ゾンビーちゃん
ハタラカン
処世
あるところにゾンビーちゃんという女の子がいました。
別に体が腐ってるとか自我を失ってるとかそういう事ではなく、取って食うしかしないのでゾンビーちゃんです。
正気でそのありさまなゾンビーちゃんもお年頃。
だんだんまわりが気になりはじめます。
とりわけ興味を引かれたのはイケイケちゃんにでした。
イケイケちゃんは常にいくつもの宝石を持ち歩いて見せびらかす女の子です。
イケイケちゃんがあまりに満足げで幸せそうなので、ゾンビーちゃんは尋ねました。
「なにがそんなに嬉しいかわからんゾン」
イケイケちゃんは下等生物に対してもわざわざ向けないであろう軽蔑の眼差しで応えました。
「食い気だけのお前にはわかるまい。
見ろこのキラキラを。
輝きを。
これこそ世界で最も尊いものだ。
そして最も尊いものを最も多く持つ私が世界で最も尊い存在なのだよ。
嬉しいに決まってる」
ちんぷんかんぷんでした。
イケイケちゃんの持つ石のどこが尊いのか全く理解不能でしたし、そもそも本当にキラキラしているのかどうかさえゾンビーちゃんには判別できません。
ゾンビーちゃんは率直に言いました。
「でもキラキラは食えないゾン」
「食える食えないはどうでもいいんだよ。
まわりをよく見ろ。
みんな何かしら宝石を持ってる。
今はどれだけ宝石を持ってるかで人の価値が決まるんだ。
だからみんな宝石を大切にしてるだろう?」
言われてみれば確かにそうでした。
世はいかに己のキラキラが多く素晴らしいかを語り合い競い合うキラキラ戦国時代。
ゾンビーちゃんは完全に乗り遅れています。
「もしやキラキラも食べればおいしい可能性が微レゾン?」
「そんなに食いたければ糞でも食ってろ馬鹿が」
イケイケちゃんは辛辣な悪罵を残し、幸せな日常へ帰っていきました。
自慢の宝石を自慢しまくる日常へと。
その様子を見たゾンビーちゃんは、なんだかとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても羨ましくなったので、宝石探しを始める事にしました。
「探すゾン」
ありませんでした。
「ないゾン」
それもそのはず、宝石の現物を前にしてもキラキラか否かさえわからぬゾンビーちゃんには探しようがないのです。
たとえ国宝級の巨大ダイヤモンドを手に持たせたとしても彼女は宝石だとは思わないでしょう。
さらに悪い事に、食い気だけのゾンビーちゃんに前述のロジックを解する頭脳はありません。
ゾンビーちゃんはただただ途方に暮れました。
「お菓子買って帰るゾン」
ふてくされて駄菓子屋へ行こうとするゾンビーちゃん。
近道しようと公園の中を通ったら、砂場が目に入りました。
「…砂。ザラザラ。固い」
その瞬間、食欲を生贄にしたかの如き閃きが召喚されます。
「これだゾン!
砂も石みたいなもんだゾン!
宝石が見つからないなら砂を宝石ってことにすればいいんだゾン!
