第21話 一宮彼方と白河三琴②

 二人に連れられて歩く道に彼方は少しだけ覚えがあった。


 「この道って……」


 「おっ! かな兄覚えててくれたんだ。私の通学路だよ!!」


 何回か千沙の中学に行くときに、千沙と他愛もない話をしながら歩いたことを彼方はうっすらと覚えていた。


 あの時とは少しずつ変わっている景色を見ながら、二人の案内に従って歩いていく。


 しばらく歩くと、完全に彼方の知らない光景が広がっていた。


 見るものが全て新鮮で、千沙と白河の思い出を聞きながら歩くこの時間が楽しかった。


 そのうち、住宅は減っていき、自然が増えていった。


 「随分歩いたけど、本当にどこに向かってるんだ?」


 「ふっふっふ。もうすぐ着くよ~」


 「うん。きっと驚くよ」


 二人は頑なにどこを目指しているかは口にしなかった。


 ただ、彼方を驚かせるものが待っていることは、二人の表情からも分かった。


 数分後、完全に辺りからは建物が消え、豊かな緑が見え始めた。


 そこで白河と千沙が立ち止まった。


 「そろそろかな」


 「うん。いいと思う」


 「ん?もう着いたのか?」


 「ううん。目的地はこの先だよ」


 「じゃあ何で止まるんだ?」


 「……彼方くん。目、閉じて」


 「え?」


 「いいからいいから!!!」


 千沙は何が何だか分からない彼方の目を無理矢理塞ぎにかかる。


 「うおっ!? 分かったからちょっと離れろ!!」


 「そんな無理矢理やっちゃダメだよ、千沙ちゃん」


 白河は優しく頭を撫でて、千沙の強行を止める。


 千沙も少しやりすぎたと思ったのか謝りながら、手を離した。


 「えっと、彼方くん……」


 「目、閉じればいいんだよな。それで、目を閉じたらどうすればいいの?」


 千沙が手を離したあと、彼方は自分から目を閉じた。


 「ありがと、かな兄! あとは私たちが連れてくから心配しないで!」


 その言葉と共に、彼方の両手は千沙と白河に握られ、二人に導かれるまま歩き続けた。


 


