チェスの駒は踊らない

河内三比呂

手駒では終わらない

「こちら、ビショップ02。標的を確認した」


 通信越しに、私は次の指示を待つ。

 右手には拳銃、左手には日本刀を構えながら陰に潜む。


『ビショップ02。任務遂行を求む』


「了解した」


 短く答えると、私は動き出した。影からゆっくりと速度を上げて、標的に向かって行く。

 私に気づいた標的は振り返ると、懐に隠し持っていた暗器を取り出し、私の剣戟を受け止めた。


「ほう? 退けるか」


 私が感嘆の声を上げると、標的は鋭く睨みつけながら後方へ下がる。

 標的は黒いフードを被り直し、私と向き合った。

 手慣れだとすぐにわかったのと同時に、ある想いが私の胸中を駆け巡った。

 私は、耳に着けていた通信機を握りつぶして破壊した。


 そして、標的に向き直ると私は静かに声をかけた。


「この偶像たる世界から出てみないか?」


 標的は一瞬驚いた顔をし、それから大声を上げて笑う。

 

 ――この世界の秘密の一端を知っていたのか?


「気づいたのは最近だ。……本物の私を取り戻したい」


 そう告げると、標的は微笑みながら答えた。


 ――良いだろう。協力してやるとも。


 そうして、私はビショップ02としての人生を終えるべく、標的の暗器の切っ先を胸に受け止める。

 痛みはない。

 だが、確実に意識は遠のいていく。


 ――では、偶像ではない世界で、探してみるんだな。


 標的からの言葉を聞きながら、私は意識を手放した。


 ****


 目を覚ましたと同時に、カプセルが開いた。特殊な液体に浸っていた私の身体は思っていたよりしっかりと動く。

 起き上がり、裸体であることに気づいた私は適当に歩く。

 何台ものカプセルが並んでいた。

 おそらく、この中には私と同じように偶像の世界に送り込まれた囚人達がいる。


 そう。私は囚人だ。

 もっとも、国のクーデターに加担した事を罪とされただけだ。

 私は、私の正義を貫く。


 奴らの手駒に等なるものか。


 私が偶像の世界から脱したのを察知した連中が来るのを気配で感じ、天井のダクトの排出口を開けて中に入り潜む。そして、そのまま匍匐ほふく前進して囚われの施設から脱出した。


 途中で、間抜けにも一人でいた奴らの仲間から服と武器を奪い、走り出す。

 目指すは、あの偶像世界での標的であった……救世主。

 

 そう。


 この国を圧政から救うための救世主を求め、私は旅に出る。

 逃走と探索の果てに、希望があると信じて――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チェスの駒は踊らない 河内三比呂 @kawacimihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