第10話 冒険者たちが巨大スライムと戦う話
その日トレアの冒険者達は、彼らが万全と考える体制でフュージ・スライム討伐に向かった。
その作戦は以下のようなものだ。
大前提として、迷宮内の魔物は傷を受けてもしばらくすると回復してしまう。
なので、少しずつ傷をつけて何日もかけて倒すという作戦は使えない。
1回の攻撃で倒しきるしかない。
それを踏まえて、参加者はトレアの冒険者の中から腕利きばかりを募った25名。
相手をフュージ・スライムに絞っているので、とっさの場合の対応力よりも短期的な攻撃力を重視して、通常のパーティから適任者を抽出して臨時編成している。
内訳は、盾持ちの重戦士5名、槍装備の戦士4名、弓などの飛び道具を使う者6名、回復魔法が扱える者2名、魔術師3名、回復薬等を携帯した補助役の軽戦士5名である。
リーダー役として最も熟練の槍戦士が選ばれ、魔術師の1人と飛び道具を扱う者の中から1人がサブリーダーに選ばれた。
具体的な行動は、まず3人の魔術師が戦士と飛び道具使い全員の武器に“火炎武器”の魔術をかける。
そして、フュージ・スライムの部屋の、スライムに感知されない場所から一斉に飛び道具で攻撃する。
フュージ・スライムは当然攻撃された方に向かって動いてくるはずである。
そこを、盾持ちの重戦士が食い止め、重戦士の背後から槍持ちの戦士が攻撃してダメージを与えるとともに注意を引き付ける。
その間に、飛び道具使いはフュージ・スライムを取り囲んで次々と攻撃する。
普通ならば、乱戦となっている状態で敵だけを狙うには並外れた技量が必要だが、図体が大きいフュージ・スライムが相手なら、さほど難しい事ではない。
魔術師はひたすら攻撃魔法をかけ、回復魔法を扱う者は重戦士達の傷を癒す。
軽戦士も、回復薬を用いて重戦士を回復することを中心に他の者達の補助を行い、不測の事態にも備える。
隙のない作戦であるはずだった。
しかし、この作戦はあっという間に崩壊した。
5人の重戦士達が、その巨大スライムの攻撃を全く支えられなかったのだ。
そのスライムの圧迫力はフュージ・スライムの比ではなく、5人の重戦士は一瞬にして押しつぶされ、全員がスライムの体内に取り込まれてしまった。
その巨大スライムは、やはりスライム・インペラトールだった。
スライム・インペラトールに取り込まれた5人が、あっという間に消化されていく。
残された冒険者達は、その凄惨な光景にも耐えて戦いを継続した。
スライム・インペラトールは5人の消化に力をつくしているかのように動きを止め、その体を小刻みに震わせている。
その様子を見たリーダー役の槍戦士は、スライム・インペラトールの動きは鈍いと見て、スライムの攻撃を避けながら柔軟に攻撃するように、作戦を切り替えた。
リーダー役の指示により、回避能力がない魔術師と回復術を扱う者たちは出来るだけ後ろに下がり、軽戦士たちも積極的に挑発行動をとる。
そして、槍持ちの戦士達は回避に気を使いながら攻撃を仕掛け、飛び道具使い達も頻繁に位置を変えながら攻撃する。
一撃一撃の効きは想定していたよりも悪いものの、その作戦は上手く行っているように見えていた。
「ぎゃぁー」
だが、突然悲鳴があがった。
それは、後方に下がっていた魔術師の1人があげたものだ。
その魔術師は通常のスライムに襲われていた。
他の魔術師らも、次々にスライムに襲われる。
更に見る見るうちにスライムの数は増え、冒険者達は数十匹のスライムに包囲されてしまっていた。
「な、何なんだ! 何なんだこれはぁ!」
冒険者の1人がたまらず叫んだ。
他の冒険者達も明らかに動揺している。
その冒険者達に、スライム・インペラトールも襲い掛かった。
その動きはそれまでと段違いに速く、避ける間もなく3人の戦士が取り込まれた。その中の1人はリーダー役の男だった。さらに、軽戦士の内2人も押しつぶされた。
「だ、駄目だ」
残された冒険者の1人がそうつぶやいて脱兎の如く逃げ出した。
他の冒険者達もそれに続き、算を乱して逃げ惑った。
だが、スライムの群れから抜け出すのは難しく、生き残った冒険者は3人だけだった。
冒険者壊滅の一報を受けたメリサは、体が震えるのを止めることが出来なかった。
自分の考えた作戦が完全に崩壊した事ももちろん衝撃だったが、同じくらいの衝撃を与えられたのが、その巨大スライムが他のスライムを操ったという情報だった。
(まさか……、本当にスライム・インペラトール?)
マリウスはメリサがスライム・インペラトールのことを知らないと思って、彼女にその脅威を詳しく説明していたが、実際にはメリサはスライム・インペラトールという魔物の事を既に知っていた。
そして、知っていたからこそ、マリウスの言う事を嘘だと判断していたのだ。
(だって、スライム・インペラトールを魔術師がたった一人で倒すなんて、そんな事、そんな事が出来る魔術師なんて、国中探しても1人か2人いるかどうか……)
いくら何でもマリウスがそれほどの魔術師だとは、メリサには到底信じられなかった。
しかし、腕利きの冒険者25人を一蹴した強さと、何より多数のスライムを操るその能力をみれば、その正体はスライム・インペラトールとしか考えられない。
とすれば、論理的な帰結として、マリウスは国中でも1・2を争う魔術師だった事になる。
(そんな人を私達は……)
メリサはその事実に打ち震えた。
だが、震えているばかりではいられない。事態を何とか打開しなければならない。しかし、取れる手段は最早ほとんど存在しなかった。
(マリウスさんにまた来てもらうしかない。
部局長に直ぐに報告を。駄目なら伯爵様に直接でもお願いしないと)
マリウスがどのような目にあわされたのか、メリサも大体のことは知っていた。
もしもマリウスに働いてもらうなら、まずはマリウスの深い傷を癒す必要がある。
それが出来たとしても、もう一度この街の為に働いてくれるなど、普通なら考えられない。
だが、それくらいしか希望はない。
(そうでもしないと、この街自体が終わってしまう)
それは全く大げさな話ではなかった。
今の状況では迷宮から魔石を得るなど不可能だ。
この状況のままなら、当然冒険者はこの街を去ってしまう。そうなれば、冒険者の落とす金で成り立っているこの街も消えてなくなってしまうのだ。
実際、既に冒険者の間には不穏な空気が流れていた。
最精鋭といえる25人が壊滅したことで、最早自分達ではそのスライムを倒す事が不可能な事は明らかだったからだ。
そしてそんな危険な魔物がいる迷宮に潜る気にもなれなかった。
また、冒険者の多くは、メリサほど具体的にではなかったが、マリウスが自分達が想像していたよりも遥かにすごい人物だったということも、今更ながら理解していた。
そして、自分達もマリウス迫害の片棒を担いでいたにも関わらず、迷宮管理部門がマリウスを虐げていた事に不信感を持つようにもなっていた。
彼らはむしろ、自分達の罪悪感を薄める為に、無意識のうちに迷宮管理部門を極端な悪者にしようとしていた。
そのような意識も、冒険者達がこの街を離れようと考える一因となった。
そうして、その日のうちに、早くも冒険者の流出が始まることになる。
或いは、冒険者達の中でも勘に優れた者たちには、その時点で既に何らかの嫌な予感があったのかも知れなかった。
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