第6話 最初の一歩
「よしっ!! 完成だぁぁぁぁぁ!!!
日曜日の深夜。
言い換えれば、月曜日の早朝。
文芸部の恒例行事のための原稿を仕上げていたのだが、いつの間にか月曜日の朝になっていた。
本当は仕上げる予定ではなかったのだが、気が付けば完全に完成していた。
しかし、時間は既に5時を回っていた。
「完成したのは良いけど……今寝たら絶対遅刻だ」
彼方はファイルを保存して、フラフラと顔を洗いに洗面所に向かった。
下では両親が朝食の準備をしながら談笑していた。
「ん? あら、おはよう、彼方。随分早いのね?」
「……あ、うん。おはよう」
「彼方……?フラフラしてるぞ? 大丈夫か?」
「だいじょうぶだいじょうぶ~……」
「あらら。だいぶお疲れみたいね」
「大丈夫かな?」
洗面所からゴツンと言う音が聞こえる。
「……大丈夫じゃないかもね」
「おはよ~。って、あれ? かな兄、早いね。日直?」
彼方が学校に行こうとしたところで、千沙は大きなあくびをしながら、下に降りてくる。
千沙は彼方が早い時間に登校しようとしていたので少し驚いたようだった。
「……え? あ、うん。そうそう。日直日直。行ってきまーす」
「……? うん。行ってらっしゃい?」
彼方は返事にもならない返事をして学校に向かった。
そんな彼方の背中を不思議そうに送り出して、千沙は朝食を食べに食卓に向かった。
そして朝食を二口ほど食べてから、千沙はひらめいた。
「あ。さてはかな兄、寝てないな?」
そんなことを思いながら、千沙は美味しそうに朝食を食べた。
教室にたどり着いた彼方は、自分が一番最初に教室に着いてしまったという事実に気が付くのに時間がかかった。
「あ、そっか。鍵取りにいかないと」
フラフラと職員室に向かおうとすると、遠くから見たことのある姿が見えた。
「あれ……? 一宮、くん?」
「……白河、さん?」
「おはよう。朝、早いんだね。あ、今鍵開けるね」
白河は彼方の横を通り過ぎて、教室の鍵を開ける。
その様子を彼方はぼーっと眺めていた。
「……入らないの?」
「……え? あ、うん。ありがと、白河さん」
「……? どういたしまして」
白河はスタスタと教室に入っていく。
その後ろを彼方はフラフラと歩いていき、そしてそのまま倒れるように机に倒れ伏した。
その音に白河はびくりとして彼方の方を見たのだが、彼方はそのことに気が付かなかった。
そんな白河の携帯が鳴り響く。
そこにあったメッセージを見て、白河は再び彼方の方を見るのだった。
その日の授業の内容を、彼方は全く覚えていなかった。
そして今のこの状況もよく分かってはいなかった。
彼方の横で白河が作業をしていた。
彼方の頭の中は疑問だらけだった。
「あ、あの……」
「……あ。おはよう」
「え? あ、うん。おはよう」
白河は彼方が声を出すと、その一言だけ言ってまた作業に戻った。
「いや、そうじゃなくて!?」
「???」
「何で白河さんが俺の隣にいるの!?」
「……何でだろ?」
「聞きたいのは俺の方なんだけど……」
白河さんの返答に彼方はガクリと肩を落とした。
そこで彼方は周りがやけに静かだなと思い、辺りを見渡した。
すると、教室に残っていたのは彼方と白河だけだった。
窓の外は既に夕日が沈みかけ、暗闇が空を飲み込んでいた。
まさかと思い、時計を見ると、時刻は7時を指し示そうとしていた。
「白河さん……。もしかして、ずっと作業してたの?」
「……うん。いつもそう、だから」
「そうなんだ……」
彼方は作業を続ける白河を見て、今なら聞きたいことが聞けるのではと思った。
「ねえ、白河さん。聞いてもいい?」
白河は彼方の声を聴いて、作業を続けていた手を止めて彼方の方を向いた。
「……何?」
「ずっと気になってたんだけど、白河さんっていつも何やってるのかなって。ほら、休み時間とかも一生懸命何か書いてるからさ」
「……見てたの?」
「え……? あ、うん。……っ!? いや、あの違っ……」
「……小説」
「……え?」
「小説……書いてるの」
彼方の恥ずかしい暴露を聞き流して、白河は質問に答えてくれた。
「小説……?」
白河は書いていた原稿の一枚を見せてくれた。
それは俺がいつも書いている小説の原稿と同じだった。
「本当だ……。そっか。白河さんも小説書いてたんだ」
「……何か、嬉しそうだね」
「そ、そうかな?」
「うん。嬉しそう」
「き、気のせいだよ」
彼方は恥ずかしくなって、顔を逸らした。
ちょうど、下校のチャイムが鳴り響く。
