第4話 魔術師が辺境で妖魔と戦う話②

 結局今回も、マリウスは1人で森の中に分け入ることになった。そして、状況が危惧すべきものだと再認識した。

(こちらを誘い込もうとしている)

 逃げるコボルドの群れを追いかけながら、マリウスはそう思った。


 コボルドは妖魔の中でも最も弱小だ。度胸もなく、自分よりも強いと思った相手からは直ぐに逃げる。だが、今マリウスから逃げているコボルド達は、ただ一目散に逃げるのではなく挑発しながら逃げている。

 コボルドは自発的にそんなことはしない。妖魔の生態を熟知しているマリウスはそのことを理解していた。


 マリウスの判断は正しかった。

 ある地点に差し掛かったところで、マリウスに向かって弓矢が放たれたのだ。明らかな待ち伏せである。


 矢の数は10本。

 その全てがマリウスを的確に狙っている。命中すればマリウスを殺すに足る攻撃だ。


 だが、コボルドの動きの不自然さから、罠があることを予想していたマリウスはすかさず対応した。

 呪文の詠唱とともに、杖を左から右にすばやく振るう。

 すると、マリウスの体の回りに透明の障壁が現れた。


 その障壁は物理攻撃と魔法攻撃の両方を効果的に防ぐ非常に高度なものだった。

 しかし全ての攻撃を完全に遮断するものではない。威力の強い攻撃は遮断しきれない場合もある。

 実際マリウスを狙う矢の大半ははじかれたものの、1本は脇腹をかすめ、もう1本は左肩を射抜いた。


「くッ」

 思わす呻き声をあげながら、マリウスは驚愕していた。

 障壁を抜けるほどの強力な矢が混じっていた事にもだが、それ以上に驚くべきことは矢を撃った者達をはっきりと視認できなかったことだ。


 この射手達は、かなり離れた木陰に身を隠したまま、木々の間を縫ってマリウスを的確に狙ったのである。

 絶対に下級の妖魔にできる事ではない。


(逃げるしかない)

 マリウスは即座にそう判断した。

 マリウスが張った障壁は、マリウスが敵に対して行う攻撃をも阻害する。

 それに、そもそも相手の正確な場所が分からなければ有効に反撃できない。このままではほとんど一方的に攻撃されてしまう。


 そしてマリウスは、“飛行”の魔術を行使してその場から全速力で離れた。

 “飛行”の魔術はマナの消費が激しく出来れば使いたくなかったのだが、そんな事を言っていられる状況ではない。

 そして、更に背中にもう1本の矢を受けながら、どうにかマリウスは離脱に成功したのだった。




 砦に帰還したマリウスは、直ぐに隊長室に赴いた。

 彼は全く治療をしておらず、刺さった矢すらそのままにしている。

 あえてそのような姿で隊長室までやって来たのは、その方が森に危険な存在がいるということを、はっきりと認識してもらえると思ったからだ。


 隊長室には今回もジロンドとヴェルナの2人がいた。

 マリウスは2人に懸命に状況を説明した。

「明らかな待ち伏せでした。その襲撃者は弓矢を使って、全く姿を見せずに攻撃してきました。この私の受けた傷がその証拠です。

 一度に放たれる矢の数は10本。つまり最低でも10体の相当手ごわい敵が森の中にいます。

 その中でも、1体は特に強いはずです。皆で力を合わせて対応するべきです」


 その話を聞いていたヴェルナが、マリウスの方に歩み寄る。

 そして、マリウスの左肩に刺さった矢を、思い切り叩いた。


「ぐあぁぁぁ」

 マリウスはたまらず絶叫して、うずくまってしまう。


「これ見よがしに負傷したままでやって来て、自分だけ必死で働いているような態度をとるんじゃない。

 お前が負傷したのはお前が無能だって事を証明しているだけで、私達には関係ないよ」

 そしてヴェルナは、マリウスを見下ろしてそう言った。


「ヴェルナの言うとおりだ。お前が勝手に負傷したことを我々は感知しない。さっさと領都に帰れ。今夜この砦に泊まることは許可しない。さっさと退去しろ」

 ジロンドもそう告げた。


 マリウスは結局その言葉に従った。




 そうして、既に夕方といえる時間に砦を出発する事になってしまったマリウスは、付近の村で宿を求めた。

 村長が迷惑そうに対応し、結局村長宅の馬小屋の一角で眠る事になった。

 村人達からは、警戒や軽蔑の目が向けられ、汚らしい余所者がいるせいで今晩は気分が悪い。などといった罵声すら浴びせられた。


 その村はマリウスがオークの集落を滅ぼす前まで、偶に住民をさらわれていた村の一つで、マリウスのお陰でその被害がなくなるという、直接的な恩恵を受けていた。

 だが、マリウスに対する待遇はとても恩人に対するものではない。

 これはこの村だけではなく、他のオークの被害にあっていた村々も同様だった。


 当時それらの村々の住民は、領兵はしっかりと対応してくれており、そのお陰で被害が少なくて済んでいるのだと認識していた。

 彼らにとって領兵たちは、誇るべき地元の勇者たちだった。


 当然オークの被害がなくなって欲しいと願ってはいたが、村人達の認識では、それを成し遂げてくれるのは地元の勇者である領兵でなければならなかったのだ。

 間違っても胡散臭い余所者がそんな事を成し遂げてはならない。

 余所者のお陰で助かったとは思いたくない。

 そのようなことを主張されるだけでも地元を馬鹿にする行為である。

 それが村人達の思いだった。


 自分の行いを正当に評価して欲しいと思っていたマリウスは、自分の功績を村人達に伝えた事もあった。

 しかし、その行為は村人達の思いを逆なでするもので、完全な逆効果になってしまった。


(いずれ伯爵様がしっかりと説明してくれれば、理解してもらえる)

 マリウスはそう考えて、何も反論せずに縮こまって夜をしのいだのだった。

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