森の中に妖魔がいることは当然承知していたが、このような規模とは夢にも思わなかったのだ。

 レオナルドが驚き指示を出せずにいる間にも、矢は何度も繰り返し放たれ、戦士達もコボルド共も区別することなく貫いてゆく。


 そして更に驚愕すべき事が起こった。レオナルド達を包囲するオークたちの中の一際大きな1体を含む5体が、呪文を唱え始めたのだ。

 確かにオークには魔術を使う固体も存在しているが、それが5体もそろっているというのも驚くべきことだった。

 やがて、呪文は完成しレオナルド達を“吹雪”と“電撃”が襲った。

 コボルドたちも容赦なく巻き込まれている。


 それが合図だったかのように、弓矢の攻撃が止みオークたちが突っ込んできた。ゴブリンらの群れもそれに続く。

 その頃には、コボルドのほとんどは死に絶え、戦士達の多くも相当の傷を負っていた。

 戦士達はブレンテス侯爵家の精兵といえる者達だったが、ほとんどの者がその攻撃に耐えられなかった。


 乱戦になる中、レオナルドの前に彼よりも頭二つは大きい巨躯のオークが現れた。

 それは、先ほど魔術を放ったオークのうちの1体だ。


 レオナルドは手にした剣でオークを攻撃する。

 その攻撃は中々鋭いものだったが、巨躯のオークは容易く避けた。

 そしてレオナルドの右腕を素早く掴んで、躊躇いもなく噛付いた。

「があぁぁ」

 レオナルドが絶叫する。


「若様!」

 レオナルド付きの騎士がそう叫んで捨て身の攻撃を敢行した。

 それに対応するために巨躯のオークはレオナルドを放したが、レオナルドの右腕はほぼ食いちぎられていた。


 巨躯のオークは騎士の攻撃も避けた。

 そして、防御が疎かになっていた騎士の肩を掴み、その首筋に噛付いて今度は一気に噛み千切った。騎士はあっけなく絶命した。


 その間に別の騎士がレオナルドを庇いながら後退している。

 その騎士に、もう1人の騎士が声をかける。

「貴公はそのまま若君を連れて退却を。殿は我が隊が引き受ける!」

 そしてその騎士は付近にいた部下たちを引き連れて巨躯のオークに向かって突撃した。


 レオナルドを庇う騎士は、その言葉に従い全力で離脱を計った。

 他の者達は皆で、レオナルドの退却を支援しようとしている。


 そうして、多くの騎士と戦士達の犠牲の上に、レオナルドはどうにか退却する事に成功した。

 だが、生き残ったのはレオナルドを含めて5人だけだった。




「ブハハハハハ」

 残った戦士たちが全滅した後、レオナルドの右腕を食いちぎった巨躯のオークが、大きな笑い声を上げた。


 彼の名はブルンクデスドバルド。この巨大なオークの群れを率いる王だ。

 レオナルドらを逃がしてしまったが、彼はその事を全く気にはしていない。

 そんな事よりも、はるかに重要なことが確認できたと思っていたからだ。


(いない! あの化け物魔術師はもうここにはいないぞ!!)

 ブルンクデスドバルドは心の中でそう喝采をあげた。

 彼は、かつてマリウスによって壊滅させられたオークの部族の長だった。


 集落を捨てて逃げたブルンクデスドバルドは、逃げた先で彼なりに鍛錬を積んで力を付け、他のオークの部族を乗っ取り、更に周辺の部族をも支配して巨大なオークの群れを築き上げた。

 そしてこの地へと戻ってきたのだ。


 帰還したブルンクデスドバルドは、周辺の下級妖魔を支配し妖魔の軍団を組織した。

 しかし、今の自分の力と支配する兵力を以てしても、真面に戦ってはあの化け物のように強かった魔術師、即ちマリウスには勝てないと判断していた。だから彼は、マリウスを何とか森の奥に誘い込んで罠を用いて殺そうとした。

 しかし彼の企みはマリウスに見抜かれて失敗した。


 ところがそのマリウスがしばらく前から全く姿を現さなくなった。

 不審に思ったブルンクデスドバルドは、コボルドたちに砦を襲撃させ様子をみた。

 これに対応するかのように5人組の人間達が何組か森にやって来たが、その中にマリウスはいない。


 ブルンクデスドバルドはその5人組の内1組を襲って、試しに皆殺しにした。

 その後やって来た8人の中にもマリウスはいない。

 今度は、その内3人をあえて殺さずに逃がして、自分達の存在を砦の連中に教えてみた。

 更に自分達の食べ残しを晒して挑発した。


 その後しばらくは人間たちの反応がなかった。だが、マリウスの存在を恐れるブルンクデスドバルドはそれ以上の行動を控えて様子を窺った。

 すると、今度は50人からの強そうな戦士たちが送り込まれて来た。

 今度は数が多い。或いは集団の中にマリウスが姿を隠しているかも知れない。

 そう考えたブルンクデスドバルドは、その戦士たちの動きを相手に見つからないように慎重に観察した。


 そして、彼らが引き上げ始めたのを知って、思い切ってその者達にも攻撃を仕掛ける事にしたのだった。

 襲撃の結果、その者達を壊滅させてマリウスが参加していなかった事を確認出来た。

 ここに至って、ブルンクデスドバルドは最早マリウスはこの地にはいないと確信したのだ。


 ブルンクデスドバルドは大声で叫んだ。

「兄弟達よ! 最早我らが恐れるものは何もない! 我らの前に立ちふさがる者は誰もいない!」

「「ブフォオオオオ!」」

 周り中のオークから一斉に怒号が上がる。


 それに応えて、更にブルンクデスドバルドが叫ぶ。

「襲撃だ!! 犯しまくり、食いまくり、殺しまくるぞ!!」

「「ブフォオオオオ!!」」

 より一層大きな怒号が湧き起こった。

 オークたちは皆、激しい欲望を滾らせていた。

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