第8話 文芸部活動報告②
数十分後、四崎が読み終わったことで次の講評に移る。
「次は私ですね。どうぞ」
七深が原稿を全員に手渡して、説明が始まる。
「今回、私はいつもとは少し違ったジャンルに挑戦しようと思い、ファンタジー小説を書いてみました」
内容は、天空都市アルテイルという架空の都市から地上に落とされた少年が、地上の少女と出会い、二人で空の上の都市に舞い戻るというものだった。
「すごい……。最初と最後で空の描写は全く同じなのに、全く違う空に見える」
「うん……。それに、二人とも空に抱いてる印象が違うはずなのに、最後に二人が並んで空を見てるときには、その違いこそが空なんだって思わせてくる」
「すげえ……。すげえ!!」
「祐介先輩、語彙力消えてますよ!?」
七深の作品を読んだ全員が、その世界の呑まれ言葉を失った。
「さすが、七深。と言ったところか」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。でも今回は苦戦したわ。ファンタジーって難しいのね」
「まあ、お前はファンタジーとかSFは滅多に書かないからな。それでもこの完成度は正直恐ろしいよ」
「私の書きたいこととファンタジーがうまく噛み合っただけよ。まだまだよ」
「その辺は後で評価するさ。さて、読み終わり次第、次の講評に移ろう」
「おっ! 次は二葉か! 楽しみだな!!」
「ちょっと! あんまりプレッシャーかけないでよ!?」
「読み終わりました」
「よし。では、二葉君、よろしく頼む」
彼方が読み終わったことで、発表は次の人に移った。
「えー……。ごほん。今回の私の作品は、色々考えたんですが、いつも通り恋愛小説にしました」
二葉は原稿を渡しながら説明を始めた。
「内容としては、夕焼けの中であった二人が恋に落ちていくっていう……。まあ、王道なお話かな?」
二葉の説明通り、内容は至ってシンプルな恋愛小説だった。
夕焼けの屋上で出会った少女に一目惚れした主人公が1年後の同じ日に夕焼けの屋上で告白をするというものだった。
「やっぱり二葉さんの小説はいいわね。心に訴えかける描写は見習うべきものがあるわ」
「そんなに褒められると照れます……」
「いや。実際、二葉君の小説は素晴らしい。恋愛描写の細かさはこの中の誰よりも上だろう」
「あ、ありがとうございます、部長……!」
刹那と七深の評価に二葉が照れていると、彼方の横に座っていた祐介から奇妙な声が聞こえ始めた。
「うぁ……ああ……嘘だろ……」
「祐介?」
「え? ちょ、祐介!?」
その声に反応した彼方と二葉が祐介の方を見て驚く。
祐介はボロボロと涙を流していた。
そんな祐介の様子に全員が驚く。
「え!? 祐介先輩!? 何で泣いてるんですか!?」
「う、うるせえ……!! いいから早く全部読めって!!」
祐介は頑なに泣いている理由を説明はしなかった。
その代わりに早く続きを読め、とだけ言った。
そんな祐介の真剣な発言に、彼方は続きを読み進めた。
そしてページをめくる手が徐々に速度を失っていく。
「あ……。そっか……。だからこの子は……」
そして彼方も涙を流し始めた。
「え!? 彼方先輩まで!?」
四崎は二人の先輩が涙を流し始めている光景に驚愕していた。
それと同時に、その涙の理由が知りたくて読む速度を速めた。
「なるほど。十野と一宮が涙を流すわけだ」
「これは……。うん」
九道と七深も二葉の小説を読み終え、今の状況に納得した。
「あ……。ああ……。そんな……こんなの……」
数十分後、作品を読み終えた四崎が全てを理解して涙を流し始めた。
二葉の書いた恋愛小説は至って普通の恋愛小説だった。
しかし、最後の数十ページで全てが覆る。
主人公が告白した次の日、二人はデートをしてもう一度同じ場所で夕焼けを見るのだが、そこで少女が倒れてしまう。
病院に運ばれた少女に付き添った主人公は、そこで少女が重病だったこと、余命残りわずかだと知らされる。
彼女は全てを隠して主人公と一緒にいてくれた。
本当は主人公よりも先に恋に落ちていたが、恥ずかしくてずっと言えなかったこと。
もっともっと色々なことをしたかった。
そんなことを涙ながらに少女は口にした。
主人公は自分に何かできることはないか考え続けた。
そして答えを出した主人公は、少女の外出許可が出た一日に主人公はデートをしようと提案する。
その一日に少女がやりたいことを全て詰め込んだ。
二人は笑顔で、何もかもを忘れてカップルとして色々なことを楽しんだ。
最後に二人は初めて出会った屋上に来ていた。
夕焼け空を二人で眺めながらそれぞれの想いを告白した。
そして主人公は夕焼け空の中で、少女に結婚を申し込む。
少女は泣きながら結婚を受け入れる。
それから数日後、少女は亡くなってしまう。
数年後、主人公は医者になるために勉強を続けていた。
そんな彼の元に一通の手紙が届く。
それは数年後に主人公に宛てられた手紙だった。
手紙の中には少女からのたくさんの想いが綴られていた。
その手紙に主人公は涙を流す。
その後、主人公は医者になり多くの命を救った。
「本当は少女をどうするかずっと悩んでたんだけど、こっちの方がきっとみんなの心を掴めるかなって」
「がっつり掴まれたよ!! ああああああああ!!」
「ほら、そんなに号泣するなよ」
大号泣する祐介に、彼方はハンカチを渡した。
「二人の日常をここまで細かく描写したのは、最後のこれを際立たせるためか」
「あ、はい。出来るだけ明るく楽しく、皆がうらやましいと思うような青春を描いた方が最後の描写でみんなを泣かせられると思ったんです」
「やっぱり恋愛描写では二葉さんには敵いませんね」
「二葉先輩……。これすごいですよ……。本当にすごいですよ!!」
「ありがとう……ございます……!!」
全員から褒められた二葉は赤くなった顔を見られたくなかったのか、顔を伏せながらお礼を言った。
ただ、二葉がここまで顔を赤らめた理由は、好きな人の発言のせいだと言うことは察しがいい二人以外は気が付いていなかった。
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