もしかしたら鍵

きみどり

もしかしたら鍵

「ビールの王冠のギザギザって21個なんだって。知ってた?」

「んー。どうでもいいわ」

 にべもない返事に気を悪くすることなく、その男性〈しぃちゃん〉はウキウキと席に戻った。手にはたった今冷蔵庫から出したばかりのコロナビールが握られている。


 栓抜きを引っ掛けると、小気味いい音がして王冠が外れた。


「ほら。いち、にー、さん、しー……あれ、おかしいなぁ。35個ある」

「酔ってんの?」


 まー、いっかー。とニコニコしながら直飲みするしぃちゃん。爽快感が舌から喉へと一気に駆けおり、キーンと腹部が冷えた。

「ッカァー! んまいな~ぁ。アルコールと言えば、やっぱりコロナだな~ぁ」

「のわりには、ライム入れないじゃん」

「いーの、いーの」

「てか、よくそんな飲みごたえないビールで満足できるよね」

「マナちゃ~ん。水みたいにうっすいのがコロナの良いところだよぉ?」


 褒めているけど貶しているしぃちゃんを無視して、向かいに座る女性〈マナちゃん〉は、グラスに注がれた赤ワインに何やら金属片を浸した。


 きっかり1秒。

 金属片を脇に置くとステムを掴み、鋭い目つきで濃い赤を見つめる。

 まず香りを楽しみ、それから一口。

 舌にどっしりとのる渋みとフルーティーな酸味を味わいつつ喉へと送れば、芳醇でいてほんのりスパイシーの潜む余韻が鼻腔へと膨らんだ。


「…………良い」


 長い沈黙の後、マナちゃんは大きく頷いた。


「好きだねぇ。鉄玉子」

「違うわ。ワインの鍵クレデュヴァンだわ」


 キッと睨まれ、しぃちゃんはヘラヘラしながらからになったグラスにワインを注いであげた。


「これはワインの熟成を進めるアイテムなの。南部鉄器じゃないの」

「そんな、ちょんってしただけで変わるもんかね、味」

「いいの。ワインはね、温度やグラスの形、合わせる食事とか、いろんなものに影響されるの。私は同じワインを色んな条件で味わい尽くしたいの。時に繊細に、時に大胆に変身したりしなかったりする様を見たいの。全ての顔を知りたいの!」

「怖っ」


 水ビールをガバガバ飲むしぃちゃんにはわかんない、と頬を膨らませる。

 マナちゃんにとってのお酒とは、怒り肩のボトルに入ったアルコール度数15%前後の赤ワインである。ボルドー産のタンニンがしっかりと舌を刺すフルボディこそが至高なのである。

 対して、コロナビールはアルコール度数4.5%。炭酸を含み、苦味は少なく、スッキリとしていて飲みやすい。

 1本の赤ワインをいじり倒すマナちゃんと、コロナビールを雑に楽しむしぃちゃんが同じ方を向く日などやって来ないのである。


 ガーガーお互いに好き勝手しゃべって、好きなだけ酒を飲む。そのうちに満足して、2人は「さて」と声をそろえた。

「飲んだらアレが食べたくなってきた」

「だよね、アレ」

「マナちゃん、種類どれにする?」

「は? カレー1択でしょ。カップヌードルといったらカレーでしょ!」

「だよねー!」

 スキップで台所に向かったしぃちゃんが、カップ麺コーナーを開ける。そこには18種類のカップヌードルが並んでいるが、お酒を飲んだ後に2人がなぜだか決まって食べたくなるのはカップヌードルカレーである。


 お湯が沸くのが待ち遠しい。

 同じにおい、同じ味を思い浮かべながら、2人はジュルリと同じ幸せに胸を躍らせる。

 お酒の好みはバラバラだけれど、食後のカップヌードルはしっかり同じ方を向ける。そんないい感じに凸凹な2人なのであった。

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もしかしたら鍵 きみどり @kimid0r1

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