第3話

 廊下を歩いていくこと1分足らず。

 販売所のおばさんが言っていたとおり、特に迷うことなく目的の教室を見つけることが出来た。

 教室の規模から察するに、大きな催し物をする際に使われる教室のようだ。

 

「この中に、高校生活をともに過ごすパートナーがいるのか……!」


 待ちに待ったビッグイベントを前に、俺のテンションは最高潮まで達していた。


 ――どんな子が良いだろうか。

 やっぱりオーソドックスに清楚な感じか?

 だが待て、癒し系お姉さんというのも捨てがたいぞ……。

 いや、ここはあえてロリ系少女を選択し、お兄様呼びをさせるというのもありか……。


 そんな期待と妄想を胸いっぱいに膨らませながら、俺は教室の入り口をくぐり、中に踏み込む。

 教室に入った途端、圧巻の光景が目に飛び込んできた。


「うおおお……すげえ……!」


 そこには多種多様のメイドロイド達が教室を囲むように並べられていた。

 クラシカルやらミニスカモデルなどの漫画などでよく見かけるものから、はかまやゴスロリみたいな風変わりなものまで、様々服装を身に纏った女の子たち。

 体格、顔立ち、髪色、服装……何一つとして同じ個体は存在せず、バリエーションの無限大さが伺える。

 多くの生徒があれじゃないこれじゃないと言いながら入り乱れ、もはやお祭り状態となっていた。


 ――なんだこれ、めちゃくちゃテンション上がってきたぞ……!


 その光景の前に、教室の入り口で見惚れていると、横に立っていた女性に声を掛けられる。


「いらっしゃいませ!」

 

 ニコッと柔らかい笑顔を向けながら、販売員のお姉さんがゆっくりとこちらに近づいてきた。


「ようこそおいでくださいました。この度は合格、誠におめでとうございます」

「ありがとうございます。あ、僕は七星 海斗と言います」

「七星様ですね。本日は弊社のメイドロイド販売所にお越しいただき、誠にありがとうございます」


 お姉さんは丁寧な口調で謝辞を述べた後、深々とお辞儀をしてくれる。

 顔を上げ直すと、特に名簿を確認する素振りなく、柔和な眼差しでこちらを見つめ、案内しようとする。

 

 ――あれ、名簿の確認とかしなくていいのかな……まあいいか。


「本日はご入学に伴うメイドロイドの購入ということでよろしかったでしょうか」

「あーいえ。僕、こう見えて優良特待生に選ばれてまして」

「まあ、とても優秀なお方なのですね!そんな方に購入していただけるメイドロイドは、とても光栄だと思いますよ」

「ははは、それはどうも。そういうことなので、メイドロイドの配布手続きを行いたいのですが」


 買う気はない、という意思表示を若干遠回しに伝えてみる。

 その発言に対してもまだピンと来ていないらしく、お姉さんは目をキョトンとさせ小首をかしげる。


「事前予約をしていた、ということでしょうか。しかし、そういったお客様の来場予定はなかったはずなのですが……」

「いえいえ。購入にかかる費用は必要ないですよねという話です」

「必要ない……と申されますと?」


 お姉さんは発言の意図が本気で分からないといった様子で、表情に陰りが見え始めた。


「ですから、優良特待生であれば購入費は免除になっていますよね?」


 なかなか話の通じない状況を打破すべく、俺はストレートに伝えてみる。

 それを聞くや否や、販売員さんは困惑した表情を浮かべ、言いづらそうに説明する。


「あのー、大変申し上げにくいのですが、メイドロイドにつきましては各自購入となっておりまして、免除の適用外となっていると思われますが……」

「えっ!?」


 お姉さんの思いもよらない発言に、俺は動揺を隠しきれなかった。


「そ、そんなばかな!だって、このパンフレットに……」

 

 俺は急いで鞄からパンフレットを取り出し、特待生制度のページを確認する。

 パラパラと紙をめくる音が、妙に焦燥感を煽る。


 特待生制度のページは確かこの辺り……あった。


 該当ページを開き、俺はざっと目を通してみる。

 授業料、入学金、教科書等の物品購入費、施設費、その他必要な費用……うん、以前に見たとおりだ。

 特にそんな記述は……ん、なんか右下の方に小さな文字で書かれてる……?


 俺はその控えめに記載してある文章を、目を凝らして読んでみる。

 そこには、こう書かれていた。

 

【※ただし、メイドロイドの購入費用は対象外とする】


「……なん……だと……」


 その無慈悲な一文に、俺は絶句してしまう。


 嘘だろ……完全に油断していた。 

 それも、致命的なミス。

 美味しい文面にだけ食いついてしまった愚か者の末路。

 受験勉強に明け暮れていたとはいえ、こんな大事なことを見落とすなんて。

 テストの回答用紙は何度も見返すくせに、何やってんだよ、俺……。

 

『メイドロイドを自費で購入しなければならない』


 その事実が、俺の肩に重くのしかかる。


「お、お客様?顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫、です」


 心配して声をかけてくれるお姉さんに、俺は何とか言葉を返すので精いっぱいだった。


「ち、ちなみに、こちらで取り扱ってるメイドロイドの相場はおいくらですか……?」

 

 震える声を必死に抑えながら、俺は恐る恐る尋ねる。

 ヤバい、手汗が止まんない。


「そうですね、最新モデルの第7世代であれば1,000万前後といったところでしょうか。第6世代であれば学割を適用できますので、500万前後までは落とせるかと。大変お買い得となっておりますので、是非ご覧になっていってください」

「ハ、ハハ……。ソレハ、タイヘンオカイドクデスネ……」


 お姉さんの金銭感覚のレベルが違いすぎるセールストークに、もはや乾いた笑いしか出ない。


 ――とんでもない学校に来てしまった。


 色鮮やかに飾り付けられた教室の中、俺は汗でしなしなになったパンフレットを握りしめ、壊れた人形みたい立ち尽くすことしかできなかった。

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