第11話 侯爵令息が遭難する話①

 南の砦で一晩泊まったレオナルド・ブレンテス率いる一団は、翌日早朝からベルーナ伯爵領南の森に分け入った。


 砦の守備隊長からは、森にオークが住み着いたようだから退治して欲しいといわれていたが、彼らはオークなど探すつもりは更々なかった。

 彼らがこの森に来た本当の目的は、妖魔狩りなどではなく、ある霊薬エリクサの原材料を確保する事だったからだ。




 そもそも、レオナルド・ブレンテスがベルーナ伯爵家へ婿入りすることになったのは、今から数ヶ月前に、旅の治療師を名乗る老婆からブレンテス侯爵家に、ある霊薬が献上されたことが切っ掛けだった。


 その霊薬の効能は老化回復。即ち若返りを実現する、幻の存在とまでいわれる貴重な霊薬だ。

 この霊薬があれば老いから解放される。流石に不死になる訳ではないが、寿命で死ぬ瞬間まで若さを保てる。

 筋力や体力、そして魔力も衰えてしまうという副作用もあるが、自ら戦う事を前提としない者にとっては関係がない。

 とてつもない価値のある霊薬なのは間違いなかった。


 そしてその治療師は、霊薬の原材料がベルーナ伯爵領南の森の中で採れることを告げた。

 ブレンテス侯爵家は、治療師と共に信頼できる部下を何人か秘かにその場所に潜入させ、原材料となる素材が確かに自生しているのを確認。

 そしてその上で治療師を殺害しようと図った。この知識を独占しようと考えたからだ。

 だが、これには失敗し、治療師は何処かへ姿を消してしまった。


 こうなってしまえば、その知識が他の者達に漏れてしまうかもしれない。一刻も早く原材料を独占的に押さえる必要がある。

 そのような判断に従って、ベルーナ伯爵領を影響下に入れるために、次男レオナルドの婚約を破棄までして、急遽ベルーナ伯爵への婿入りと軍事支援の申出がなされたのだった。


 その判断には、ここ数年のベルーナ伯爵領の発展が著しい事も考慮されていた。

 だがそんな事だけで、名門貴族であるブレンテス侯爵家がこんな片田舎の伯爵家と縁を結ぶ事はありえない。

 決定的な要素は若返りの霊薬確保の為だった。


(まあ、娘が稀な美人なのも間違いはないしな。その内しっかり楽しませてもらおう)

 レオナルドはそんな事も考えていた。


 今回の婚約破棄と新たな婚約は、表向きは貴族家同士の話し合いの結果だが、実際はレオナルドがミレディアに懸想したから行われたことだ、という事にされていた。

 下手な詮索をされて霊薬の事がばれるのを警戒しての事だ。


 誰かがこの不自然な縁組について疑いを持ったとしても、実はレオナルドが、婚約者がいながら他の女に懸想して今の婚約者を捨てたのだという「真相」を用意しておくことで、それ以上の詮索をされないようにしようとしたのである。


 結果レオナルドは、不実な人物という悪評を被る事になった。

 いわば、家の為にレオナルドが割を食ったといえる状況だ。

(それなりの役得をもらわなければ、やっていられない)

 レオナルドはそうも考えていた。


「すみません。レオナルド様」

 そんなレオナルドに声がかけられた。

 声をかけてきたのは、霊薬の原材料の自生場所を確認した家臣の1人だった。

「どうした?」

「おかしいのです。この辺に洞窟があってその中にあるはずなのですが……」

 周りに洞窟などなかった。


「道に迷ったのか?」

「そ、そんなはずはないのですが……、ですが、そうかも知れません」

 家臣の言葉は要領を得なかった。


「他の者達とも良く確認しろ」

 原材料の自生場所は、複数の家臣が確実に確認している。

 そのくらいの念を押さなければ、侯爵家もこんな動きはしない。

「分かりました」

 その家臣はそう言って引き下がった。


 だが、確実に確認したはずのその自生場所は、いっこうに見つからなかった。




「ふざけるなよ。お前ら。

 ここまでしておいて、見つかりませんでしたなどという話にはならんぞ」

 レオナルドは、自生場所を確認していたはずの家臣たちに対して声を荒げた。


「も、申し訳ありません。ですが、どう考えても森の様子があの時と違って……」

「たった数ヶ月で、そんなに変わるはずがあるまい。貴様ら皆して幻覚でも見ていたのか!」


 そう怒鳴ったレオナルドは、自分自身が発した言葉に衝撃を受けた。

 まさか、本当にそうなのでは? と思ったからだ。


 治療師が献上した霊薬は間違いなく本物だった。だが、それほどの貴重な霊薬を作れる治療師なら、幻覚効果をもつ霊薬も作れるかもしれない。


 それにその治療師の存在自体も不可思議だった。

 治療師を殺しそこなったあと、その治療師と直接相対した家臣たちに、その人相風体を確認したのだが、どれも要領を得なかったのだ。

 懇意にしている優秀な魔術師に極秘に意見を聞いたところ、その治療師が身に纏っていたという灰色のローブに、強力な認識阻害の魔術が施されていたのではないか、とのことだった。

 そのような魔道具も持つ者ならば、なおさら複数の者を幻覚で惑わす事もできるのかもしれない。


(まさか、謀られたのか……)

 そう思い至ったレオナルドは、一旦砦まで戻る事にした。刻限はまだ昼過ぎくらいで探索を続ける事は可能だが、当てもなく動き回っても仕方がない。

 一旦戻って善後策を協議し、国許の父や兄にも一刻も早く状況を伝えるべきだ。そう判断したのだった。


 だが、彼らの帰還は楽なものにはならなかった。

 レオナルド達が帰途についてしばらくしてから、彼らは突然何者かからの攻撃を受ける事になったのである。

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