第11話庇護者の使命
時は週末、日曜の昼。
蔵の掃除から一夜明けて、結局週末二日目の勤務。
矢来瞳と久世啓太は、仕事で住宅地を歩いていた。
辺りに広がるのは比較的裕福そうな一般家屋。
服装はシーツで、正装をピシャリと。
ネクタイが緩まぬよう締め直しながら、玄関の前で一息溢す。
「準備いいな?」
「はい。大丈夫です」
「まぁ、そう緊張するな。ただの家庭訪問だ。話聞くだけで、難しい事はないよ」
「その割には師匠も表情固いですが」
「まぁ、だらしない所は見せられないからな。普段の業務が人目につかないだけ、人前に出る態度は信用に関わる。何もしなくていいが、粗相も出来ん。支所を代表して来てる以上、余所行きの態度は取らないとな」
「益々緊張してきました……」
「大丈夫だから。ほれ、鳴らすぞ。覚悟決めろ。後目つき怖い」
「生まれつきですよ……頑張って解しますが」
眉間の皺と格闘する彼女を尻目に、インターホンを鳴らして応答を待つ。
やがてドタドタと走る音が聴こえて、扉を開ける音がガチャリと鳴った。
対応したのは妙齢の女性。
事前に訪問は伝えていたので、滞りなく話は進んでいく。
「こんにちは。以前にもお邪魔させて頂いた、久世啓太といいます。こっちは新しくこの土地の所属になりました、矢来瞳です」
「あらあら、新人さん?可愛いわねぇ。絵里と同い年くらいかしら?よろしくお願いしますね、矢来さん」
「はい!こちらこそお願いします!」
「それじゃあ、上がって。今お茶淹れるから」
「お構いなく。何事もなければ、すぐにお暇しますので」
「そう?せっかくだから寛いでいってくれてもいいのに」
微笑みを返しながら、彼女の後を歩くこと数歩。
居間へと通されて、座る彼女を見る。
「あ、絵里さん。お久しぶりです」
「あ、はい。お久しぶりです」
「絵里。お母さんお茶淹れてくるから、お二人の相手してあげてね?たまには自分から話さないとダメよ?」
「あ、うん。えっと、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。それでは、失礼します」
座布団へと着いて、姿勢を正し、ネクタイを意識して、話を切り出す。
「絵里さんには紹介がまだでしたね。ウチの新人の、矢来瞳です。確か同い年と窺ってますが」
「はい。同じクラスです」
「そうなんですか?では、何かあった時は矢来へと一報入れてくだされば、すぐに支所へ伝わりますので」
「よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「すいません、どうも初仕事に緊張してるみたいで。同じクラスという事ですが、学校では話しませんでしたか?」
「すいません。私人見知りしちゃって……友達もあんまり、多くないし」
「いえ、私から話しかけるべきでした。そうとは知らず、申し訳ありません」
「「……」」
「まぁ、せっかくの機会ですから。今後の付き合いに期待ということで」
いきなり二人で話すのは難しいか。
まぁ、それが本題ではないから仕方ない。
一先ずは話を進めるとしよう。
「それでは、本題に入りますが、その後、お体の調子はどうでしょうか?」
「……視えるのは、前より少なくなりました。触れてこられる事もないし、夢に出たりもしません。このネックレスが効いているんだと思います」
「それは何よりです。とはいえ、結びも完全という訳ではありません。もし、視えた時に付き纏われたり、何かしらの干渉をされた時は、遠慮なくこちらにご相談ください。すぐに除霊に伺いますので」
「ありがとうございます。その時はお願いします」
「はい。それでは、結びの補充をしたいので、手持ちのものを見せて頂けますか?」
「はい。お願いします」
そうして彼女が差し出したのは、髪飾り二つにネックレス二つ。
どれも彼女に支給された法具で、結びの中ではポピュラーなそれだ。
前に来たのが一月ほど前だから、そろそろ法力が心許なくなっている事だろう。
目配せをして、矢来に促す。
頷いたようで、手を乗せ引いた。
懐へ持ち込み、中心部へ手を翳す。
込められた法力は、無色の無属性。
その性質は、結合と乖離。
身に帯びた霊力の波長を安定させ、錯乱を防いで、外界と乖離する。
そうする事によって結びの使用者を、干渉する霊から守る役割を果たす。
一つ、二つ、三つ四つと。
それぞれに手に取り、法力を込める。
誰にでも出来る単純作業だが、初めてとなれば気負いもするだろう。
