第13話一時の安らぎ

「平和だなぁ」

桜が咲いて、はたまた散って、春を現すこの日頃。

光射す外を窓越しにして、室内の微睡みで午後を跨ぐ。

触れ合うその手は暖かくて、柔らかい感触に人肌を感じる。

溶ける意識は首を巡らせ、瞼を閉じて落ちようとしていたが……突如、バネのように起き上がった。

「痛っ」

顔面を濡らす、法力の水。

目が覚めるようなその衝撃に、失態を悟って手の先を見た。

「……」

無言。ただ、無言である。

こちらを冷めた目で見つめるのは、氷の女柊雪穂だ。

今は空いた時間を利用して、彼女と雷の特訓中である。

「すいません、眠りかけてました。ゴメンなさい」

「昼寝がしたいなら他所へ行きなさい。人を付き合わせておいて、やる気が無いなんて舐めてるのかしら?」

「ホントすいません……集中します。そうだ、雪穂さん。テレビ見ましたか?何でも今年は桜が見頃らしいですよ?ウチの町でも、公園が花見客で賑わってるとか」

「そう」

「……はい。あの、ご飯とかどうしてます?オレってば最近はレトルトが多くて。自炊しないとな~とは思ってるんですけど、一人だとやっぱ手抜いちゃうんですよね。雪穂さんはその辺りどうしてますか?やっぱりついつい冷食に手を伸ばしたり?」

「普通よ。どうもしないわ」

「……ですよねー。知ってました、はい」

柊雪穂に社交性は無い。

いや、厳密にはあるのかもしれないが、オレには見せてくれないが正解だろう。

彼女と常識的なやり取りが成立すると考えてはいけない。

世間話なんて以ての外だ。

何処までもクールに、ビジネスライクに。

必要な話だけを振らねばならない。

「じゃあ真面目な話ですけど、例の蔵から出た遺品ってどうなりました?出所とかそろそろ割れる頃ですよね?」

「貴方が態々知る必要は無いでしょう。既に担当は引き継いでいるのだから」

「後学のために聞いておきたいんですよ。巻き込まれたのがたまたま一般人でしたが、外法師が絡む可能性もあります。この町で起きるとは考えにくいですが、今回みたいなケースは否定できません。B級に上がれば、出張もあるでしょうし、今の内に知れるだけ知っておきたいんです」

「はぁ。相変わらず面倒臭い子ね」

しょうがなそうに、ダルそうに。

まったくもって遺憾とばかりに、それでも彼女は話してくれた。

氷の女の氷解は慈悲で、ぬるま湯のように優しく溢れ出す。

「例の壺の買い手は分かったわ。子供の方は白だったけど、お爺さんの方はそうとはいかないようね」

「って事はもしかして……外法師組織と繋がりがあった?」

「恐らくね。この町でそれらしい活動はないけれど、金銭面での援助なら可能でしょう。それなりに裕福な家のようだし、趣味が高じた骨董品集めが、犯罪の領域へ踏み込んだのでしょうね」

「けど、あくまで霊能者ですよね?使えもしない道具のために、リスクを冒すでしょうか?」

「斬らない刀剣を、眺める好事家は居るわ。所有欲を満たすためなら、何にだって手を染める。それが魔具であれ、呪具であれ同じことね」

「そういうもんですか……とはいえ、呪具の性能はお粗末でしたよね?アレが一流の品質だったら、オレ程度が相手できたとは思えません」

「性能よりも性質に意味があるのよ。アレはそういう発想から出た試作品。価値の分からない好事家には、宝物のように見えたでしょうね」

「性質……一般人でも扱えること?いや、呪具は核石と一体だった。アレを触媒にするなら……卵?」

少なくとも、心臓にのみ瘴気を纏っていたということは、アレの本体は卵型をしていた。

刀ではなく、鎧でもなく、卵の形にした意図があるとしたら。

「術者を零落させ、宿した妖力から妖魔を生み出し、使役する。アレは陰陽師の秘術のようなものよ」

「そんな事が……いや、あるのか。現に落ち武者を召喚してる。宿したのが一般人であの程度なら、術師が宿せば下手すればA級に……」

「そう簡単な話でもないのだけれどね。貴方が相手した落ち武者のように、下位の個体では割に合わない。強い個体を求めれば求める程、相応のリスクと、霊力が要るわ。術者の腕さえ伴うのなら、他に方法がいくらでもある筈よ」

