第22話 一宮彼方と白河三琴③
それは王子様とお姫様の話だった。
内容自体は、単純な童話のような話だった。
王子様とお姫様が出会い、多くの試練を乗り越え、結婚するという単純なお話だった。
その単純な話を彼方は何故か知っているような気がした。
これは本当に初めて読んだ作品なのか。
ページをめくるたびに、次の展開が先に頭の中に浮かんでくる。
いや、めくるたびに繊細に、詳細にすべてを思い出していくと言った方が正しいのかもしれない。
思い出していく。
彼方が初めて心を奪われた少女と、少女の作品。
そして彼方の夢が決まったあの日。
一生終わってほしくないと願った、早く結末が見たいと願ったそんな作品。
それがこれだった。
「……彼方くん? 何で、泣いてるの?」
「……え?」
彼方の頬には涙が伝っていた。
彼方は涙を流した。
白河の始まりは、彼方の始まりでもあった。
そして、白河から題名を奪ったのは自分だった。
そのことに気が付き、涙が零れた。
「ごめん……。あの日、俺が……俺が、終わってほしくないって言わなかったら、三琴さんは題名が書けなくなることなんてなかったのに……。俺は……」
「彼方くん? 何を言って……」
白河は理解が追い付いていなかった。
自分の初めての作品を読んで、彼方がここまで取り乱すなんて一体何があったのだろう。
「ごめん……ごめん……」
白河は全く分からなかった。
でも、彼方の涙をこれ以上見たくなくて、白河はとっさに彼方を抱きしめていた。
「よく、分からないけど、大丈夫だから。だから、もう泣かないで? 自分を責めないで?」
そんな優しい言葉を聞きながら、彼方は白河の胸の中で泣き続けた。
「落ち着いた……?」
「……うん。ごめん」
「気にしないで。私も、この前泣いちゃったし、お互い様、だよ?」
白河のおかげで、彼方も落ち着きを取り戻し、先ほどまでの状況を思い出して顔を赤らめていた。
「それで、何であんなに泣いてたの……?」
白河は彼方が取り乱した理由を知るために質問をした。
その言葉に、彼方は俯いて、少しずつ話し出した。
「……小学生の時、教室で本を書いている女の子がいたんだ。俺はその子が気になって話しかけた。それで本を読ませてもらったんだけど、当時の俺には衝撃的だったと言うか、すごく引き込まれたんだ。その作品をずっと読んでいたいと、終わってほしくないとそう思ったんだ。それが、これなんだ。俺の夢が決まった、俺の始まりの本なんだ。これがなかったら今の俺はいなかったと思う」
白河はその言葉に驚いた。
確かに、昔、誰かに読んでもらった記憶があったが、まさか彼方だったとは思わなかった。
ただ、何となく納得のいっている部分もある。
彼方の終わってほしくないという言葉を聞いた日から、あまり時間を置かずに白河は転校してしまった。
子供だった白河は、もしかしたら、この作品を完成させなければ、また彼方に会えると、心の片隅で思っていたのだと思う。
「(だから、私は、あんなに終わってほしくないって思ったのかな……。多分、そうだと思う。だって、私は……)」
「あの時、俺が終わってほしくないなんて言わなければ、三琴さんが題名を書けなくなることなんてなかったと思う。本当にごめん」
「彼方くん……」
彼方は今、自分が思っていることを正直に全て話した。
それで嫌われても仕方ないと思った。
白河から題名を奪った挙句、こんな大事なことを今になって思い出すなんて最低だ。
でも、話さずに隠しておくことは出来なかった。
白河には、自分の思っていることを知ってほしかった。
彼方は白河からの言葉を待った。
白河は少し黙った後、彼方の手を握った。
「三琴、さん……?」
「何て言えばいいのか分からないけど、私が、彼方くんの始まりだったっていうのは嬉しい……かな。それと……多分、彼方くんの言葉があっても、なくても、同じことになってたと思う。だから、気にしないで」
「で、でも……」
「それに、彼方くんは私に題名を取り戻させてくれた。それで、十分だよ」
白河は立ち上がって、湖の方に近づいていく。
白いワンピースを着て、麦わら帽子を被り、緑色の絨毯の上を歩く白河の姿は、妖精と言うか精霊と言うか、とにかく綺麗だった。美しかった。
白河は手招きして、彼方を自分の方へ呼んだ。
彼方は立ち上がって、白河の方に近づいていく。
彼方と白河の距離が近づいたところで、白河は彼方をぐいと自分の方に引き寄せた。
そして、彼方が反応するよりも早く、白河は彼方の頬にキスをした。
「み、三琴さん!? え!?」
「私は…私は、あの日の彼方くんも今の彼方くんも、全部、大好きです」
白河は頬を赤らめながら、笑顔でそう言った。
「お、俺も! 俺も……あの日の三琴……も、今の三琴も全部大好きだ!!!!」
その告白に、彼方も答える。
二回も一目惚れをした少女に、やっと自分の想いを伝えた。
ずっと伝えたかった言葉を伝える。
お互いの想いを伝えあった二人は、見つめ合っていた。
もう少し近づけば、引き寄せれば、背伸びをすれば、唇が触れられる距離だった。
彼方と白河が見つめ合ったまま固まっていると、日陰の方から、ガサっと言う音が聞こえてくる。
「んー……。ふぁ……。あれ……? 私寝てた?」
その声に二人同時にびくりと飛び上がり、千沙の方に戻っていった。
「おはよう、千沙ちゃん」
「うん。おはよう、みこ先輩」
「二人で何話してたの……?」
「……ちょっと色々とな」
「ふーん。まあ夜に全部話してもらうからいいけど」
我が妹ながら悪魔みたいなことを言うな、と彼方は今夜の質問攻めを予感して深いため息をつくしかなかった。
「そろそろ帰ろ~……。お腹すいちゃった……」
「そうだね。晩ご飯どうしよっか?」
千沙と白河は帰り支度を始めていた。
彼方はそんな二人の声を聴きながら、もう一度この光景を目に焼き付けておこうと思った。
この景色を彼方は一生忘れないだろう。
ここで見た白河の眩しい笑顔も、唇の感触も何もかもを一生忘れないと心に誓った。
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