小辻望(外伝最終回)
「準備、できた?」
いつもより厚いお化粧をした母さんの声が、
いつもよりも浮かれているような気がする。
「お化粧、濃いね。
白くてゾンビみたい。」
「……
そういうところは静さんに似なくていいのっ!
さ、行くよっ。」
手を引かれるのは恥ずかしいとさからっても、
おかまいなしにひっぱっていってしまうので、
あきらめて部屋の外に出る。
「ふわぁ。
よーく晴れたねぇ。」
母さんは、すなおな人なので、
晴れが好きで、雨がキライだ。
「……うん。」
「ふふっ。」
うなづいただけなのに、
なにが気に入ったのか、路上で僕をぎゅっとだきしめる。
ちょっと、お化粧の匂いがきつい。
「母さん、そと、そと。」
「望がいれば、
どこでもウチだよ。」
「……。」
恥ずかしい。
やめてほしい。
でも。
イヤなわけじゃない。
*
ぼくのそばには、「しずかさん」がいた。
「しずかさんににてる」
「しずかさんソックリ」
「しずかさんをおもいだす」
ちちおやがわり、という人が、
僕のまわりにはいっぱいいた。
さんかん日にも、運動会でも。
おとながいなかったことは一度もなかった。
おとながいっぱいいるからと、
おとなのいない女の子の手をひいてもどってきた時、
まわりのおとなから、
「さすがしずかさんのむすこだ」
と、言われたときには
なんだか、わからなかった。
*
「ふふ。
きみ、ほんとうに小辻君に似てるね。」
湯瀬誠さん。
一週間に一回くらい、遊びに来る。
子どもの頃は、この人が「しずかさん」だと思っていた。
「早熟なところも、
足がむだに速いところもそうだけど、
物腰がね、もう。
って、そろそろ言われたくなくなるお年頃かな?」
「どうでしょう。
うまれてきてから、
いろんな人に言われつづけてるので、なんとも。」
「あははは、
そういう、そういうところだよ。
ほんと、ほんとに。」
何がおかしいのか、湯瀬さんは、
少ししわのある目元をくしゃくしゃにして、
涙を流して笑っていた。
*
「もうださないって。
帆南さんにすっげぇおこられたから。」
野々原留美さん。
動画会社の社長さん。
僕でも知ってるような人達にも
「あーあ。
めっちゃまわったんだけどな。
ねぇ、ガワで契約しない?」
「ガワってなんですか?」
「えーと、
ぶいちゅーばーってわかる?
って、うわ。
なし、いまのなし。」
「はい。」
「うっは。
そういう顔、ほんと、静さんソックリ。
あはは。遺伝子ってすごいな。
あー。私も
静さんにたのめばよかったのかなー。
って、無理か。」
「社長ー、このカット、
どうすればいいんですかぁ?」
「あー、はいはい。
じゃ、そのへんであそんでてねー。
すぐもどるから。」
「はい。」
そう言って、
すぐもどってきたこと、ないけど。
*
「ふふ、
ほんと、すごいわね。」
寺岡千里さん。
母さんの上司にあたる人で、
昔から、ふらっと僕の顔を見に来る。
ふんわりした人なんだけど、
怒らせなくても、ちょっと怖い。
でも、なんていうか、かわいい人だ。
「そういう眼、ほんとよく似てる。
クラスの女の子、泣かせちゃだめよ?
って言っても、
わからないって顔ね。」
って言って、僕の頭をふわっとなでてくれる。
「……
うん。
呼吸は、正常ね。
やっぱり、
きみにとっては、よかったのかも。」
よく、わからないけど、
ほんのすこし、さみしそうな顔になった。
「お母さんを大切にね。
必ず、お母さんより長生きするのよ?」
「はいっ。」
「ふふふ。
うん、いい子ね。」
そう言うと、千里さんは、
また、頭をゆっくりとなでてくれた。
「可愛いよ、きみは。
可愛すぎて心配になるくらいね。」
*
「ふふ、なるほど。
目元などは、瓜二つですね。」
羽鳥征矢さん。
半年に一回くらい、うちに遊びに来る。
毎年、真っ白なおヒゲが長くなっていく気がする。
お母さんの元上司で、
いまは、
「留美さんでなくても、
出してみたくなるのは、分かりますね。」
「だめですよ。
静さんに顔向けできませんから。」
母さんが、ちょっと警戒する眼をする。
「あなたの美ぼうをも受けついでいるのに。
もったいないですね。」
「……羽鳥さん。
会社変わると、人格かわるタイプですか?」
「私のような俗物は、
ははは。」
「ちっともそうは見えませんが。」
「はは。これは手きびしい。
あなたのお母さまに怒られないうちに、
年寄りは退散するといたしましょう。
ああ。
先日、お送りした件ですが。」
「かまいませんよ。
……もう、よい頃ですから。
この子、早熟ですから。」
「あちらもそうらしいですがね。
ふふ。」
*
「ほんっと、のぞむってすけこましね。
きづいてないのがたちわるすぎる。」
林崎星歌さん。
僕にとっては、いとこにあたる人らしい。
昔は、雪乃さんといっしょだったんだけど、
最近は、ひとりで遊びに来る。
ただ、言うことが分からない。
「さんだいつづいてるからしょうがない、
とか、
「なに、それ。」
「うわ。
ほんと、静さんに似てきた。
ほろぐらふってできたらこんな感じ?
ま、いいや。
パ●ワやろ?」
「倫理的に問題があるって、母さんがいってた。
あれは●イコパ●がやるものだって。」
「んー?
じゃぁ、あたし、それでいい。
やろ?」
*
街の中でも、母さんは僕の手を引く。
手の熱が伝わるようで、ちょっと恥ずかしい。
「はぐれたら大変でしょ。」
もう10歳になったのに、心配性すぎると思う。
「ほんと、
静さんも、こんな感じだったのかな。
ま、今日は、ありがたいけどね。」
人が行きかう大きな通りには満開の桜が植わっていて、
花びらがひらひらと風に舞って青空にかえっていく。
『オスカー女優
榊原晴香、凱旋公演!
十年ぶりの日本単独主演』
母さんに手を引かれながら、
大きなポスターの文字をぼぅっとながめているうちに、
公園の向こうにあるホテルへと進んでいく。
車どめを過ぎて、自動ドアが開き、
空気が、外の世界と、
がらっと、かわったとき。
わ。
「うわ。
先に来てたんだ、春菜ちゃん。」
赤じゅうたんの先に、
ネイビーのワンピースを着た、
とっても綺麗な子が立っていた。
真っ白な肌と、さらさらと流れる髪。
すこし赤らんだ首筋と、ぱっちりとした眼。
でも。
僕は。
まるで、この女の子のことを、
生まれる前から知っているような気がした。
「きみが、
天使のようにきらきらひかる顔でにっこり笑った女の子は、
はきはきした声で、僕の名前を呼ぶと、
赤じゅうたんをささっと歩いて、僕の目の前に立った。
「はじめまして。
わたし、
今日から、きみのうちでおせわになりますっ。」
知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた
外伝
完
知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた @Arabeske
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