第12話夜明け前の闘争

「はぁっ!」

気合い一閃。

迸る雷を己のものとしつつ、操るそれは全体強化。

宿した法力は身体を巡り、強化された肉体が力を振り絞る。

無論、限界はあるものの、込めた法力の量次第では、常人を越えた動きを可能にする。……しかしそれでも、確かな差はあった。

立ち合う音が涼やかなのは、相手の技量の為せる技だ。

矢来瞳と立ち合う彼は、その技を以って静寂を守っていた。

「動き粗いぞ~。もっと丁寧に鋭くだ。出力に任せ過ぎて細部の制御が甘い」

「くっ、この!」

「あと、すぐ自棄になるのも減点だな。それから――」

捌く彼もまた雷を宿し、同じ出力であるものの、流れるような動きの差異は、明確に出て余裕を表す。

そんな彼の背後に迫るのは、三発ほどの火球の群れだ。

さも当然というように、同じ火球で掻き消される。

「お前のそれは援護のつもりか?味方を巻き込みかねない攻撃は連携とは呼ばないぞ?」

「うっ、だって加減しながら撃つのって難しいんだもん!思いっきりドカーンとやるならともかくさぁ~!」

「無詠唱で三発同時に撃てるようになったのは褒めてやるが、まだまだ甘い。やるなら間合いが空いた隙に、四方八方の回避コース埋めるぐらいの気持ちでやれ。今のだとオレが避けたら矢来に当たる。それを考慮して加減してるんだろうけど、それじゃ援護の意味が無い。当たらないように全力で撃て」

「それタイミング難し過ぎない?」

「だからこその訓練だっての」

会話の最中も攻撃は続く。

正拳に裏拳、前蹴りからの回し蹴り。

スパートを掛けた連続攻撃はいとも容易く空を切らされ、一手も彼には届きやしない。

「お前も、いい加減触れるぐらいはしてみろよ。空振りしてるだけじゃ素振りと変わらんぞ」

「やってますよ!全力で!何で当たらないんですか!もう!」

「動きが直線的過ぎるんだよ。やることが大体初動で見えてる。何度も練習したんだろうが、お前が動きに慣れてるのと一緒で、相手も見れば何度かで慣れる。攻撃パターンを増やせ。連撃の組み立てもアドリブが足りない。そんなんじゃすぐバテて――」

途端、雷を宿していた彼の体が、右足一点に収束する。

それを見て取った瞬間にはもう、矢来瞳は回避を捨てた。


「――カウンターの餌食だ」


鋭く突き刺さるような膝蹴りは、全体強化で纏った雷を一点に収束させ、加速させたもの。

その一瞬だけは同出力の動きが、大幅に彼女を上回って放たれる。

彼の攻撃は確実に彼女を、捉えて離さない鋭さがあった。

「ぁっ?!」

「瞳さん!」

「水月」

援護を任された先輩のピンチに、後衛から急拵えの火球が放たれる。

しかし、それでも予定調和のように、水に裂かれて消火されていく。

どころか貫く刃の穂先が、赤上梨央へと迫りつつあった。

「わっ!?強化!」

しかし、そこは赤の色付きこと赤上梨央。

細かい制御が苦手な彼女は、その分瞬発力に優れるため、咄嗟の防御で急場を凌ぐ。

だが、そんな事は今まで彼女の、訓練を見てきた彼にはお見通しだ。

告げる言葉は端的に一言。

「油断」

「後ろ!?」

三日月のような連撃を防ぎ、意識が前屈みになった所で、隠形するように忍び寄る燕。

背後を突いたそれは細長く伸びて一つに連なり、縛り上げるように彼女を拘束した。

力が入れば力は抜ける。

攻撃に意識を割き、脱力した瞬間を狙った一撃は、弱まった火を巻き取って、簀巻き一丁の出来上がりだ。

新人二人は数秒と掛からず、一瞬の攻防で無力化された。

「っ」

「うえぇ、土舐めちゃったよぅ……ぺっ、ぺっ」

「ま、今日の所はこんなモンだろ。取り敢えずここまで、後は……っと、補修か?起き上がれるならやらんでもないが?」

言い終わる前に雷撃が飛ぶ。

それはか細く途切れ途切れの、しかしそれでも確かな反撃だ。

ちょちょ切れるような雷線を、部分強化した手で払う。

光は揺らぎ、揺蕩いながらも、辛うじて全体強化を保っていた。

「っ、もう、一本……!?」

膝に手を着き立ち上がる彼女に、突きつけられたのは先程と同じ蹴り。

今度は予備動作を見切ることすら叶わず、目の前で止まるそれに固まる。

「同じ技を二回も躱せなかった時点で不合格。今日の所はこれで終わりだな」

悔しそうに頭を垂れる彼女は、俯きながらも言葉を溢す。

「ありがとう、ございました」

「ん、お疲れさん。序盤の動きは悪くなかったぞ。ただ、スタミナが無さ過ぎだな。あと、体幹も鍛え直した方がいい。しばらくは山ダッシュ決定だ」

無慈悲に告げられる宣告にも、彼女は言葉を返せない。

自分の実力がそれ程までに稚拙なものだと、散々思い知った後だからだ。

「久先輩~。こっちもいい加減離してよぉ。力抜けてきて気持ち悪いってぇ」

「お前はそれくらい地力で何とかしろ。今日の課題はそこまでだ」

「えぇ!?ボクだけ続行!?何で!?」

「火の色付きが簡単に水にやられてんじゃねぇよ。時間掛かってもいいから抜け出せ。それとも氷結までやっといた方がいいか?」

「分かった!分かったから凍らせるのはタンマ!集中する!するから!ちょっと待ってやだぁ~!」

地味にチリチリと氷り出す側面に、焦りもがき、慌て出す梨央。

強化の練度が甘いとはいえ、彼女の火力なら抜けるのに五秒と掛からないだろう。

もちろん、本気で凍らせようと思えば、こちらが四秒ほど早い訳であるが。

「強化!赤ば「ちなみに羽の使用は禁止な。純粋に全体強化だけで抜けろよ。羽使うなら全力で凍らすから」うっ、こんのぉ~!」

全身の脱力への渾身の抗いは、赤くなったり青くなったり、斑になりつつ続いていく。

「さて、夜も明けるし、帰るか」

そんな感じでこんな風に、今日の訓練は終わるのだった。

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