六十七話 彼我の思惑の先にあるもの
椿珠(ちんじゅ)さん、翔霏(しょうひ)、軽螢(けいけい)の確認を得た私は、話を進める。
「切れていた琵琶の弦が尾州(びしゅう)の反乱を、赤い宝石が赤目部(せきもくぶ)を示すと仮定して、その両者に繋がりがあるのか、もしくは両者が覇聖鳳(はせお)たちとなにかしらの関係があるのか、ということを考えたいと思います」
「これは私の直感で、別に根拠があるわけではないが」
最初に意見をくれたのは、翔霏だった。
「皇帝の城にあのクソ狗どもが押し寄せて来たとき、同時に尾州で良くないことが起こるかもしれんという話だったよな」
「そうだね。たまたまちょうど良く翔霏たちや除葛(じょかつ)軍師、玄霧(げんむ)さんが来てくれたから、なんとかなったけど」
少しでもタイミングがずれていたら、覇聖鳳に良いように暴れられて、後宮は滅茶苦茶になっていた。
もちろん私も、あの場で死んでいただろう。
翔霏は自分の思う見解を続ける。
「尾州で乱が再発するという話自体が、クソ狗どもたちの撒いた風評、陽動だとしたら、話が繋がらないか?」
「あ」
翔霏に指摘されて、私は思い当たる。
尾州で乱が起きるかもしれないと噂が立ち、皇都の右軍はその対応に出てしまった。
都の防備が薄い状況を意図的に作り上げて、覇聖鳳たちがことを起こしたのだとしたら。
「覇聖鳳たちが、尾州の反乱勢力となんらかの形で繋がっていて、騒ぎを連動させようとしてた?」
「大いにありうる話だと、私は思うがな」
翔霏の言ったことには説得力がある。
目の前の戦いを有利に進めるために、敵の背後や内部で別の騒ぎを画策するということは、世界の戦いの歴史でも非常に多く見られるケースだ。
平将門と藤原純友が共謀して同じ時期に乱を起こした、というのは俗説、都市伝説らしいけど。
納得している私の横で、軽螢が疑問を挟む。
「そっちの話は良いとして、赤目部とはどう繋がるンだよ」
ふむ、と少し椿珠さんが考えて、言った。
「俺たち環家(かんけ)と赤目部には多少の付き合いしかないので詳しくはわからんが、どうやら黄指部(こうしぶ)とは長年、対立関係にあるって話だな」
私も以前、戌族(じゅつぞく)の各氏部が、昂国(こうこく)とどれだけの規模で商取引をしているのか、資料を閲覧したことがある。
端的に言えば黄指部の一人勝ち状態で、他の氏部は小規模しか昂国と取引していないのが現状だ。
その理由の一端を、軽螢は知っている。
「黄指部相手じゃないと、自由に取引できないんだよな。州とか国の取り決めでサ」
覇聖鳳たち青牙部(せいがぶ)や、北の果てに住む赤目部と昂国は、自由な商売ができないという規約があるのだ。
その縛り付けが覇聖鳳たちの食糧事情を悪化させ、神台邑(じんだいむら)虐殺の悲劇に間接的に繋がった。
情報を纏め上げるとすれば、浮かび上がる推論の一つとして。
「赤目部と青牙部が共闘して、黄指部を攻撃しようとしてる?」
私の予測に、椿珠さんが異論を出す。
「そんなことをすれば昂国の軍も黙っちゃいない。大事な商売相手だ。環家(ウチ)だって困る」
「だから、その眼を逸らすために尾州も荒らそうとしているんじゃないですかね。国境の外の諍いより、国の中の反乱を治める方に昂国も力を注ぐでしょうし」
難解で政治的な話が続いたせいで、軽螢はヤギの髭を整え始めてしまった。
私の話を半分は納得し、半分は疑うように、難しい表情で椿珠さんが言う。
「尾州には、除葛軍師が赴いたって話だろう? そうそう好き勝手にさせるものかね」
「確かに私もそう思います」
切れた二本の琵琶の弦。
それを眺めて私は、確信に近い予測を言い放つ。
「ですから除葛軍師に対して、覇聖鳳たちは殺し屋、暗殺者を飛ばそうとしている可能性が高いと、私は思っています。環貴人が残した琵琶の弦は、それを誰かに伝えたかったのではないでしょうか」
尾州の名物であるビワの実。
それが損なわれるという、二つに切れた弦が持つメッセージの意味。
尾州の内乱が戌族同士の勢力争いの延長にあるのだということと。
除葛軍師、姜(きょう)さんの暗殺計画。
「環貴人は覇聖鳳たちがそのことを話し合っているのを、ここで聞いたのではないでしょうか。あとで州軍か誰かが調べに来て、気付いてくれると信じて、覇聖鳳たちに怪しまれないよう、物品を置いて行くという選択をしたんじゃないか、と」
頭の中で、バチィッ! と音を立てて、なにかが繋がったのを感じた。
姜さんの暗殺における下手人に、きっと赤目部の誰かに依頼するアテがあったのかもしれない。
文字で残しては怪しまれると思い、物を置いて行くしかなかったんだ。
もっとも、州軍の人たちは、詳しく考えるでもなく、見逃してしまったようだけど。
自信満々に言ってのけた私を見て、軽く驚くように。
いや、若干の怯えも見せる顔で椿珠さんは聞いた。
「どうしてそこまで、覇聖鳳だかいうやつらのことがわかるんだ?」
涼しい顔で、私は答えた。
「私が覇聖鳳なら、まず間違いなく姜さん、いえ、除葛軍師を殺したいと思うからです。軍師が生きている限り、覇聖鳳は思い通り、好きなことができません」
姜さんに直に会って、楽しそうにその教えに耳を傾けていた覇聖鳳。
しかし、憧れの相手だからと言って、姜さん相手に容赦をすることはないだろう。
あいつが、これから殺す相手に対して、友だちのように笑いかけることができる人間であることは。
その笑顔を向けられた私自身が、十分に知っているのだから。
「憶測だとしても、調べてみる価値はあるか……」
私の話を聞き終えて、椿珠さんは撤収の準備を始めるのだった。
砦の検分が終わったら、お別れである。
数は少ないけれど、環貴人の残して行ったものを回収できて、椿珠さんは嬉しそうだった。
私たちは北の国境検問へ、椿珠さんは南のご自宅へとお帰りだ。
「この文(ふみ)を見せれば、毛州から黄指部の土地までは難なく行けるだろう。たまには俺宛てに文も書いて寄越せよ」
「わかりました。なにからなにまで、ありがとうございます」
三人で頭を下げて、砦を後にする。
なぞなぞ人食い怪魔に会いたくないので、椿珠さんは別の道で帰るそうだ。
「向こうで美味いもん見つけたら、送るよ」
「道に気を付けろ」
軽螢と翔霏も別れの挨拶を贈る。
椿珠さんはこれから、家の人に怪しまれない程度に、尾州と赤目部のことを調べるそうだ。
連絡がつくようであれば、その結果を私たちにも教えてくれる手筈になっている。
「玉楊がわざわざ残したものだ。俺も俺で大事に活かさないとな」
「私たちも頑張ります」
そうして私たちは、椿珠さんのおかげで無事に国境を越えることができた。
はじめて足を踏み入れる、昂国の外。
「あんまり、景色は変わんないね?」
土壁と煉瓦、瓦や切り石で建物が作られた集落が、鄙びた国境門の外に広がっていた。
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