秋中琢兎

 今日はやたらと冷える。


 街ではコスプレなどをして「トリックオアトリート」と騒ぎ立てているが、俺は大嫌いだ。俺のこの季節に対する感情が、たった一晩で無関心から憎悪に変わった。



 俺と彼女は、大学の時に出会っていたらしい。

 らしい、というのは、俺と彼女は在学中同じ小説同好会に所属していたが、実をいうと、俺たちはまったく話したことがなかった。

 だが、春の木漏れ日のようなやわらかい彼女の横顔に俺はいつのまにか惚れていた。


 付き合う前、彼女が実は心の病で不安定になることがあると聞かされた時は、少しだけ驚いたが、愛の力さえあればそんなものは関係ないと言い返したことがある。


 どうせ数十年立てばお互いジジババになって子供や孫に世話になる、と軽口をたたいた後、彼女の新雪のような白い手を握り「俺がつらいときは、亜希が助けてくれ。亜希がつらいときは俺が助けてやる。」


 そういってかっこつけた。


 その言葉に彼女は涙を流し、「よろしくおねがいします」と言葉を発した。


 それから3回季節が廻った。


 夏が終わりを迎え、次の冬、クリスマスが訪れた時に高級レストランでサプライズプロポーズを考えていた。シャンパンの中に指輪。いや、ベタすぎる。急にみんなが歌いだす。いや、これは正直ドン引きするという内容をSNSで見かけたことがある。100以上いいねが付いていたことからほぼ事実なんだろう。


 ふと、涙を流す。

 こんなことをいまさら考えても無駄だ。

 彼女は昨日の夜、自殺した。


 そして俺も今とあるビルの屋上に足をかけている。

 冬が待ち遠しかった俺自身を殺すために。

 彼女が勇気を出して助けを求めていたことに気づいてやれなかった馬鹿な俺を殺すために。


 今思えば彼女の顔はかなり追い詰められていたような気がする。


「ねぇ、あきがなくなったらどうおもう?」


 クリスマスに行うプロポーズが待ちきれない俺は笑顔で答えた。


「う れ し い」


 俺はこの季節が大嫌いだ。


 待ちゆく人々が叫んでいる。

 トリックオアトリート。


 人が落ちてきたらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋中琢兎 @akinaka_takuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