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今年の春、晩霞は大学を卒業した。
難航した就職活動の末、内定をもらったのは予想だにしなかった大企業だ。
手あたり次第、駄目元で有名企業数十社に送ったエントリーシートの中の一つ。正直一次も受かるとは自分でも思っておらず、狐に抓まれたような心地だった。二次、三次、そして最終を突破して正式に内申書が届いた時には、疑っていた家族に盛大に祝われたものだ。
まさか、あの『四海グループ』に入社できるとは。
四海グループは国内外で名の知れた巨大企業であり、鉄鋼業、建設業、不動産事業、ホテル経営等々、幅広く事業展開をしている。近年ではIT関連にも手を伸ばし、『四海八荒(全世界)』、略して『
とはいえ、実のところ晩霞が希望した職種とは全く関連のない会社だ。
晩霞が元々希望していたのは、大学で専攻していた歴史学が活かせる、博物館や資料館の学芸員だった。そのために必要な単位を取って実習にも行き、資格も取った。
もっとも、四海グループと負けず劣らずの狭き門のため、こちらは全滅だった。院に進んで研究員になるという道もあったが、晩霞にはそこまで研究を続ける気はなかった。
晩霞が歴史学を専攻したのは、前世のことがあったからだ。
考えないようにしても、自分が持つ前世の記憶はやはり気になる。年が長ずればなおさらで、前世の記憶が正しいのか調べてはっきりさせれば、何かしら決着を付けられるかもしれないと思った。
高校生の時にインターネットを使って調べたところ、前世の自分がいたのは千年以上前、だいたい唐から宋辺りの時代だと見当がついた。記憶にある当時の生活や習俗、服装、建物や調度品からみて間違いないだろう。
だが、その辺りの時代についていくら調べても、『呪妃』の名は出てこなかった。それどころか、呪妃がいた国の名も無い。
唐から宋へ移り変わる間の時代は、幾つもの王朝や地方政権が乱立し、五代十国時代と呼ばれている。呪妃がいた時代もまた、周囲に幾つも国があって戦が絶えない乱世であった。
その五代十国の中にも国の名は無く、当時のクーデターの首謀者や仲間達についても調べてはみたが、こちらも探すことができなかった。諦めきれずに大学で歴史学を専攻したが結果は同じで、愕然とした。
ならば、自分の持つ記憶はすべて妄想なのか。
だが、呪妃としての記憶も、その後の数え切れない転生の記憶も、妄想にしてはリアル過ぎた。調べて決着をつけるつもりが、むしろモヤモヤが残っただけだった。
とはいえ、五代十国時代を熱心に調べたおかげで論文が書けて、無事に大学を卒業できたのは幸いだ。こうして就職先も決まったのだから、なおさら良い。
夢か妄想か現実かはさておき、今の晩霞は極悪非道の呪妃ではなく、前途洋々のただの若者に過ぎなかった。
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