砂なら目の前にいちにー…いっぱいあるゾン!」
ゾンビーちゃんは嬉しさのあまり初めてバイキングに連れていってもらった時以来の素早さで動き、あっという間にポケットを砂で埋め尽くしてしまいました。
そしてとりあえずイケイケちゃんに倣ってみんなに見せびらかす事にしました。
「見ろお前たち。
あたいが一番多く宝石を持ってるゾン」
当然、人々の反応は冷ややかです。
「宝石w砂じゃねーかw」
「そんなもんいくら多くても空しいだけだわ」
「煽りとかじゃなく病院行ったほうがいいと思うマジで」
しかしもともと宝石と砂の明確な区別をつけられていないゾンビーちゃんは全く悪びれず自信満々に言い放ちます。
「でもあたいが一番多く持ってるゾン」
「……………………」
今度は誰も反論しませんでした。
呆れて物が言えないのか、反論できない理由が他にあるのか、それはその場の誰にも理解できていませんでした。
手応えを感じたゾンビーちゃんはイケイケちゃんのところにも行きました。
「あたいのほうがお前より多く持ってるゾン」
「はあ!?それ宝石じゃねえだろ!!」
「でもあたいのほうがお前より多く持ってるゾン」
「小さいし雑だし、汚いしキラキラじゃない!!」
「でもあたいのほうがお前より多く持ってるゾン」
「クキィィーーーー!!!!」
どういうわけか、ほんの数ターンやり取りしただけでイケイケちゃんは逃げ出してしまいました。
褒めてほしかったゾンビーちゃんは拍子抜けです。
「なんで怒ったんだゾン…」
わけがわかりませんでしたが、ポケットいっぱいの砂の重みはとても頼もしく、ゾンビーちゃんの困惑は数歩で満足感に塗り替えられました。
その日、ゾンビーちゃんは砂と共に食い、砂と共に眠り、ラーメンを食べた日くらい幸せになりました。
翌日。
「今日も砂を持ってくゾン」
外には昨日と同じ日があると信じて玄関を出たゾンビーちゃん。
しかし待っていたのは別世界でした。
「あれっ…み、みんな砂を持ってるゾン!」
いったいどうしたことでしょう?
ゾンビーちゃんを哀れむレベルでバカにしていたみんなが、揃いも揃って砂まみれになっているではありませんか。
呆然としていると、昨日ゾンビーちゃんを笑った輩が一人近づいてきて言いました。
「おw負け犬発見〜w。
はい俺のほうが砂多い〜w。
はい俺の勝ち〜w」
輩が勝ち誇ってふんぞり返ると傾いたポケットからザーッと砂がこぼれました。
「ヤッベ!触んな俺んだぞ!」
必死に砂をかき集める輩。
まるで世界の全てより砂が尊いと言わんばかりの焦りようです。
ゾンビーちゃんは呆然としたままそれを眺め、集め終わる頃ようやく口を開きました。
「お前、昨日は砂をバカにしてたゾン」
何の感情も無く、単に事実を突きつけるための言葉。
ゾンビーちゃんの言葉は『なぜ昨日バカにしていたものを今日は崇めているのか?』を遠回しに問うものでしたが、それをあえて無視したのか本当に理解できなかったのか、輩は答えず嘲笑います。
「顔真っ赤だなw僻み乙w」
常に笑いを絶やさない素敵な輩は、いつもの笑顔を赤く染めながら去っていきました。
どうやら砂を自慢したかっただけのようです。
「…?くっさぁ!」
まだ呆然としていたゾンビーちゃんを突き動かしたのは強烈な異臭でした。
何事かと振り向くと、全身生ゴミまみれになったイケイケちゃんが立っていました。
「どうだゾンビーちゃん。
やはり私が世界で最も尊い存在だろう?」
またしてもちんぷんかんぷんな世迷い言を言われたので、ゾンビーちゃんは鼻をつまみながら応えました。
「臭いゾン」
「臭いんじゃない、尊いんだ。
相変わらずわからん奴だな」
「臭いし、食えないし、数なら砂のほうが多そうだゾン」
「砂はもう残ってなかったから…いや違う!!
数じゃないのだよ尊さってやつは!!
お前もいい加減新しい価値観にアップデートしろ!!」
イケイケちゃんは腐った野菜や魚や肉の尊さを力説してくれましたが、ゾンビーちゃんは気絶しないよう耐えているのが精一杯で全然聞いていませんでした。
「…というわけだ!!
お前も可哀想にな!!