「となると、それが必要になるのはやっぱり発症していない一般人ですかね。確か術師を神の使徒と崇めて、自らも成り上がろうとする宗教組織があった筈。あれはそういう奴らへの商品でしょうか?一般人でも上手くすれば、発症できる上に妖霊式を得られる。けど、寿命がそうは残らないんじゃ……自爆テロでも起こすとか?」

「頭の回りは悪くないけれど、発想が飛躍的過ぎるわね。もう少し地に足着けて思考しなさい。何でもかんでも陰謀論じゃ語れないわ」

言われてみればさもありなんだ。

現実にそこまで短絡的に、自爆テロを起こす奴は少ないだろう。

となればもう少し計画的な犯行で、起こりえる可能性は如何なものか。

「地に足を……現実にありそうなラインは、一般人のスポンサーと退魔師が組んでる構図でしょうか?優秀な道具を普及させるには、それを扱える技術師が要りますが、強い術師は数揃えられなくても、強い道具なら一人で揃えられる。それが陰陽師なら尚のこと。式の扱いから妖力の制御まで、一つの組織に一人居ればいい。確か陰陽師の不当な扱いを、向上させようとする働きがあった筈だ。表でそれってことは、裏はもっと過激なんじゃないですかね。実力でもって復讐しようとか、そういう事を考える気がします」

「そうね。彼らにとって卵は……式を生む鬼は、特別な意味を持つわ。かつて台頭した外法師組織は、鬼子母神としてその存在を祭り上げた……今問題になっているのは、その後継を名乗る賊よ。やっている事はただの連続殺人だけれど、それも母神に子を奉げているのだとしたら意味が変わってくるわ。生まれる鬼は力を増して、更なる鬼を生む礎となる。ねずみ算式に増えていくそれは、一人で一群の戦力と化す」

「本物なんですか?その後継者は。だとしたら法師局が過去に取り逃したことになる」

「さぁ?どうでしょうね。少なくとも、私はその情報を見たことがないわ。一流の陰陽師に関わる情報は、それ自体が一種のブラックボックスよ。御道であれば何か知っているでしょうけど、それもかなり上の人間に限られるでしょうね」

「何か雲の上みたいな話ですけど、現実に起こってるんですよね。この町でもそういう事は起こり得るのでしょうか?」

「大きい以外に旨味のない霊地に、早々意識を向けることはないでしょう。攻めるだけ無駄よ。そこまで彼らも暇ではないわ」

「ですか。ならいいんですが」

少なくとも当座の脅威に成り得ないなら、考えるだけ徒労と言うものだろう。

オレの仕事は霊地を守ることで、外法師を狩ることではないのだから。

「そういえば、雪穂さん鍋って好きですか?気温もそろそろ上がってきそうですし、冬収めに鍋でもしようかって話してるんですが、よかったら雪穂さんもご一緒しません?」

「行くと思うの?私が?」

「いえ、言ってみただけです。来てくれたら嬉しいかなーくらいで」

「春も真っ盛りに何を言っているのかしら。冬用の鍋なんてとっくに収めたわよ」

「ですよねー。まぁ、愛弟子たちと鍋突きたいだけなんですけどね!いやー、鍋って便利ですよねぇ。具材切って入れるだけでいいんだから。味は市販ので十分美味いし」

「無駄話をしている暇があるのなら、目の前の訓練に集中しなさい。やる気が無いのなら追い出すわよ?」

「さーせん。喋ったら眠気も覚めてきたんで、ここから寝た分巻き返します」

せっかく雪穂さんが協力してくれているのだ。

何も得ずに帰っては申し訳が立たない。

自然、彼女との波長へ集中し、出力を上げては落としてを繰り返す。

上下に振るように芯を揺らすことで、波を大きくして振り幅を上げる。

成果は上々。僅かだが煌めいた。

矢来を育てるために必要な適性だ。

師匠は怖いが、覚えるに限る。

そうして長い午後の時は過ぎ、鍋の準備へと意識を切り替える。

見据える先は週末の午後だ。

早くも意識は団欒へと向いていた。

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