七十一話 知と見
市場で買い物をしている間じゅう、私たちを目で追って殺気を撒き散らしてた、インチキ店主。
いくらニブちんの私だって、このままで済ますつもりがないであろうことは、嫌でもわかったわい。
「兄貴、こいつらか?」
「なんでえ、ただの子どもじゃねえか」
更に二人、加勢が来た。
合計三人、全員の手にお揃いの湾刀を携えている。
「話を聞きたいから、ほどほどにね」
「ん」
自慢の鉄棍を私に預けて、翔霏(しょうひ)が男たちに向かって行く。
まるで、散歩をするように、なにも構えずテクテクと。
棍を手放した理由は、万が一のときに私が自衛できるため、と言うわけではない。
「お? 嬢ちゃん、やっぱり泣きを入れデッ!!」
なにか言いかけた一人目の男の股間を翔霏が瞬時に蹴り上げる。
「こ、こいつ!」
刀を振りかぶって襲ってきた、二人目の男。
残念ながら、翔霏を相手に「目の前で武器や腕を振りかぶる」という、余計な行動をした時点で、アウトだ。
翔霏は上体が起きてガラ空きになった男の顎めがけ、ぴょんと軽くジャンプするような簡単な動きで、頭突きをぶちかました。
「もっがァ!!」
後の先でカウンターの頭突きを喰らった男は、脳震盪をきたして酔っぱらいのようにフラつき、地面にバタンと倒れた。
一瞬で二人が始末されてしまい、最後に残ったヒゲの店主は目を白黒させた。
翔霏が今回、鉄棍を使わなかった理由。
それは三人とも殺したり気絶させてしまった場合、話が聞けなくなるし、事件になって面倒が増えるからだ。
文字通りに金棒を手に入れた鬼になってしまった翔霏。
新しい武器にまだ手が馴染んでいないこともあり、人間相手にどれだけ手加減ができるかどうか、はっきり分からない状態にある。
「武器を捨てないなら、お前も痛い目を見る。殺しはしないが」
無感情に宣言して、翔霏がのんびりとヒゲ店主の元へ、歩みを進める。
彼女なりの最後通告であり、相手に対する慈悲なのだろうけど。
「な、舐めやがってェ! 調子に乗んな、このクソガキィ!!」
いつか誰かからも向けられたような怒りの感情が、今日も翔霏に襲いかかる。
翔霏はどうしても、相手をバカにしているような冷めた顔を貫くので、こうなってしまうのだよなー。
指摘しても直らないだろうし、私も諦めている。
「面倒だ……」
相手の剣戟を側宙で躱した翔霏。
着地のついでに、地面に転がっていた日干し煉瓦を拾う。
「ちいぃ、ちょこまかとぉ!」
「ていっ」
それを手に持って、二撃目の太刀を空振りして無防備になった男の側頭部を、思いっきりぶん殴った。
バガァン! と派手な音が鳴り、煉瓦は砕けて、男は倒れた。
「感触からして骨は折れていない。水でもかければ目を覚ますだろう」
鮮やかに三人を倒し終えて、パンパンと手に付いた土を払う翔霏。
「そっちの男も、潰れてはいない。多分」
「う、うぎぃぃ……お母ちゃん……」
股間を抑えて涙目で悶絶している一人にも、安心できる要素を告げた。
「堪忍なあ。手荒な真似しかできねえやつでサ」
軽螢が同情の顔で全員の手を縄で縛り、土壁に沿って座らせる。
私は糖藤璃(ととり)さんに申し訳ない気持ちで頭を下げ、謝った。
「ごめんなさい。一人になった糖藤璃さんをこいつらが狙ったら厄介だと思って、一緒にいてもらったんです。あとはしっかり言って聞かせますから、もう帰って大丈夫ですよ」
「え、あ、ああ……」
すっかり怯え切った顔で私たちの顔を見比べて。
「ひぃぃッ!」
叫んで走って、糖藤璃さんは殺伐の現場から、逃げて行った。
怖い思いをさせて、本当に、申し訳ない。
はあ、罪悪感と自己嫌悪が、増してしまった。
「糖藤璃さーん。俺は、こんなおっかない女たちと、同類じゃないからねー」
「メェ~~~」
軽螢が平常運転でバカを言ってるけど、いちいち突っ込まない。
「う、ううーん……」
やがて目を覚ました店主の男の眼前に、私は秘蔵の毒串を突き付けて、言った。
「刺さると死にます。苦しんで死にます。一本だけで三日三晩、のた打ち回って、地獄を味わって死にます」
私にこのおじさんを殺す覚悟も恨みもありはしないのだけれど、初手で舐められないように、ハッキリと言っておく。
目線を逸らさず強い言葉を放てば、ハッタリは通じ易い。
月夜の下で私なんかを夜這いしに来た、特殊な趣味の金持ち坊ちゃんが教えてくれたのだ。
「た、たたた、助けてくれ、悪かった。も、もうあんたらにちょっかいはかけねえ。天神さまにも誓うよ……」
すっかり怯え切ったおじさんの顔に胸を痛めながら、私は質問する。
「おじさんたちの使ってる刀、青牙部(せいがぶ)の覇聖鳳(はせお)ってやつが持ってるものに似てますね」
「あ、あんた、覇聖鳳を知ってるのか……」