ハッハッハッハ!!」
聞いていませんでしたが、イケイケちゃんは自慢できて満足したようです。
意気揚々と去っていきました。
ゾンビーちゃんは終始ボーッとしていたけど、イケイケちゃんの中でゾンビーちゃんが負けた事になっているのはなんとなくわかりました。
それと、もう世の中がどうしようもなく変わってしまったらしい事も。
今日は、いえ今日からずっと、みんなは砂や生ゴミを大切にしていくのだという事を。
「なんでそんな…」
バカな真似を、と言いかけて昨日の自分を思い出しました。
「あたいがファーストバカだゾン…」
そうです。
宝石が見つからないなら砂を宝石ってことにすればいい。
ゾンビーちゃんが編みだしたこの手法こそ世界に革命をもたらした原因でした。
みんな気付いてしまったのです。
何が尊いかを自分で勝手に決めてしまえば、簡単に自由自在に尊いものを手に入れられると。
他の誰が何を持っていようが。
物の論理的物理的本質がなんであろうが。
倫理や知性の定義から外れてしまおうが。
全て無視して自分を尊い存在にできる、と。
それを我も我もと大勢でやりだしてしまったからさあ大変。
世界は大混乱です。
ゾンビーちゃんはこの事態を微塵も想定していませんでした。
世間知らずだったからです。
みんなが宝石を大切にしているのは、宝石自体に大切にすべき理由があって、その理由を重んじているからだと、根本を勘違いしていたからです。
最初のイケイケちゃんの話をしっかり聞いていれば解消されたはずの勘違いですが、そこは食い気だけのゾンビーちゃん。
しかたありません。
「もういらないゾン」
ポケットをひっくり返すゾンビーちゃん。
砂がほとんど出ていってしまいました。
残りも洗濯で取り除かれて、二度と戻りはしないでしょう。
何を大切にしてもいい時代になった今、重くて汚くて食えない砂は無用でした。
自慢するにはこの上ない道具ですが、食事が一番大切なゾンビーちゃんにとって自慢は二番手以下です。
昨日砂を自慢したのは真似事をしたかったからに過ぎません。
食えるかどうかじゃなく、大切にすべき理由を大切にする…みんながそれをやっていると勘違いし、勘違いのまま羨んで、自分もやってみたくなった。
それ以外の意味はありません。
本来砂にも自慢にも興味はありません。
おいしいものを食べたい。
基本それだけなのです。
「ちゃんとしたのを見つけるゾン」
状況を把握し、気を取り直したゾンビーちゃん。
彼女には砂を大切にすべき理由を捏造したりはできません。
ゾンビーちゃんには食える食えないに基づいて考える現実主義者の一面があるので、妄想を大切にするような狂人にはなりきれないのです。
なので改めて大切にすべき理由がある何かを探してみる事にしました。
「んお?あれは…見た事あるゾン」
探し始めてすぐに見覚えある何かを見つけました。
屈折率にひとクセある、カラフル石でした。
「イケイケちゃんの宝石だゾン」
昨日自慢された宝石。
お役御免になったのでしょう。
無造作に、そして大量にバラ撒かれていました。
異臭や砂ぼこりに惑わされずよく見ていくと、イケイケちゃんが持っていた以上の数の宝石があちこちに捨てられていました。
ほとんどの人が砂やゴミやガラクタを持つ代わりに捨ててしまったようです。
「わーいわーい宝石だゾン。
わーいわーい………」
拾い集めて喜んでみるゾンビーちゃん。
しかしその声は当たり付きアイスより硬く、冷たく、そして棒状でした。
それはまさに鉄塊でした。
「なにがそんなに嬉しいかわからんゾン」
実際のところは、宝石にはちゃんと価値があります。
色とりどりの輝きそれぞれに本質があり、本質に意味を見出す事ができ、意味が価値を定めます。
全人類が理解できず捨ててしまったとしても、宝石の本質は失われたりしません。
全人類が嫌悪し、気持ち悪がり、都合のいい妄想と捏造で隠蔽しても、宝石の本質は消えたりしません。
全人類の滅亡後も宇宙が変わらず在り続けるようにです。
見る人が見れば、焼きもろこし20本分ほど宝石を抱えた今のゾンビーちゃんは世界で最も尊い存在に映ったでしょう。