「……帰ろっか」
「あ、うん」
白河は下校のチャイムを聞くと、立ち上がって帰り支度を始めた。
彼方も遅れて準備を始めた。
教室の鍵を閉め、二人で職員室に返しに行く。
そのまま靴を履き替えて校舎を後にする。
その間二人は、一言も会話することはなかった。
校門に着くと、白河が彼方の方を向いた。
「……私、家、こっちだから」
「じゃあここでさよならだね」
「うん。あ、そうだ」
白河がカバンをガサガサと漁り、一冊のノートを取り出した。
それを彼方に手渡した。
「これって……。え?」
そのノートには、今日の授業の内容が全て書かれていた。
「一宮くん、今日ずっと寝てたから、さっき作業するついでに書いてたの」
「白河さん……。何でこんなこと……?」
「……迷惑、だった?」
「そんなことないよ!! めちゃくちゃ嬉しいよ!! ただ、何でこんなことしてくれたのかなって思って……」
「……」
彼方の質問に白河は黙ってしまった。
「……白河さん?」
「……私も」
「え?」
「……何でも、ない。ノートは、いつ返してくれてもいいから。ばいばい」
「白河さん!? 白河さん!!!!」
白河は曖昧な返事をして立ち去ってしまった。
彼方は追いかけようとしたが、追いかけるべきじゃない気がして立ち止まった。
白河が何故、自分の横で作業をしていたのか。
何故、自分のためにノートを書いてくれたのか。
それは謎のまま終わってしまった。
でも、彼方の手元に残ったノートは白河の優しさだ。
彼方は白河に感謝しながら帰路に着いた。
白河は曲がり角から出てきて、遠くなっていく彼方の背中を見送った。
その背中を見ながら、白河は今日の彼方のことを思い出していた。
彼方の隣で作業をしようと思った理由は二つあった。
一つ目は、徹夜明けで、ずっと眠っている彼方が心配だったから。
二つ目は、ちょっとした好奇心と言うか体験と言うか、気になる男の子の横に座ると言うシチュエーションを体験してみたかったという理由だった。
結果として言えば、最初は少しドキドキしたが、そのうち慣れてしまいあまり参考にならなかった。
しかし、慣れたのは座ることだけで、彼方の寝顔を見ると、少しだけ胸がときめいた気がした。
そんな寝顔を見ながら、自分だけこんなに色々な体験をさせてもらっているのはずるいような気がした。
そこで白河は何かをひらめいたようにノートを取り出した。
こっそり色々なものをもらってしまったお返しとささやかなご褒美として授業のノートを書いて、彼方にあげることにした。
「……ねえ、一宮くん。私も一宮くんのこと見てたんだよ? ……なんて言ったら、君はどんな反応をしてくれたのかな……?」
遠くなっていく背中にそんな声をかけて、白河は帰路に着いた。
その日の夜、彼方は白河から受け取ったノートを写していた。
数時間でノートを写し終え、背伸びをしていると、部屋のドアが強引に開けられる。
「んー!!今日も面白かったー!!」
「ドラマ見終わったのか?」
「うん!今日も面白かったよ!!しっかり録画済み!」
「じゃあ明日見るか」
「うん!絶対に見るべき!!」
リビングでドラマを見ていた千沙は、満足げにベッドにダイブした。
彼方もノートを写し終えたので、別の作業を始める。
千沙はしばらくマンガを読んでいたが、飽きたのか彼方の作業を覗き込んできた。
すると、千沙は見慣れない一冊のノートを発見し、手に取った。
「かな兄、このノート何?設定資料集??」
「そんなわけあるか。今日の授業のノート。…友達に借りたんだ」
「何で今ちょっと間があったの?」
千沙は不思議に思いながらノートをパラパラ見ていた。
そのノートのあるページを見た瞬間、千沙はにやりとした。
「ねえ、かな兄。これ本当に友達に借りたんだよね?」
「ん?ああ。そうだけど」
「ふーん。かわいい友達を持ったね、かな兄!!」
そんなことを言いながら、千沙は見ていたページを開いて机の上に置いた。
千沙の質問の仕方にちょっとした悪意を感じた彼方は置かれたノートを開く。
そしてそのページを見て、彼方は赤面した。
「な、なっ、なああああああ!!!」
「いやー、おあついですなあ」
千沙が開いたページには小さくこう書かれていた。
『原稿お疲れさま。でも徹夜はよくないよ?ゆっくり休んでね』
その小さく書かれた優しい言葉によって、彼方は完全に白河に陥落したのであった。
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