第3話 転機

 そして花見は始まった。

 5人はしばらく他愛もない話をしたり、飲み食いしたりする。

 なんだか昔みたいと白川は嬉しく思った。川崎もまた、招かれるままにここに来たが、来て良かったと思っていた。


 だが、その裏でいよいよ郡司は計画を開始させた。すると、まずは立花が立ち上がり急に焦ったように言う。


「やべ、ちょっと俺トイレ。ちょ探しに行ってくる!」


 立花は決めていたセリフを言い、走っていった。


 郡司の計画はこうだ。

 まず立花にトイレを探しに行かせる。だがここにトイレはない。そこで立花は見つからないと帰ってきて川崎を連れてもう一度探しに行く。その間に郡司と長岡で白川を拘束する。そして頃合いになったら立花が川崎を連れて戻ってきて、交渉が開始されるというものだ。

 この計画の実行にあたり、前提条件として人目につかない場所が必要があったが、それは危険区域指定されたこの場所を選び、立ち入り禁止の看板を事前に撤去しておくことでクリアしてある。


 案の定しばらくすると立花は帰ってきた。そして上手く川崎を連れ出すと「じゃあもっかい行ってくるわ」と離れていった。


「トイレ大丈夫かな立花」

「まあ大丈夫だろ」


 白川は問いかけるも長岡の気の抜けた返事にどうでも良くなり、話題を変える。


「でもさー、この花見に関しては結構感謝してるんだよね。また昔みたいに話せると思ってなかったからさ」

「そうか」


 白川は手をつき、澄んだ空を見上げながら話す。


「あんたから誘われた時は何かあるかと疑ったけど、疑ぐり損だったなんて。ずいぶん大人になったのね」

「まあな」


 白川は郡司の手応えのない返事に違和感を覚えるも気分が良いのでそのまま続ける。実際、郡司はロープ探しに気を取られていた。


「へー、ここで反論してこないのは本当に大人になったのかもね。前だったらお前の方が子供だろとか言ってき──うぐっ」


 いきなり口にタオルを突っ込まれる。驚く間もなく体も取り押さえられた。上を見ると口角を上げた郡司がいる。


「よく喋るなこの女は。縛っておけ」

「うーす」


 郡司の命令を受けた長岡はロープで白川の体を縛り、動けなくするとシートの上に転がした。


「浅慮な子供は惨めだな。俺たちがただ花見に来たと?」


 白川はそういう所が子供なんだよと思ったが、口にタオルを入れられているので声は出せない。さらに動いてみるも拘束も解けそうにない。


「お前は交渉材料に過ぎない。暴れるだけ疲れるだけだ」


 白川はそれを聞き、実際動いても解けなかったこともあり、暴れるのをやめた。そして目線で郡司に喋らせろと訴える。


「喋らせてほしいか?」


 白川は頷く。長岡は郡司に許可を取ると、大声出すなよと念押ししてタオルを外す。


「ぷはっ、あんた達こんなことして何が目的?」

「川崎を操縦士に戻す」

「それなの? こんなので川崎が戻ると思う?」

「思いは関係ない。させるだけだ」

「じゃあそこまでして川崎にこだわる意味って何? 正直あんたの実力があって川崎に固執する必要ないと思うけど」

「ふ、暇だし教えてやる。俺は明確にあいつを越さないと納得できないんだ。あいつは昔最強と言われてた。が、操縦士から逃げた。一番強いやつに逃げる資格はない。だからもう一度舞台に上がらせて叩き潰す。そうして俺の一番が証明される」

「それって自分に自信がないだけでしょ」

「違うな。俺は川崎より弱いなどとは思わないが、客観的な結果によってそれを証明したいだけだ」


 白川は話が平行線になると分かり、口を閉ざした。先ほどまで抱いていたプラスの感情はなく、郡司への呆れと川崎はどうするだろうかという思いに変わっていた。


 白川も当初は川崎が操縦士に戻ることを望んでいたが、今日のひとときは楽しく過ごせたので、別に川崎が操縦士に戻る必要はないと感じた。川崎がどんな選択をしようと、郡司が態度を改めない限り昔のような関係になることはないと、白川は確信した。


 その時、遠くから立花の声が聞こえてきた。


「おーい、トイレなかったぞぉー!」


 合図を受け、立花が川崎を連れて戻ってきたのだ。

 その声を聞くと、郡司はコートから小さな青い箱を取り出し白川の方に投げた。それは白川の体に触れた途端、瞬間的に膨張し、白川の体を直方体の内部に収容するようにしてそこに落ち着いた。

 セーフティボックスと呼ばれるその青い箱は外敵から対象を守る目的で生み出された道具で、対象に触れると対象を直方体の中に収容し、使用者がパスワードを音声入力するか、使用から4時間が経過するまでは絶対に開かず、どんな攻撃にも耐えると言う作りになっている。


「さぁ、これで準備は整った」


 そう言うと郡司は口角を上げた。そして訪れた沈黙は嵐の前の静けさのようだった。

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