第3話 魔術師が辺境で妖魔と戦う話①

 翌日、マリウスは朝から領都を出て馬で南へ向かった。伯爵領の南を守る砦に赴き妖魔狩りに勤しむためだ。


 ラベルナ王国など大陸西方の国々の南には、ドゥムラント半島という巨大な半島が存在している。

 そして、その半島は妖魔など闇の種族の領域となっていた。

 ラベルナ王国最南端のベルーナ伯爵領の南はドゥムラント半島の一部であり、闇の種族の領域だ。

 マリウスが向かったのはその最前線の砦である。

 その砦も、マリウスの活躍によって構築されたものだった。




 マリウスが伯爵領に来た時、領土の南の方にある村々は非常に厳しい状況におかれていた。

 比較的近くに大規模なオークの集落があるようで、偶に人が攫われていたのだ。


 それらの村々は、闇の種族の領域との境界近くにある村に相応しく、堀や土塁などを備えて守りを固めていた。

 しかし、当然ながら村人が村の外に出ないわけにも行かず、オークによる被害はなくならなかった。

 そんな状況が何十年にも渡って続き、ほとんど常態化していたのである。


 領兵も一応反撃をしていたが、彼らが倒すのはオークが配下として使っているゴブリンかコボルドなど下級の妖魔ばかりで、オークを倒す事はなかった。

 付近の領民達はその状況を仕方がないと思っているようだった。しかし、マリウスには到底許容して良いとは思えなかった。

 それではオークに家畜として飼われているのと代わらない。そう思ったからだ。


 オークは邪悪な妖魔の一種で、妖魔の中では中級ないし上級の種と見なされている。そして、男しか存在しないという特異な種族であり、人間の女性を使って子をなすことを好む。

 更に、人を生きながら食べる事を好むというおぞましい性質もあった。


 ベルーナ伯爵領南方に巣くうオークは、本格的に人の領域に侵攻すれば、手痛い反撃を食らう事を承知しており、そうならない程度の頻度で、言い換えれば、村々が我慢できてしまう程度の頻度で村を襲っているのだろう。

 そして、実際に村々は我慢してしまっていた。


 マリウスは、この状況を何としても打開しなければならないと考えた。

 確かに、現状を見る限り、オークが大挙して押し寄せ、決定的な破滅が起こる可能性は低いだろう。

 だが、その現状は、オークが安定的な人間の供給元として村々を確保しているようなものである。


 そんな状況を許して良いとは、マリウスには到底思えなかった。

 彼は、自らオークの集落を探し当て、更に、私財をなげうって素材を集めて、“限定ゴーレム作成”の魔術でアイアンゴーレムを作成した。そして、そのアイアンゴーレムを護衛にして、オークの集落に攻め込んだのだった。


 激しい戦いになった。

 オークの中にはかなり強い個体もおり、アイアンゴーレムは破壊され、危ういところでかろうじて勝てたという状況だった。


 その後、オークの集落跡に砦が築かれ、その砦に100人近い守備隊が常駐するようになり、以後村々が妖魔の被害を受けることはなくなった。

 だが、コボルドやゴブリンなどの下級の妖魔は放っておくと直ぐに増えてしまうし、上級の妖魔などが新たにやって来る可能性もある。

 偵察も兼ねた妖魔狩りは、周辺の安定の為に必須だ。

 その妖魔狩りにもマリウスが担ぎ出されていた。




 夕暮れ近くに砦に着いたマリウスは、早速隊長室に赴いた。

 そして、砦の守備隊長のジロンドに、妖魔狩りを行うにあたり、自分に護衛をつけて欲しいと掛け合った。


 マリウスがアイアンゴーレム作成に使用した“限定ゴーレム作成”の魔術は、今では失われてしまったゴーレム作成の魔術を文字通り限定的に行使するもので、作成したゴーレムは1日程度の時間しか持たない。

