第2話 悪夢

 ツーツーツー……。


ノイズ混じりの機械音から警告を知らせる司令部の声が聞こえる。


『川崎!! 何やってる川崎! 戻れ!!』

操縦桿そうじゅうかんが壊れている! 機体が動かない!!』


 機体内から応答する切迫した声。

 敵を眼前にしてコントロールを失った機体は敵へと吸い込まれるように動く。もはや退くことも叶わぬ距離に至ったとき、戦うことを覚悟するも、どれだけ操縦桿を動かしたところで無慈悲にも機体は動かない。


『川崎! 川崎!!!』

『ぐああああああッ――』


 そこで、ハッと川崎は目を覚まし、これが夢だと気付く。背中にはぐっしょりと汗をかいている。悪夢を見るのはこれが初めてではない。何か嫌な予感がした。だが、予感で約束を破るわけにはいかない。気の所為だと思い、準備を済ませると、白川との約束の場所へと向かった。






「また嫌な夢を見たの?」

「うん。今でもたまにね」

「そっか……お父さんの事故だもん、忘れられるわけないよね」

「そうだね。切り替えなきゃとは思うけど、僕が整備士を目指す理由でもあるから」

「整備不良だったんだっけ」

「そう、不運な事故だよ」


 川崎は父を整備不良の事故で亡くしている。しかもそれは川崎が戦闘の見学をしていた日であった。川崎はあの時の父の絶叫を忘れたことはない。


「そうだね、でも、今日は楽しもう、せっかくの花見だし!」

「そうだね」


 白川は努めて明るく言う。郡司と仲直りさせるのが真の目的ではあるものの、訓練に明け暮れる川崎に息抜きして欲しいという思いもあるのだ。


「にしても、よくOKしてくれたね。郡司とはあんまり関わりたくないと思ってたからさ」

「んー、向こうはどうかはわからないけど、僕としては別に郡司が嫌いなわけじゃないからね。ただちょっと厄介なだけで」

「ふーん、意外とそういう感じなんだ」

「それに、白川の誘いだったら断るわけないよ」

「もう、そうやってすぐからかうんだから」


 白川は少し頬を染めながら怒ったふりをする。


「はは、ごめん、からかったつもりはないんだけど。本当に白川からの誘いならどこでも行くよ」

「もうやめて!」


 白川の顔はさらに赤くなった。

 2人は幼い頃から一緒だったこともあり、いつしかお互いを意識していた。だが、お互いあと一歩が踏み出せずにいるもどかしい関係にあった。


「よぉ、朝から見せつけてくれるな猿ども」


 そんな2人に後ろから声をかけたのはベージュのロングコートに身を包んだ郡司だった。お決まりのように立花と長岡も一緒だ。


「ほんと2人とも仲良いよなー」

「うちの郡司ちゃんが嫉妬しちゃうんだからやめてよね!」

「黙れ立花」


 そんなやり取りをしながら近づいて来る。


「これで全員揃ったな。じゃあ行くぞ」


 郡司の声掛けで5人は出発した。





 ぼちぼち会話をしながら移動を続け、1時間ほど歩いた頃、郡司が呼びかける。


「そろそろ着くぞ」


 ここまでの道のりを思い出しながら、みんなはラストスパートとばかりに足を動かした。


「おお! やっと着いた!」

「すげぇッ! 絶景じゃねーか!」


 目的地に着くと立花と長岡が真っ先に声をあげる。

 そこは崖のようになっていて真下には平原が広がっている。そしてそこには、無数の桜が満開に咲いていた。淵に立つと絨毯のような桜を上から眺めることが出来る。

 川崎もこの絶景に声が出せないでいた。隣では白川も息を呑んでいる。


「どうだ、花見には絶景の場所だろ?」


 みんなの反応が良かったので郡司は自慢げに言う。


 ここならみんなで話して仲直りできるかもしれないと白川は思った。みんなの心のわだかまりが桜の綺麗さによって浄化されるかもしれないと。


 その一方で郡司は油断しきった川崎と白川の表情を見て内心ほくそ笑んでいた。


 だが、油断していたのは郡司達3人もであった。計画が順調に進んでいると言う余裕がそうさせたのか。


 ここが危険区域だと3人は知っていたはずなのに。

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