かつて最強と呼ばれた操縦士とリュウに攫われた姫

和泉

第1話 嚆矢

 ──2XXX年。


 地球は宇宙より飛来した宇宙生命体による攻撃により混乱を極めた。人類は人型の戦闘機を造り激しく抵抗するも、版図の半分を奪われ、200年経った今も奪還のため動いている。

 そんな日常が定着した日本で、川崎翼は生まれた。







 カンカンカン──。

 作業場には金属のぶつかり合う甲高い音が響き渡っていた。装甲の強度チェックの練習だ。訓練生たちは列になって、眼前の金属板を指示に従って叩き、その音の高低を確かめている。


「訓練だからといって手は抜くなッ! 真剣に手を動かせ!」


 いつも作業の最中はこのように訓練教官の怒号が響く。訓練生たちはその声を聞き、一層叩く手に力を込める。


 川崎も訓練生の一人としてこの列の中にいた。川崎は1つのミスもしないようにと、誰よりも熱心に訓練に取り組んでいる。

 

 真剣に訓練を受けている川崎にとって時間が経つのはあっという間だ。


「終了ッ! 各自片付けを済ませ解散!」


 教官の掛け声によって午後7時には訓練は終わり、訓練生達はぞろぞろと寮に戻る。川崎も列に混ざって寮へと向かった。


 しかし、その途中で川崎は厄介な相手を見つけた。


 郡司尊人ぐんじ たかと


 整備科の川崎とは所属科の異なる操縦科の訓練生だ。操縦技術や容姿がトップクラスに良く訓練生の中で憧れの存在となっているが、高慢な性格も目立ち、中には苦手とする訓練生もいた。


「訓練は順調か? 川崎」


 郡司は川崎の顔を見るなり、ニヤつきながら話しかけた。本題の前にちょっかいをかけており、後ろには取り巻きの男2人を連れている。


 普段、所属科をまたいで訓練生が話すのは稀だ。だが、川崎に郡司が話しかけることはしばしばあった。


「順調だよ」

「ハッ、じゃなきゃ困るんだよ、整備不良でもされちゃどんなに腕が良くても死んじまうんだからな」

「戦わねーんだからせめてそんぐらいはしてくれよ」


 郡司と後ろの男が半笑いで言う。


「用がないなら僕はもう行くね」


 だが、それに対し川崎は真面目に取り合おうとしない。さっさと立ち去ろうとする川崎に郡司は怒ったように声をかけ、本題に入る。


「おい、今度の新人戦出ないつもりか」

「僕は整備科だよ」

「本気か?」


 郡司は苛立ちながら聞いた。今度の新人戦は、操縦士になるための最後の試験だ。裏を返せばこの新人戦に出なければ、今後操縦士になることはできない。川崎の操縦士としての実力を知っている郡司にとって、その選択は許しがたかった。


「本気だよ」


 だが、川崎は迷わずにそう答える。

 

「……チッ、行くぞ」


 その目を見てこれ以上話しても成果はないと思うと、郡司は踵を返し寮へ帰った。川崎も自分の寮へと向かい、一連の出来事は終わった。2人のやりとりを囲むように見ていた訓練生たちも解散して自らの寮へと帰っていく。


 川崎は寮棟に着くと自室に真っ直ぐ向かった。開けると、川崎の帰りを待っていた女の子の声がする。


「おつかれ、今日もあいつに絡まれたの?」


 川崎と同い年で操縦科の白川和霞しらかわ かすみだ。部屋のベッドに座っている。


「おつかれ、まあね」


 川崎は自室に白川がいることに慣れているので動じずに答える。

 2人は同い年の中でも古くから訓練生にいる古株であり、特別仲が良かった。その他には郡司やその連れの男2人も同じく古株で、昔は5人でつるんでいたのだ。だが、ある事件をきっかけに川崎は整備科へと転科し、それを機に郡司と決別してしまった。それはとても不運な出来事だった。


「郡司も懲りないね。最近ますます偉そうにしてるし、昔はあんなんじゃなかったのになー」


 白川は呆れたように言う。一緒に操縦訓練を受けている分、郡司の行動は白川の方がよく分かっている。


「それでも、僕の気持ちは変わらないよ。もう操縦士になる気はないんだ」


 川崎は道具をカチャカチャと壁にかけて片付けながら返事をする。


「で、今日は何か用があるの?」


 片付けが終わり川崎が聞くと、白川は待ってましたとばかりに話した。


「そうそう! 今日は今度の休みについて聞きたくて」

「と言うと?」

「今度の休みにまたあの5人で久しぶりに集まって、花見でもって話になったんだけど、どう?」


 あの5人とは、川崎、白川、郡司、そして取り巻きの立花と長岡を加えた5人のことだ。


「久しぶりにか。郡司が何を考えているか知らないけど、せっかく誘ってくれたなら行こうかな」


 川崎が頷くと白川はほっとして笑顔を見せた。


「じゃあ、私はこれで行くね。詳細はまた今度!」

「うん、じゃあね」


 白川は部屋を出ると、誘いが成功したことを嬉しく思いながら自身の寮へと向かいつつ、ある人物に電話をかけた。


「あ、もしもし郡司?」


 その人物とは花見の開催者であり、川崎を誘うように白川に言った郡司だった。


『なんだ?』

「花見に誘う計画、成功したよ。来るって」

『そうか、よくやった』

「ほんと偉そうでムカつくけど、今回だけは乗ってあげる。絶対に上手くやってよね」

『当たり前だ。偉そうにするなよ』

「はいはい。じゃあ切るわ、おつかれ」


 そう言うと白川は電話を切り、嫌な仕事を終えてスッキリというような顔で寮へと向かった。郡司は嫌いではないが、やはりその態度には嫌気がさすのだ。


 そしてこの報告を受け、郡司側でも白川の知らない本当の計画が動き出す。

 だが、白川も馬鹿ではない。郡司がただ花見を開催するだけとは思っていなかった。だが、それでも郡司の一番の目的は川崎を操縦士に戻したいという思いだと確信し、自らもそれに乗ることにした。白川は、ただ昔のように5人で仲良くしたいだけなのだが、そのためには川崎が操縦士に戻ることが必要だと考えたのだ。最終目標は違えど、川崎を操縦士に戻したいという思いは共通したので計画に乗ったのである。

 一方、郡司は直近に新人戦を控え、これが川崎を操縦士に戻せるラストチャンスだと焦っていた。だからこそ、白川が想定しているよりも強硬な手段に走ろうとしていた。

 郡司は電話を切り、信頼のおける仲間である立花と長岡に話しかける。


「聞け。川崎が来ると連絡があった。この計画を本格的に詰めるぞ」

「おお、んで具体的には何をするんだ?」

「簡単なことだ。白川を使脅す」


 こうして何やら不穏なことが始まろうとしていた。

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