でもゾンビーちゃんには食える食えない以外の意味は理解不能なのでした。
「重いだけだし捨てるゾン。
どざーっ。
…もしかするとあたいには、何を見つけても何もわからんのかも知れんゾン…」
ついに気付いてしまったゾンビーちゃん。
その通りでした。
本来彼女には食べておいしいまずい以外に興味を持つ能力が無いのです。
あまりにもどうでもよすぎて思考の一歩目すら踏めないほどに。
昨日今日に考え出してきたあれこれは、むしろ故障に近い偶発でしかありません。
喉元過ぎればなにもかも忘れて元気に生きていくでしょう。
その状態が万全の生き物なのです。
宇宙の様々な意味に興味を持ち、知り、大切にしていく知性が人間の本質だと仮定するなら、ゾンビーちゃんは人間として生きる事が不可能な人間でした。
言語でなく直観でそれに気付いたゾンビーちゃんは、虚しさと惨めさで涙が止まらなくなりました。
「悲しいゾン」
でもケーキ食べたら直りました。
「甘いゾン」
甘味はいつでもゾンビーちゃんの味方。
生クリームパワーでいろいろ忘れたゾンビーちゃんは、また大切にできる何かを探し始めます。
街を散策していると、人々がだいたい二種類に分かれていると気付きました。
イケイケちゃんのようにとんでもないゴミを宝扱いする者と、昨日までと同じく宝石を大切にしている者。
違いが気になり、とりあえず近くにいたショボクレメガネに話しかけました。
声の小ささで知られるボソボソくんです。
「おいお前。
お前はどうして砂を集めないんだゾン?」
「どうしてって…汚いし、普段は使わないからだけど…」
ボソボソくんはゾンビーちゃん以上に世間の変化から取り残されていました。
でもそれが却ってゾンビーちゃんを安心させました。
ゾンビーちゃんは、みんなが上っ面だけでも人間らしく生きていた昨日までの世界が好きだったのです。
ゾンビーちゃんは、昔を懐かしむように質問を重ねました。
「どうしてお前は宝石を大切にしているゾン?」
「また唐突だね…。
どう説明すればいいのかな…。
え〜と…宝石に意味があって、それを知っておくと何かと役立つから、だね…」
「でもキラキラは食えないゾン」
「キラキラ…?
何の話をしてるかわからないけど、キラキラしてると思えなくても意味はあるよ…。
宝石を直接食べられはしなくても、宝石について知っていけば食べる事に役立てられたりはするし…」
「つまり食うために大切にしてるって事だゾン」
「うん、まあ…外れてはない…」
「どっちかわからんゾン」
ちんぷんかんぷんでした。
しかしひたすら自慢だけのために宝石を集めていたイケイケちゃんと彼とでは明白に違う事がわかりました。
詳細は不明ですが、ボソボソくんの宝石はなにやら食べる事に関連しているらしいのです。
ゾンビーちゃんにとっては聞き捨てならぬ話。
ゾンビーちゃんは一縷の望みに賭けてみました。
「くれ」
「いやだよ…」
無理でした。
だけどそこはゾンビーちゃん。
食うためなら本気になれます。
「じゃあお前といっしょに暮らすゾン」
「な、なんでぇ…?」
「食うための宝石を大切にしてるお前なら、あたいにも大切と思えてくるかもしれんゾン」
「別に僕である必要ないんじゃ…」
「ないゾン」
「他にもっといい人がいると思うけど…」
「いるかどうかあたいにはわからんゾン。
いてもあたいにはわからんゾン。
だからとりあえず近くにいるお前で我慢しとくゾン」
ボソボソくんの婉曲な拒絶は食い気脳に通じませんでした。
この日から、ゾンビーちゃんはボソボソくんと暮らしはじめました。
お互いうっすら嫌がったままに開始された共同生活。
意外と問題ありませんでした。
二人とも現実主義者だったので、自分のでっち上げた妄想に拘ったりせず、徹底して現実に対応する柔軟な日々を送っていました。
ですが、ゾンビーちゃんは不満でした。
「全然お前を大切に思えないゾン」
「うん…まあ…そりゃそうだろうねえ…」
宝石の研究を行いながら生返事するボソボソくん。
「どういう事だゾン?」
「だって…君は食べ物にしか興味が持てないんだろ…?
