6.兄にクリスマスプレゼントもらった話
もうすぐ楽しいクリスマス。
そのクリスマス前後には、新しいゲームタイトルやアプデが入り、楽しい冬休みを迎えるにあたりゲーム会社の宣伝も熱が入る。
俺は、どこの事務所にも所属していない個人勢だけど、有難いことに人には恵まれたので、発売前の大好きな人気ゲームの先行配信をしても良いと言ってもらえたり、楽しい12月を過ごしている。人気ゲームの先行配信は好きだ。でも、先行配信の時は、いつもと違う視聴者層になるから、細心の注意も必要なのだ。
何より、ガチ勢と呼ばれる人には気を付けないとならない。
それでも、楽しく終え、好評価もそこそこもらえたので、それは本当に嬉しい。
ゲーム終了後に雑談枠でのお喋りを配信する。
チャット欄は初めまして、先行配信からの来ました、という方が多くて、嬉しくなった。
質問コーナーを設置したわけではないが、初見さんから必ず言われることがある。それが
”カリンって名前から、女の子かとおもっちゃいました”
「よく言われます。半分狙ってますがね」
俺は笑って返す。「まあ、本名も女の子によく間違えられてたので、今更なんですよー」
そう。俺の本名は”あかり”
ひらがな表記だったら、ほぼ100%女の子と間違えられてきた。小学生の頃はそれが本当に嫌で、母親に「ひかるとかあきらとかの方が良かった!!」と言って怒られたものだった。
「兄ちゃんはいいよなー聖哉ってかっこいいもん」
そんなことを言って、俺はいつも兄を困らせていたと思う。
それでも、兄はいつも言ってくれた。
「俺は燈って名前好きだよ。お前にあってる」
と。
俺はいつもブーブー言ってたけど。
だって、兄の名前はまるでゲームの主人公みたいで、カッコいい。アニメのキャラクターとかにもあるじゃん。
兄ちゃんに好きって言われてもなあ、って思っていた。
今はこの”燈”という漢字は、燃え上がる火を表している、という通説を気に入っている。燈明とか、高い位置で明るく照らす火であるのだ、と。
それを知ったのは、なんと兄が高校生の時、大会前の練習で、大怪我を負った時だった。
地元スキークラブの大回転の選手だった兄は、全国大会の事前練習中、旗本をぎりぎりに攻めすぎてたため、ターンの途中でバランスを崩し、深刻なクラッシュを起こしてしまったのだ。すぐにドクターヘリが呼ばれ、救急搬送されたのだった。俺は兄の付き添いと称して練習を見学していたのだが、遠目で見てもはっきりとわかるほどのクラッシュに、身体が動かなかった。スーツは破れ、ヘルメットは凹み、兄の顔は血塗れで意識がなかった。コーチが、一緒に行けとヘリに押し込んでくれなければ、俺は夜中までそこから動けなかったかもしれない。
生まれて初めて乗ったヘリコプターの事、兄の緊急手術、その他の事は、今でも記憶は曖昧だ。思い出したくもない。
ただ、兄が一般病棟にうつり、テレビで見た事のあるモニターやチューブがつけられている姿が怖くて、それでも目が覚めない兄ちゃんが怖くて、ずっと手を握っていた。起きろ、起きろ、って念じながら。
時間にしてさほどたっていなかったのかもしれないけど、俺には1年ぐらいずっとそうしていたように感じた。
だから、兄が目を醒まして「あかり」って名前を呼んでくれて、そして。
「あかり、あったけぇ……きもちいい…」
そう言って、笑ってくれてたんだ。
俺は、安堵のあまり、大声で泣いたんだ。
兄は1週間後に退院した。冬休み中に退院出来てよかったね、と周りは言っていたけど、俺は本当にもう家で過ごせるのかって気が気じゃなかった。でも、兄はあれだけ派手にクラッシュしたくせに、松葉杖2本で日常生活に戻れたんだ。
「俺ってタフだよなあ」
他人事のように言う兄に腹が立って、俺は死ぬほど心配したのだと訴えると、兄はやはり笑って俺の手を握って、そして。
「あの時さあ、お前、ずっと手を握っていてくれたんだろ?」
「おん…あたっかいって、起きてから言ったよ」
「俺さあ…あの時、すっげえ、寒いところにいたわけよ」
兄は手を離さなかった。
内容は、意識を失っていた時の事なのだと気づいたのは、兄の笑顔にハッとさせられたからだ。
笑顔が質を変えたのがわかった。慈しみを、俺は感じた。
俺は、兄から目が離せなかった。
「痛くて、寒くてさあ」
慈しむ、優しい、綺麗な笑顔だと思った。
俺は、ただ、兄の言葉を。静かに聞いていた。
「このまま、死ぬんだと思った」
からりと、言葉が落ちる。
ぎくりと俺の体は、その言葉に硬直していた。
そんな言葉、聞きたく、無かった、から。
「でも」
兄の手が、俺の手を握っている兄の手が、いつの間にか優しく俺の手を撫でていた。温かみのある手は、命のぬくもり。
兄は、言った。
「火が見えたんだ」
と。
「俺の目線より高い位置に、燃え上がる温かい炎が見えたんだ。手をかざすと、すっげぇ温かくてさ…なんか、何か凍っていたものが溶けて、柔らかくなって、心地よくなってさあ」
あの炎がお前だって、わかったんだよ。
「え、俺?」
兄の言葉に、俺は驚きの言葉を口にする。
でも、兄は「そう」って言うんだ。「お前の”燈”って漢字は、燃え上がる炎って意味なんだよ。…うん、そう思った。お前は俺を温めて、俺の行く道を教えてくれた。名前の通りだなって、目が覚めた時に思ったんだよ」
「お前は、俺の”あかり”なんだな、て」
ともしびって言葉あるだろ?
”燈火”とも書けるけど。
俺はさあ、お前の燈は、照らすだけじゃなくて、温めてくれるって思ってるんだよ。
あの時。
眠り続ける兄の手の冷たさが怖くて、ずっと握り続けていた時。
俺の手で兄ちゃんが温まっていたなんて。
俺の温もりで、帰ってきてくれたなんて。
だから、俺は”燈”で良かったと思えるようになったんだ。
☆
「……ま、カリンのはちみつ漬けが好きだからですかね」
適当な言葉を音声データに乗せれば、チャット欄が先ほどよりも早く流れ出す。
”先月はカリンのど飴からとったって言ってたじゃん”
”カリン酒が好きだとも言ってたよ!”
言われるたびに返していた適当な言い訳が流れて、ちょっと楽しくなってしまった。カリンのはちみつ漬けが好きなのは事実だけど。
そんな中、流れた一文。
”お兄さんにそう呼ばれていたんでしょ!”
「いやー兄貴に呼ばれたことはないかなあ」
楽しくなって、ついついそう答えてしまった。
一気にわきあがる、チャット欄。
楽しいひと時。ゲーム実況者をしていて良かったな、と思うのと同時に、この楽しさを兄ちゃんと一緒に分け合えればと思っている。兄ちゃんと、一緒に、こんなに楽しいことがあるんだよってことを、伝えたいと思っているのだけど。
今年の兄ちゃんからのクリスマスプレゼントは、かりんのはちみつ漬けだった。俺は思わず吹き出してしまったのだった。
2023.12.22
大好きな兄貴と動画配信者になる方法 眼鏡のれんず @ren_cow77
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