第42話 ◇失わない力

「開花祭か……」


 俺は自室の窓から夜空をボーッと眺めながら、時の流れに浸っている。転生してからの俺は何かの節目がある度に、ローグの体でこの夜空を見てきた。


 12歳の誕生日。

 それが今回の節目だった。


 このまま眠って体を切り替えれば、ゼクスの誕生日へと切り替わる。


 結局、ゼクスの体ではスキルの自然開花を成功させる事はなかった。だから、ゼクスは開花の儀による強制開花でスキルを目覚めさせる事となった。


「果たしてスキルを得られるのだろうか……得られるのなら、少しでも強くなりたい」


 ゼクスのスキル開花に対する好奇心はあるものの、これまでを振り返ると期待はない。


 だから、望む事は。


 ゼクスの体がスキルを得られ、ローグの俺を少しでも強くしてくれる事だけだ。


 もう、二度と負けられないから。


 10歳の冬。

 俺は第六鬼門で虎熊童子と戦い、何もできずに敗れて意識を手放した。


 その後、俺がこの部屋で目を覚ますと全身の痛みと共に、敗戦の記憶が不自然に二度も蘇ってきた。

 それと同時に俺はベッドから飛び起き、痛みを無視して走り出した。


「か、母さんッ!!?」


「ローグッ! 落ち着け。母さんは大丈夫だからこっちで話をしよう」


 死んだはずの俺が生きている。


 その事から母さんが俺の為に、何かをしたのだとわかった。だから、俺は母さんを求めて走り出した。


 寝室で眠る母さんの姿を見つけると、俺は叫ばずにはいられなかった。父さんはそんな慌てふためく俺を寝室の外へと出し、事の経緯を順に話し始めた。


 内容としては。


 母さんの容態と技能についてから始まり、虎熊童子に敗れたあとの事まで。


 その中で。


 俺が一番気にしていた母さんの容態については大丈夫だったけど、数日間は目を覚ますことはないと父さんから言われた。


 俺は母さんが数日後に目を覚ますことに安堵しながらも、虎熊童子へと挑んだことを強く後悔した。

 そんな気持ちから父さんへと問いかけた。



「母さんが苦しくて辛い思いをするくらいなら止めて欲しかったよ」


「あぁ、そうだ。もう二度とこんな事があってはならないんだ。ローグは今、すごく辛いだろ? 父さんも過去に一度その辛さを味わったからわかるんだ」


「じゃあ、どうして父さんは母さんのために止めてくれなかったんだよ」


「そんなのは決まっているだろ……父さんも母さんも絶対にローグを失いたくないんだ。父さんも過去に強さを求めていたから分かるんだ。こういった経験がなければ止まることができないんだよ」


「そうだね、家族を失うのは耐えられない」



 父さんから失いたくないという言葉を聞いて、俺の取り乱した心は徐々に冷静さを取り戻していった。


 家族を失いたくない。

 その気持ちは同じなのに。


 俺は自分が家族を失う事ばかりを考えて、両親や妹の立場になって考えることが足りなかった。


 自分が強くなれば、家族を守れる。

 そうなれば、失わずに済む。


 そんな俺の原動力には、家族も同じように俺の事を心配してくれている、という理解が足りていなかった。



「父さんも母さんも強くなるのを諦めろとまでは言わない。だけど、たった一つの命なんだ。失えば……もう二度と戻ってこないんだよ。だから、ローグには命の重さをわかって欲しかったんだ」


「……」


「そうならない為にも、苦渋の決断で今回の戦いを許可したんだ。ローグがこのまま成長していけば、いずれは父さんを越えていくだろう。そうなれば、父さんも母さんもローグを助けてやることはできないんだ」



 俺が助かったのは母さんの技能と父さんの力があったから可能となった。まず、母さんの技能は俺のできる事の中から最高の結果を選び出し入れ替える事。


 つまり、母さんの凄い技能でも俺ができない事を選び出すことは不可能だ。そういった理由から父さんが手合わせで確かめていたのは、俺が虎熊童子の一撃を耐えるだけの能力を有しているのか。


 俺が一撃でも耐えることができるのなら、父さんには助け出す自信があったからだ。


 だから、父さんの理想としては母さんの技能に頼ることなく、俺が虎熊童子の拳を剣で受け止めて敗れる事を望んでいたのだ。


 その上で、命の大切さを教えたかった。


 けど、それが不可能に近いとわかっていたからこそ、今回限りで俺に命の大切さを教える為に母さんの力を頼った。


 それは俺と同じように。

 家族を失いたくない。

 そんな強い気持ちからだった



「だから、もう二度と負けるなよ。その自信がローグになければ、これ以上先に進むことは家族として許可できないからな」


「もう、負けないから――絶対に」



 父さんから話を聞いた三日後。

 眠っていた母さんが目を覚ました。



「という訳でローちゃんごめんね」


「悪いのは母さんじゃないよ。二人の気持ちは今回で痛いほどわかったから安心してよ。それに負けない自信がなければ三年後も進まないから」


 目覚めた母さんは、自分の力で起き上がることも出来ない状態なのに、自分の事よりも俺の事を考えていた。


 母さんが謝っていたのは、三年後まで虎熊童子と戦うことが許可できないからだ。


 それは俺がまた虎熊童子に敗れた時の事を考えてだった。死の運命すらも変えたあの力には、三年分もの祈りが込められていた。


 だから、母さんは祈りの力が貯まるまでは許可できない、と。


 その話を母さんから聞かされた俺は。


 もう二度と、そんな力は使わせない。


 という想いを抱きながら、今後は何があっても負けないと強く決意した。



 あれから一年半以上の時が流れた今でも、その気持ちはまったく変わっていない。


 だから、俺は負けない力を得る為に第五鬼門で五蓋鬼を狩り続けている。


 俺は虎熊童子に敗れ、母さんが俺の為に払った犠牲を知ったあと。


 負けない力が欲しい、と。

 死鬼霊剣に強く訴えかけ渇望した。


 すると、剣技同身の条件を教えてくれた時と同じように導かれた。


 五蓋鬼を狩れ、と。


 だから、俺は新たな力が手に入るまで五蓋鬼を狩り続けると決心した。


 俺が家族失わない為に、そして何よりも大切な家族を悲しませない為にだ。


 俺は前世で人生を一度諦め。

 一日も早く死して〝無〟になりたい、と。

 心の底から思っていた。


 それが今世でローグの温かい家族に出会ったことで変わった。


 今では〝生きたい〟と思えるようになったし〝死にたくない〟と心の底から思えるようになった。


 だから、俺は渇望する。

 この温かい家族と自分を失わない。

 絶対的な力を。



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ブラック転生〜貴族と村人2つの体から始まる異世界物語 鴉ノ龍 @7kaku2022

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