柴燈の向こうで
正保院 左京
第1話 何もない街
「ごめんね〜。急に仕事入っちゃって。ごめんけどバスに乗ってきてね。駅から乗れるから。じゃっ、また今夜」
出雲市駅に降り立った僕を迎えたのは、そんな従姉の姉ちゃんからの電話だった。
「嘘だろ…」
10年ぶりにやってきた島根。前に来たのは小学校低学年の事だからもうほとんど覚えていない。その時は従姉の姉ちゃんと一緒だったから、実際に一人で行くのは今回が初めてだ。
島根と言えば「The田舎」。何があるかも良くわからない未開の地に僕は一人投げ出されてしまった。
田舎田舎と言うけれど、どれほどの田舎なのかはわからない。やっぱり田んぼの中にぽつんと家があったり、山の上にぽつんと家があったりするのか。
やっぱり日本昔ばなしみたいな光景が広がっているんだろうか…
島根出身のVtuberネタで、ある程度こんなもんかと思っていたが、実際のところどうだろう。
そんな認識だから、先行きがとっても不安だ。これはもうGoogle先生に頼るほかはない。
特急やくもを降りて吸い込んだ島根の空気。少しばかりひんやりとしている。これが空気が澄んでいると言う事なのだろうか。もちろん変なニオイもしない。
実際に見てみると、流石に絵に描いたような物凄い田舎ではないらしい。案外島根も発展してるんだと感じた。
島根でも自動改札は機能してるらしい。改札をくぐると、平日昼過ぎの構内は閑散としていた。都会のようにいつでも人が混み合っている訳では無い。人を避けながら進まなくて良いから何だか変な感じだ。
構内にセブンもある。流石の島根でもこのお店は普及しているらしい。
それにしても静かだ。時折聞こえる、上の線路を列車が走る音、出入り口のドアチャイムくらいしか聴こえない。
一先ず待合室の椅子に座り、構内のセブンで買った、新発売のスムージーを片手に次の電車を確認する。メモに目を通し次の電車は20分後かと思った途端、僕は強い眠気に襲われた。旅疲れもあるだろうし、何より伯備線がとっても揺れたから寝るに寝られなかったのだ。
一人で知らない土地を旅するのは誰だってさみしくて不安だろう。でも僕は一人でも大丈夫。一人には馴れているから。
「お母さん達、行かなきゃいけないけど、千景はどうする?って言っても来ないわよね…」
子供の頃からずっと僕は一人だった。僕は大手商社に勤める、自称エリートサラリーマンの両親の一人息子。両親共々エリートだから確かに経済的には恵まれていたと思う。
ただ、それが全部良かったとは思わない。
どれくらい経っただろう。ハッとして時計を見ると15時30分。
電車は…出発していた…
慌てて次の時間を確認する。次は…
「1時間後!?」
待合室で思わず声が出た。そして不幸なこちにちょうど入って来た女の子と目があってしまった。
「すっ…スミマセン…」
凄い顔してたな…
流石に5分10分矢継ぎ早に来る訳じゃないことはわかっていたけれど、まさかここまでとは…
でも寝過ごしてしまったものは仕方がない。だってそもそも姉ちゃんが迎えに来てくれないんだから…
仕方がないので駅構内を散策することにした。島根の人に島根のお土産を買って帰ろうにも変な話だけど、爺ちゃんは蕎麦が好きだった気がするので出雲そばだけは購入することにした。
なんだかかんだ小さいところだけれど、卓球道場があったり、構内に小川が流れていたり、色々新鮮で割と楽しかった
そしてやっとのことで電車の時間。
いつものようにSuicaで改札に入ろうとした時だった。
「ちょっと」
振り返るとさっきの女の子。気まずっ…
彼女はジーッと僕の顔を見つめている。
「えーっと…何か…?」
「ここから先、それ、使えないよ?」
「えっ、これSuicaだけど?」
周囲を見回すと、駅員さんが大きく頷いている。
「こちらでお買い求めください」
「嘘だろ…」
駅員さんに呼ばれ、慌てて改札を引き返す。
「ここから先、ICカードは使えないんです。良かったですね。もしICカードで乗ってしまったら、後日またここで処理をするまで使えなくなりますから」
「すっ、すみません…」
「なぁに、よくある話です。でもあの子よく気づきましたね。お知り合いですか?」
「いえ、ぜんぜん知りません」
「まぁ、彼女には感謝してくださいね。これが切符です。もうそろそろ発車ですからお急ぎください」
どっかで見たことあるような…でも僕にそんな知り合いはいない。気のせいだろうか…
ホームに上がると、止まっていた電車は1両だった。
「え?1両…?」
子供の頃は気にしていなかったけれど、電車ってこう…何両も連なって来るもんじゃないのか?8両とか…
車内はさっきに女の子を含め5〜6人。ガラガラだ。空気を運んでいるんだろうか。
さっきの子が気になるところだけど、『君…誰だっけ!?』なんて言えるわけがない。
やがて電車は進み始める。車窓から見える閑静な街並み。それが段々と進むにつれ雲行きが怪しくなってきた。
見渡す限りの海と山。本当に人が住んでいるのか?と疑いたくなる光景に呆気にとられていた。これがよく聞く田園都市なのか?これからこんなところに住むのか!?
各駅に止まるも誰も降りないし、殺風景なホームに誰もいない。
やっとの思いでて到着した先は寂れた街だった。
昔来た時は大きめのデパートもあって、今より少しは賑わっていた記憶がある。
そのデパートはもう更地に。美味しかったたこ焼き屋も無くなっている。代わりに地銀の建物がホテルのように光を放っていた。
「何もない…」
東京なら駅を出ればコンビニやら何やら目白押しで目が回りそうだけれども、ここはむしろ何もなさすぎて頭が追いつかない。
ここは本当に人の住むところなのだろうか。
柴燈の向こうで 正保院 左京 @horai694
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