第三話 楚天華(1)
四海奇貨館に常時勤めるのは、警備員を除いて四名。
館長の
所蔵品や建物の規模に対し、人員がかなり少ないのではと思ったが、四海奇貨館が賓客のために開放されるのは多くて週に一回程度。予約制なので受付に常にいる必要は無く、急な来客があっても、玄関横の警備室にいる警備員がまずは応対してくれる。
業務は収蔵品の資料作成や管理作業がメインであり、修復がある際は専門家に依頼する。警備の都合上、残業は基本的に無く、普通の博物館と違って土日や祭日は休みとなっていた。
企画展の準備がある時は忙しいが、そうでない時はそれぞれ空いた時間に研究したり論文を書いたりと、だいぶ自由な職場であった。
四海奇貨館に長年勤める事務員の陶は、明るく世話好きなおばさんで、新人の晩霞に気さくに接してくれる。一番年の近い(と言っても一回りは離れているが)林主任は、寡黙で一見とっつきづらそうではあるが、業務について尋ねれば丁寧に、そして熱心に教えてくれる。周館長と同じ研究好きなのがよくわかった。
人数も少なく皆親切なおかげで、人付き合いが得意でない晩霞でもすぐに職場に馴染むことができた。
***
「晩霞ちゃん、今日のお昼どうする? 広場のキッチンカー、今日からオープンする店があるのよ。ケバブのお店なんだけど、行ってみない?」
「あっ、はい、行きます」
初日にお昼ご飯をどうするか悩んでいた時、陶に誘われて以来、公園の広場に出店しているキッチンカーに買いに行くようになった。周館長や林主任も一緒に行ったり、お使いを頼まれたりすることもある。
小さなバッグにスマホを入れて、林主任からケバブのお使いを頼まれた晩霞は、陶と一緒に外に出た。
登録した顔と掌紋の認識、さらに社員証を兼ねたパスカードを通して玄関、そして敷地を囲む鉄柵の門を抜ける。相変わらず詰め所には警備員がいて、目深に被った帽子の下から鋭い目線を寄越してきて、出入りする時は妙に緊張してしまった。
四海奇貨館は価値の高い収蔵品が多いため、セキュリティに力を入れてある元々、四海グループにはセキュリティ部門があり、オフィスの警備やマンションの防犯システム、情報セキュリティも独自に開発していた。
四海奇貨館にもグループから派遣された警備員が常駐している。周囲の柵だけでなく、プラタナスの林の中にも監視システムがあるそうだ。異常があれば、建物は即座に封鎖され、五分以内には他所の警備員も駆け付けるようになっていた。
厳重な警備だが、それならもっと警備しやすい街中など、人目が多い所に作ればよかっただろうに。
人目を避けるように、何かを隠すように。
それは、まるで檻のようにも見えて――。
そう思うのは、呪妃が檻に入れられていたせいだろうか。鉄柵の圧迫感が無くなった頃にようやくほっとする。
隣を歩く陶は慣れたもので、「あれ、動物園の檻みたいよねぇ」と言ってくるので、心を読まれたかと内心でぎょっとした。
「あの柵ができたの、三年前なのよ。それまでは建物だけで……あ、もちろん警備はしっかりしてたんだけれどね。ほら、お偉いさんの接待だけじゃなくて、何度か校外学習に開放したんだけど、学生がSNSに勝手に画像をアップしちゃって。最近の若い子って、すぐにそういうの投稿しちゃうじゃない、怖いわよねぇ。それで少し騒ぎになった時期もあってねぇ。あ、もちろん今はちゃんと投稿は削除されているし、校外学習も中止になったんだけどね。
まあ、それを機に金持ちのコレクターが来たり、ちょっと怪しい感じの連中も来たりするようになっちゃったのよ。たいていは警備員に捕まったり、追い返されたりしてるけどね。あ、そうそう、セキュリティ部門の部長さんが若くてイケメンなのよー、いつも怖い顔してるけど」
晩霞の動揺など気にせずに、陶はぺらぺらと話し続ける。
陶は四海奇貨館では一番の古株で、情報通の彼女は話のネタに尽きない。名前には『静』と付いているが、おしゃべり好きなのだ。
陶からの情報で、実は周館長は三年前に別の博物館から引き抜かれてきたとか、林主任は愛妻家で毎週必ず花を買って帰っているとか、上司や先輩の内情を図らずも知ることになった。
話している間にプラタナスの道を抜け、キッチンカーが並ぶ広場に出る。
新しくオープンしたというケバブの店には行列ができていたが、昼食にはまだ少し早い時間であったので、それほど待たずに買うことができた。
肉や挟む具、パンの種類を選べたので、陶は鶏肉のケバブを細長いパンに、晩霞は牛肉のケバブを
香ばしい匂いが漂い、出来立てを頬張りたいところだったが、林主任が待っているので四海奇貨館まで持ち帰る。
すると、鉄柵の向こうの前庭に、白塗りの高級車が停まっているのが見えた。陶がぱあっと顔を輝かせ、晩霞は逆に頬を引きつらせる。
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