僕は食べ物じゃない…。
つまりそういう事じゃないかな…」
「じゃあお前を食べてみるゾン」
「えっ!?いや、ちょっと…」
ゾンビーちゃんはボソボソくんの至る所をはむはむちゅっちゅペロペロしました。
「全然お前を大切に思えないゾン」
「うん…まあ…そりゃそうだろうねえ…」
やるだけやってみましたが、特に何も変わりありません。
少しヘンな気分になっただけでした。
「お前が羨ましいゾン。
いつも宝石を大切に思ってるゾン」
「君に質問されてから自分を分析し直してみたんだけど…たぶん僕は、宝石を大切に思ってるわけじゃないんだ…」
「でもお前は宝石をいじくってばかりだゾン」
「そうだね…でもそれは、そうしたいんだよ…。
逆なんだ…。
したいからしてるんだ…。
大切に思えるから大切にしてるんじゃない…宝石を大切にする人間でいたいから大切に思えてくるんだ…」
ちんぷんかんぷんでした。
なので、気合が重要だと解釈しました。
「じゃあもっとお前を食べるゾン」
「あ〜…うん、それは…構わないけど…」
ゾンビーちゃんは、毎日毎日、熱心に丹念に、ボソボソくんがふやけてしまうくらいはむはむしまくりました。
そうこうしてたら二人の間に娘が生まれました。
この頃になるとボソボソくんが忙しくなり、朝に家を出て夜まで帰ってこなくなったので、娘はゾンビーちゃんがほとんど一人で育てました。
「だりーゾン」
娘は食用ではなく、何の役にも立たず、そのうえ手間をかけさせ、もちろん大切に思えもしない、ゾンビーちゃんの人生において邪魔でしかない存在でした。
なんなら拾った砂や宝石以上の厄介者です。
だけどゾンビーちゃんはそんなに困っていません。
おいしいものを食べられさえすればだいたい満足という生き物なので、体力で解決できる問題は全て食前の準備運動の域を出ないからです。
どちらかと言えば、自分の体から産まれ、自分の母乳を飲み、自分を引き継いでいる娘に対しては、食べ仲間になってくれてありがとうの気持ちを感じています。
「お前のおかげでちょっとだけ嬉しくなったゾン」
そう語りかけると、娘は母親似の単純そうな笑顔になりました。
「ただいま…」
ボソボソくんのお帰りです。
平日のボソボソくんは帰ってくると大抵メシ食って風呂入って寝ます。
そして起きたらまた仕事に行きます。
「メシだゾン」
現実主義者のゾンビーちゃんは自分よりやつれて帰ってくる夫に『自分のほうが疲れてる!』などという非現実の妄想をぶつけたりしません。
また、自分ではどう頑張っても常食にできなかったであろう食い物を食卓へ並べられるのは誰のおかげなのか、という事実も食い気脳によって理解できていたので、いっさい文句を言わず専業主婦の務めを果たしていました。
「久々にはむはむしたいゾン」
でもおねだりはしました。
「疲れてるんだけど…」
「あたいもお前ほどじゃないかもしれんけど疲れてるゾン。
お前のせいで疲れてるから、お前で気持ちよくなりたいゾン。
お前もあたいのせいで疲れてるなら、あたいで気持ちよくなればいいゾン」
欲深いゾンビーちゃんを満足させるには30分では済みません。
それでも同じく現実主義者であるボソボソくんは自分が仕事に専念できているのが誰のおかげなのか理解していたので、快く受け入れました。
「なるほどね…そういう事なら…しようか…」
「するゾン」
昔熱心に打ち込んで以来、ゾンビーちゃんはボソボソくんを食べる行為がけっこう好きになっていました。
なんとなく、なんとなくですが、回を重ねるごとにボソボソくんが大切な物になっていくような気がしたからです。
これも勘違いなのかも知れません。
実際、ゾンビーちゃんは未だボソボソくんを大切と思えてはいません。