おっかなびっくり、ぎこちなく。
しかし、滞りなく済んだ所で、お茶を淹れた奥さんが戻ってきた。
「話は済んだかしら?絵里もちゃんと話した?」
「うん。特別何かあった訳じゃないから」
「そう。ならよかったわ。頂き物の和菓子なのよ。よかったら二人共摘まんでいって?」
「ありがとうございます。頂きます」
「召し上がれ」
「頂きます」
出された羊羹に、少しばかり口をつける。
恐らく隣りでも、味なんて分からないくらい緊張した矢来が、おぼつかない手先で平らげているだろう。
かくいうオレも味は分からない。
仕事中は味わう程余裕がないのだ。
「それにしても、二人とも若いのに術師なんて大変よねぇ。夜も寝れないんでしょう?」
「あぁ、いえ、シフトの日はそうですけど、その分学校の出席はある程度免除されていますので」
「それでもよ。働きながら通うなんて感心しちゃうわ。視えるってだけでもストレスになるのに」
それはそうだ。
人には視えないモノが視える。
人とは違う。ただそれだけで、排斥される理由にはなる。
だからこそ霊能者は視えることを隠し、結びという法具で半霊を遠ざける。
それでも完全とは言い難いため、こうして実地調査が必要な訳だが。
「いやぁ、霊能者の方々はそうかもしれませんが、霊能力者は半霊と接触しても特に怪我とかする程でもないので。蚊が飛んでたら叩くぐらいですよ」
「頼もしいわね。霊地ってそういうのがたくさん出るんでしょう?それこそ怪我なんて絶えないんじゃないかしら?」
「そこはまぁ、職業病ですから。多少のケガならすぐ治せますし」
「それじゃあ怪我しても次の日休めないんじゃない?」
「そうですね。怪我を理由に休むなら、よっぽどの大怪我じゃないと無理です」
「ブラックな職場ね。辞めたくならないの?」
「昇華を目指す以上は、前線に立たないといけませんから。寿命を待って震えるのも、それはそれで嫌ですし」
「そう……守ってもらっている身で言うのもなんだけど、無理しちゃダメよ?術師だなんだって言っても、まだ子供なんだから。甘えられる大人には甘えておきなさいな」
「お心遣い痛み入ります。これ、美味しいですね。ご馳走様でした」
「あら、よかったわ。新人さんもお口にあったかしら」
「あ、はいっ、美味しいです。ありがとうございます」
「それでは、結びの補充も済みましたので、そろそろお暇させて頂きます」
「あら、もう帰っちゃうの?もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「次の仕事がありますから。慌ただしくて申し訳ありません。そうだ、矢来。お前名刺渡してないだろ。槙坂さんに連絡先教えておかないと」
「あ、そうでした!……あの、これ私の支所携帯の番号とアドレスです。必要になったら、いつでも連絡してください」
「ありがとうございます」
「おし、んじゃ行くか」
「態々遠い所までありがとうね。また来月待ってるわ。二人共元気でね」
「はい。今後ともよろしくお願いします。それじゃあ、絵里さん。また改めて伺いますので」
「はい。ありがとうございました」
「失礼します」
格式ばった挨拶を終えて、扉を閉めて踵を返す。
玄関から離れ、路地へ出た所で、二人揃って一息吐いた。
「疲れたか?」
「はい……」
「まぁ、今回は顔合わせ程度だけど、何かあったらお前のとこに来るだろうから、そん時はちゃんと話聞いてやれよ?」
「私に師匠ほど口が回せるでしょうか……」
「慣れだ、慣れ。今度他の家にも行くから覚悟しとけよ?」
「今から憂鬱です……」
そんな弟子の愚痴を聞きつつ、凝り固まった肩を摩る。
矢来程ではないにしても、オレだってこういうのは向いていないのだ。
師弟揃ってコミュ障とは、中々どうして笑えない話だが。
「まぁとりあえず、無事片付いたんだ。気分転換にメシでも行こうぜ?先輩面して奢ってやるから」
「そうですね。少し早いですけど……お供します、先輩」
「おう、頑張れ後輩?先は長いぞ」
オレも慣れるまでは嵐山さんに頼り切りだったが、梨央の手前頑張って慣らしたのだ。
矢来にも処世術を身に着けて貰わねば困る。
訓練よりも面倒で、教えられる事は少ないけれど。
社会人として、必要なスキルだ。
精々足掻いて、頑張ってもらうとしよう。
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