そう、この刀だよ。
おじさんが持っている刀が覇聖鳳のものと似ていることに、私は初見で気付いていた。
だから、わざと目立つように、大勢の人の前で、店に並んでいる品物がデタラメでインチキであることを指摘したのだ。
おじさんたちが私に恨みを持って、市(いち)が掃けたあとに因縁をつけてくれることを期待して。
まったく狙い通りに今、そうなっていると言うわけだ。
もちろん、後宮の品物を騙ってインチキ商売してる詐欺師にムカついた、と言う気持ちも半分はあるけれどね。
私は質問を重ねる。
「その刀はどこで作られて、どういう風に出回っているんですか? おじさんたちは、青牙部となにか付き合いがありますか?」
市場でなにかあったとしても、揉めごとは起こさないでおこう。
そう決めたはずなのに、上手く行かないものだ。
私は覇聖鳳とこのおじさんになにか、些細なことでもつながりがあることを見越して、こうして乱暴な情報収集に踏み切ってしまった。
この刀を見たせいで、血液が、沸騰してしまったのだ。
冷静を保てない自分に反省しつつも、こういう状況になってしまった以上は、最大限、有効に活かせるよう、努力しよう。
「た、ただの商売相手だ。あんな厄介な連中と、親しくなんてしてねえよ。この刀も北方では珍しいもんじゃねえ。西方の上等な鋼鉄を仕入れて作ってるんだ」
翔霏の棍と、同じ素材なのかな。
西から仕入れた鋼鉄を加工して、武器や農機具を作っている大規模な鍛冶場が、戌族(じゅつぞく)の土地に点在しているという話だった。
覇聖鳳の攻撃性を支える要因の一つに、武器が調達しやすい環境という、地政学的な条件があるのかもしれない。
「最近では、覇聖鳳たちとどんな商売をしましたか?」
真偽はわからなくても、情報の量を確保することは大事だ。
たくさんの情報から、多角的な視点を手に入れ、様々な可能性を見つめて考えていくことで真実に近付いて行く。
特にものの売り買いや、生産、消費といった経済活動に関わる情報は、相手を知るためになによりも重要である。
ってのは、どこぞの首切り軍師のパクり。
「秋の始まりに服とか、沓(くつ)なんかをあいつらに卸したよ。あれは美味い商売だったな」
少し落ち着いて来たのか、大人しく話せばこれ以上の危害はないと安心したのか。
おじさんは私の質問にするすると淀みなく答えるようになった。
服と、沓。
大いに思い当たるフシが、私にはあるぞ。
「それは戌族(じゅつぞく)の伝統的な毛皮服ではなく、綿や麻で作る簡素な作業着みたいなものですか?」
「よ、よく知ってるな、嬢ちゃん。そうさ、昂国(こうこく)の庶民、人夫が着るようなありきたりの平服だ。動きやすい服を、って注文だったんでなァ」
キ、サ、マ、か~~!
覇聖鳳の手下が工事夫に変装して、後宮を焼く算段をした。
その一端を担った商人を、ここに、まったく思いがけず、見つけるとは!!
「ちんけな詐欺師のチンピラかと思ったけど、なんかデカい魚が釣れちゃったな」
軽螢の言葉が、重い。
想定外に重要な情報、覇聖鳳への糸口が見つかってしまった。
私は革手袋をはめた手で毒串を弄びながら、おじさんに再度、強い口調で問う。
「あなたたちが売った服で覇聖鳳たちが工事夫に変装して、皇帝の城に紛れ込みました。後宮や他の建物がどれだけ荒らされたか、噂くらいは聞いているでしょう」
「そ、そりゃあ、知ってる……けど、俺たちはただ売っただけだ! あいつらがなにに使うかなんて、責任取れねえよ!」
まあ、そうでしょうね、わかる。
売り買いするのが仕事なら、それをしないと食べていけないわけだし。
おじさんの弁明は続く。
「なにより、青牙部に服を売ったのは、間接的な請負なんだ! 俺たちは言われた商品を横から流しただけなんだよ!」
「請負? それはどういうことだ」
翔霏が疑問に思う横で、軽螢が、あッ、となにかに気付いた。
おじさんが立て続けに喋ったことで、軽螢の発言は妨げられる。
「品物を最初に用意したのは、環家の商人だったんだ。だがよォ、環家と青牙部は直接に大きく取引できねえから、間に黄指部の俺たちを挟んだんだ。俺たちは単なる中継ぎの運び屋でしかねえ! 信じてくれ!」
ぐわあん、と翔霏の鉄混で殴られたような衝撃が、私の心身に走った。
神台邑(じんだいむら)を皆殺しにした、覇聖鳳たち青牙部。
大商家としてその情報を知っていたはずの環家が、次にやつらが事件を起こすための必要資材を用意し、間接的に売っていた!?
この情報に、なんの意味があるだろうか?
いや、私は。
この情報に、なんの意味を見出すべきだろうか!?
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