でも少なくとも生ゴミを食べたいとは思わないので、ボソボソくんが生ゴミより上位の存在になったのは確実でした。
さらに数年。
娘がそこそこ育ったゾンビーちゃん改めゾンビーママは、息抜きに一人で街へ遊びに行きました。
と言っても所詮はゾンビーママなので単なる食べ歩きです。
「出歩くたびに臭く汚くなっていくゾン」
巷はあいも変わらず自慢合戦。
ですが内容は日々アップデートを続けており、今では排泄物までもが合戦の武器になっています。
ゾンビーママの行く手にも誰かの汚物が広がっていました。
「…イケイケちゃん?」
ゾンビーママは目を疑いました。
汚物の海にイケイケちゃんらしき塊が転がっていたのです。
そう、塊です。
奇妙な事に、そのイケイケちゃんには頭がありませんでした。
腕がありませんでした。
足がありませんでした。
胴体だけです。
「おう、ゾンビーちゃんか。
ハッハッハッハ久しぶりだなあ!」
どこからともなく音をひり出して応えるイケイケちゃん。
さらに奇妙な事に、イケイケちゃんの音はなぜか誇らしげでした。
わけがわからないのでゾンビーママは尋ねます。
「なにがそんなに嬉しいかわからんゾン」
イケイケちゃんはゾンビーママが子供の頃と同じように、やれやれといった感じで弁説してくれました。
「私はついに完全な自由を得た。
何が普通かは私が決める。
何が尊いかは私が決める。
何が正しいかは私が決める。
故に私はいつでも自分らしく生きられる。
私はどれほど無理解な連中に囲まれようと平等を実現できる。
社会のあるべき姿が私なのだ。
この嬉しさが理解できんとはな…やはりお前もすぐさまアップデートし、柔く暖かな海の一部となれ」
ちんぷんかんぷんでした。
なにしろ客観的に見ると社会のあるべき姿は蠢く糞でしかありません。
「穢らわしいゾン」
「ブビビビッブリッブビィィィィイッ!!!!!」
包み隠さず批判すると、イケイケちゃんの音が激しく乱れました。
見ればわかるような現実も、頭を潰してしまったイケイケちゃんにとっては的外れな嫌がらせになるのです。
「ブリュッブババブベッ!!!!
ブヂヂヂブヂュバアアアアッ!!!!」
恥の概念に挑戦する汚い音。
音はゾンビーママならずとも理解のしようがない無意味な独りよがりでしたが、その必死さからイケイケちゃんの中では非の打ち所がない正論なのであろう事は伝わってきました。
「付き合いきれんゾン」
ゾンビーママは無視して食べ歩きに行きました。
イケイケちゃんは、どうする事もできず放置されるという絶対的勝利を勝ち取りました。
掴む手も追う足も存在しないのですから、無力こそが普通で尊い正義なのです。
対の絶えた、糞の中の勝利でした。
さらに時が過ぎ。
ゾンビー娘もお年頃。
だんだんまわりが気になりはじめます。
娘はママに相談してみました。
「あちきはみんなと違って食う事しか考えられないビー…。
どうしたらいいんだビー?」
ママは一つ確認しました。
「お前はパパの宝石をどう思うゾン?」
「石だビー」
即答されたママはにっこり笑って、パパにちゅっちゅしながら答えました。
「とりあえず近くの食える奴で我慢しとくゾン」
「わかったビー」
アドバイスを聞くやいなや、娘は隣の男の子の家まで走っていきました。
その様子を見ていたボソボソパパ、さすがに苦言を呈します。
「いくらなんでも簡単すぎやしない…?
ほら、君が昔言ってた…大切に思えるとかなんとか…その辺りを教えてあげたほうが…」
「さっきので全部教えたゾン」
どんどんママのよだれまみれになっていくパパは、もう納得するしかありませんでしたとさ。
おしまい。
ゾンビーちゃん ハタラカン @hatarakan
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