数分歩いたか歩いていないかというところで二人は彼方に目的地に着いたことを知らせる。


 「お待たせ! 着いたよ!!」


 「もう、目を開けて大丈夫だよ」


 二人の声を聴いて、彼方はゆっくりと目を開いた。


 「……っ!? な、何だこれ……!!」


 彼方の目に映ったのは、見たことないぐらい美しい光景だった。


 一面に広がる鮮やかな緑色。


 それは大自然の作り出したカーペットとでも言えばいいのか。


 その中にちらほらと咲き誇る花びら。


 空には雲一つない青空が広がっていた。


 そして、中央には濁りなく透き通り、太陽の光と青空を反射する水面があった。


 自然が創り出したその美しい光景に、彼方は息を呑むしかなかった。


 そんな彼方の反応を見て、千沙と白河は小さくハイタッチをしていた。


 「どう、かな兄!? すごいでしょ!!」


 「……」


 「彼方くん?」


 「……え? あ、うん。ちょっと凄すぎて言葉が……」


 それは彼方の心からの声だった。


 「全く、一応作家志望なんでしょ?ちゃんと感想言ってよね~」


 「でも、喜んでもらえたならよかった」


 「私たちからのプレゼントだよ!!」


 「プレゼント……?」


 「うん」


 千沙と白河は、彼方が大賞を受賞したと聞いた日から、何かプレゼントをあげたいと考えていた。


 千沙が悩んでいたところで、白河がこの場所に連れていってあげるのはどうかと提案した。


 「ここは私が息抜きによく来てた場所だったんだけど、千沙ちゃんに見つかっちゃって。それからここは二人の秘密の場所にしてたの」


 「いやー! ついつい気になって、追跡しちゃったんだよねえ」


 「お前……」


 「だって仲良くなりたかったんだもん!!!!!」


 千沙は白河に抱き着きながら叫んだ。


 彼方は自分の妹の将来を心配しながらも、二人の関係が何となく分かって少し嬉しかった。


 それと同時に、そんな秘密の場所をプレゼントとして教えてくれたことが本当にうれしかった。


 「二人とも、ありがとう」


 そんな二人に彼方は笑顔でお礼を言った。


 その彼方の笑顔に千沙も白河も何故か照れくさくなってしまい、白河は俯いた。


 そして千沙は……。


 「かーなーにーいー!!!!」


 兄がこんなに喜んでくれたことが嬉しくて、感動のあまり、勢いよく飛びついていた。


 「は?」


そんな不意打ちに彼方が反応できるわけもなく、彼方も千沙も宙に浮いていた。


 「あ……」


 そのまま二人は勢いよく湖の中に落ちていった。


 「えーっと……大丈夫?」


 白河がしゃがんで湖面に向かって話しかけると、彼方と千沙がゆっくりと同じ体勢で浮かんできた。


 「……どうしよう?」


 湖面に浮かぶ兄妹二人をどうしようか、白河は頭を悩ませることとなった。




 「はくしょんっ!!!! うぇ……。冷たい……」


 「もう夏も終わりなんだから、全身濡れたら寒いと思うよ? ここって涼しいし」


 白河はもしかしたらと思って持ってきていたタオルで千沙の頭を拭きながら、危ないからダメだよ?と言って聞かせていた。


 「妹のタックル を侮っていた……」


 「本当だよ!!もっとしっかり踏ん張ってくれないと!!!」


 「すまん。これからは不意打ちにも対応できる性能にしとくよ」


 「うむ。頼んだぞ、彼方隊員!!」


 「了解しました。千沙隊長」


 「えっと……それでいいんだ……」


 白河は一宮兄妹のよくわからないやり取りをよく分からないなあと思いながら聞いていた。




 白河に頭を拭いてもらった千沙はそのまま芝生の上に寝転がっていた。


 「んー!! やっぱりここ静かだし、風が気持ちいし、昼寝には最適だよね!!」


 「せめて日陰に入れよ。さすがに風邪ひくぞ……って、もう寝てるし!?」


 十秒と経たずに眠ってしまった千沙にある種の才能を感じながら、さすがに夏の昼間に日向で寝かせておくのはまずいと思い、千沙を日向まで抱えていった。


 「妹想いなんだね」


 「可愛い妹だからな」


 そんなことを話しながら三人は日陰に移動した。


 彼方は千沙を降ろし、自分も腰を下ろした。


 白河は彼方の隣に座った。


 手が触れれば届く距離に白河がいる。


 彼方はその距離感にドキドキした。


 普段もこれぐらいに距離で接していることが多かったはずなのに、今日はやけにドキドキした。


 きっと見慣れない私服姿のせいだと彼方は思うことにした。


 「三琴さん。今日はありがとう。嬉しかったよ」


 「うん。喜んでくれてよかった」


 白河は湖を眺めながら、彼方の言葉に答えた。


 そして、彼方の方に視線を戻した。


 「ねえ。彼方くん」


 「ん?」


 「……私、彼方くんに、読んでもらいたいものがあるんだ」


 白河は自分のカバンから、紙の束を取り出した。


 「これって……原稿?」


 「うん。私が初めて書いた作品。私が完成させたくないと思った最初の作品」


 白河の言葉通り、その原稿は手書きの読みにくい字で書かれており、題名はなかった。


 「これを、俺に……?」


 「彼方くんに、知ってほしいんだ。私の始まりを。私の初めを」


 白河の瞳には、読んでほしい、読んでほしくないという相反する感情が渦巻いているように感じた。


 彼方も読んでいいのか、読みたいという二つの感情がせめぎ合っていた。


 「……分かった。読ませてもらうよ」


 そして彼方は、白河の始まりに触れた。


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