 しかし、作成に用いた素材は再利用できるので、上手く使えば恒常的な護衛を得ることも可能だった。

 ところが、オークとの戦いで完全に破壊されたアイアンゴーレムは、最早素材としても使用不可能となってしまった。

 そしてマリウスには、再度ゴーレムの素材を用意する金はなかった。


 以来、マリウスは護衛なしで妖魔狩りを行っていた。

 本来なら妖魔狩りはジロンドら守備隊の役目で、マリウスはそれを補佐する立場であるはずなのだが、守備隊は今まで護衛の兵すら出さなかった。


 マリウスはフィールドワークの経験も豊富で、野外活動にも長けていたが、やはり1人で行動するのには限界がある。

 そしてマリウスは、本格的な索敵を行う必要があるとも感じていたのだった。


 マリウスは、改めてジロンドに訴えた。

「ここ半年くらい前から、妖魔の様子がおかしいんです。

 組織だって攻撃したり退却したりしているように見えます。指揮官のような上位の存在が現れた可能性があります。しっかりとした調査が必要です。そのための護衛を是非お願いします」


 だが、ジロンドには真面目にマリウスの話を聞くつもりはない様だった。

 ジロンドは30歳過ぎの日焼けした厳つい顔に屈強そうな体躯を持つ、歴戦の戦士といった面持ちの人物だった。

 実際彼は、少なくともベローナ伯爵領では屈指の戦士だ。

 だが、その彼は、今はまるでやる気がないようだった。


 ジロンドはマリウスに直接答えず、傍らに立つ女に声をかけた。

「どう思う? ヴェルナ」


 ヴェルナと呼ばれたのは、20歳代前半の長身の女戦士だった。

 皮鎧を身に着けているが、それは必要最低限の部分を覆っているだけで、肩口から腕、太腿の大部分に臍の周りまで露になっており、そのメリハリのきいた体形と小麦色の肌を惜しげもなく晒していた。

 そして、長く伸びた癖の強い赤髪が背中でまとめられている。


 彼女はジロンドの妻であり、同時にこの砦においてジロンドに次ぐ強さの戦士で、20人ほどの配下を指揮しており、実質的な副隊長でもある。

 その容貌は美しいといって差し支えないものだったが、今はマリウスを冷たくにらみつけていた。

 そして、やはり冷たい声で発言する。

「お強い魔術師殿には、私達の護衛など不要だろう?」


 マリウスがそれに答えた。

「あなた方を侮辱する発言をしてしまったことは謝ります。

 非力な私には皆様の力を貸してもらう必要があります。どうかよろしくお願いします」

 そして深々と頭を下げた。

 侮辱する発言をしたというのは、マリウスがオークの住処を1人で攻撃する前にあったやり取りのことだ。


 当時マリウスは、最初はジロンドやヴェルナたち領兵とともにオークを攻撃しようとした。

 しかし、領兵は言を左右にして中々動こうとはしなかった。

 マリウスがいくら自分の魔術の強さを実演してみせて、自分とともに攻めればオーク程度どうとでもなると説明したにもかかわらず、だ。


 マリウスは歯がゆかった。

 確かに領兵たちは平均的にみて一般的なオークよりも弱かった。オークを警戒する気持ちも分からないではない。

 だが、全く歯が立たないというほど差があったわけではない。それに、ジロンドら有力者の中には、一般的なオークよりはずっと強い者も何人もいた。


 そこに強力な攻撃魔法を使える自分が加われば、よほど強力なオークがいても勝てる。

 マリウスが何度もそう説明したのに、領兵は動かない。

 マリウスには彼らが臆病であるか、或いは怠惰であるとしか思えなかった。


 そうこうしている内にも村娘がさらわれてしまい、それでも尚動こうとしない領兵に業を煮やしたマリウスは、ついに自費でゴーレムを作成して、1人でオークの集落を攻めたのだった。

 その時マリウスは憤りの余り、つい領兵たちに向かって「臆病者め」と発言してしまっていた。

 ヴェルナもその言葉を聞いており、未だにそのことを根に持っているのだ。


 頭を下げるマリウスに、ヴェルナは「なら、そんな弱い魔術師ごときと行動はともに出来ない」と告げた。

 マリウスは顔を上げ、ジロンドの方に向き直り更に訴えた。

「ジロンド隊長。お願いします」

「断る。我々にそのようなことを行う暇はない」

 だがジロンドはそう言い切り、一方的に話を打ち切った。


 マリウスは退室するしかなかった。

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