第10話眠る武士は何を夢見る
後日、蔵への道すがら。
あの日あの後雪穂さんが、彼を家へと送った際に、例の絵画は回収済みで。
蔵の中も一通り見てきたらしい。
とはいえ、その目もざっと見で、奥の奥までは見れなかったそうだ。
かといって学校が終わるのを待てば、とても一日では片付けきれない規模らしい。
事情が事情だけに早めに済ませておきたい所だが、緊急の案件とまではいかないまでに、週末を待って朝一からの作業を、彼の家庭へ提案した次第だ。
そして今が、その朝である。
「さて、やるぞ。梨央、矢来」
「土曜の朝から出勤なんて、ボクたちも大概ツイてないよねぇ」
「というか、この量は一日で終わるのでしょうか?このままだと明日まで掛かるのでは?」
「今日で片付かなきゃ二連勤確定だな」
「うん、早くやろう。明日はボク二度寝する予定があるから」
「それじゃ一気に出すぞ?分別は家の人がしてくれっから、オレ達はひたすら荷物運びだ」
「了解です。師匠あっち持ってください。この燭台からいきましょう」
それからというもの、出るわ出るわ。
衣類、家具類、棚から餅まで、とにかく要らないものがわんさか出てきた。
まるでちょっとした引っ越し作業だ。
如何に身体強化があるとはいえ、検品に徹する雪穂さんを除けば、人手は少年少女三人なのだ。
身の丈を越える大きなものから、掌に収まる小ぶりなものまで。
四苦八苦しながら、丁寧に運びだす。
一先ず蔵の中から出して、必要に応じて処分もすれば、家の中まで再び担ぐ。
車の荷台と屋内の物置を、行ったり来たりで迎える昼間。
やっと終わりが見えてきた頃、一先ず休憩と定時を宣言する。
自然、二人の子が膝を折り脱力した。
「終わったぁ~」
「まだ終わってねぇけどな。まぁ、とにかくメシだ。食ってからやろう」
「さすがに疲れますね。どれも高価そうなのが特に」
「大体は売り物にするみたいだしな。傷付ける訳にもいかねぇだろうよ」
「ボクたち引っ越し業者じゃないんだけどなぁ。なんか理不尽に働かされてる気がするよ」
「言わんとする事は分かるが、素人に任せて怪我させても拙いだろ。今の所そんな気配はないけど、魔具が混じってる可能性もあるんだから。出てこられるよりは、後方に居てくれた方がやり易い」
「それはそうだけどさぁ。はぁ。まぁ、言っても仕方ないよね。お昼食べよう。お腹空いちゃった」
「生姜焼きだったか。肉が食えるのは嬉しいな」
「丁度安かったですから。日替わりメニューの方がボリュームありましたし」
「弁当屋の弁当って妙に美味いよな。値段はは兎も角、食べ応えがある」
「お肉♪お肉♪あ、でもその前に喉乾いちゃった。ボク飲み物買って来るけど、久先輩たち何か飲む?」
「では、お茶をお願いします」
「オレはスポーツドリンクで頼む。矢来、弁当出しといてくれるか?雪穂さんたちに、休憩って伝えてくるわ」
「分かりました。縁側でいいですよね?」
「おう、任せた。さて、何処に居るかな」
姿の見えない雪穂さんを探し、玄関先まで歩けばバッタリ。
三和土で腰を下ろして眺める、彼女の手元にセンスが光る。
「それ、魔具ですか?」
「えぇ。他にも数点、混じっていたわ。どれも粗削りだけれど、効力だけは秀逸なそれね」
「霊力を吸い取るやつですか。お爺さんはこの事を知っていたんですかね?」
「故人の意思は分からないけれど、もしそうだとしたら油断は出来ないわね。何が出て来るか分からないもの」
「気が重くなる話ですね……あ、そろそろ休憩でいいですよね?13時まで食事にしましょう。雪穂さんも縁側で一緒に食べますか?」
「車でいいわ。しっかり休みなさい。今日中に終わらせるわよ。週末が潰れるのはゴメンだわ」
中々どうして、無茶を言う人だ。
まぁ、オレたちも早く帰りたいし、ペース的にも間に合うだろうが。
縁側へ戻り、飲み物を待つ。
矢来と二人お弁当を広げて、一息吐いて言葉を交わす。
「師匠。骨董品ってやっぱりそういうものが宿りやすいんですか?」
「ん?まぁな。歴史ある物ってな、それだけ古い執着があるってことだ。時間が経てば経つだけ、それが付喪神の発生条件に達し易い」
「付喪神……神様なんですか?」
「邪神だけどな。呪いの類が近しい。他にも、瘴気に中てられて変質する例もある。魔が刺すってのはよくある事だ。力のある人ほど、そういうものを生み出しやすい」
「作り手だけでなく、持ち手も影響するんですね……例の壺もその類でしょうか?」
「どうだろうな。どのみち、売れちまったもんはしょうがない。足取りを追えれば良し、なければ出待ちだ。掘り出し物なんかは、そういう部署がチェックしてるしな。引っ掛かるのを待つしかない」
「大変そうですね、他所の部署も」
「お互い様だろ。オレらだって被害者だ」
「お待たせ~。買ってきたよ~」
「さて、メシだ。とにかく食べよう」
そして昼からの、労働に備えよう。
まだまだ荷物は山とあるのだから。
働いた者は、食うに限るだ。
生姜焼きの匂いが、鼻をついた。
~
「ふぅ~。大物は大体出したか……」
昼休みも過ぎて、時は夕暮れ。
大体のものを出し切った蔵は、すっかり伽藍として開けていた。
残りは精々数点の小物。
掃除まではオレたちの仕事ではないだろう。
隅の砥石を手に取り退かす……そして何かの、欠片を見つけた。
「ん?石……じゃないよな?鉱石か?」
今までそんな類のものはなかったが、幅広いラインナップからあっても不思議ではない。
いや、それにしたってサイズが大きい……嫌な予感は、それだけではない。
欠片をどかしたその隅に、地面から覗く鈍色の光。
それが何かを確かめる前に、触れた掌が弾かれるのを感じた。
「っ、核石!?何の――」
仕掛けだ、という言葉は続かない。
部屋は四角く、触れたのは右手前。とすれば残りの四隅はどうか。
発光は三つ。そのどれもが闇色で。
黒い瘴気が凝り固まるように、形を形成して屋根が落ちる。
「くっ」
一先ず倉庫の外へと下がれば、土煙で視界を覆われてしまう。
一体何が起こっている……?
その答えは吹き抜けた風と共に現れた。
『wooo……』
「鎧、武者?」
それは天井から落ちてきた甲冑のパーツ。
擬人型の亡者が各所の部位鎧を身に着けて、目の前に立つ姿は醜悪の極み。
その雰囲気に圧されて呆けていれば、完全に煙が晴れる前に動きが。
突撃するその手には刀が握られていた。
『wooo!』
「っ、薄氷!」
氷の障壁は薄く広く張られて、振り被る斬撃を幾重にも流す。
一太刀、二太刀と受けに回るにつれ、このままではヤバいと即座に翻した。
「水月!」
盾を足蹴にして刀を遠ざける。
割れる障壁に冷や汗が伝い、下がる間合いに攻撃を備える。
僅かながら宿る瘴気は心臓部。
他の部位に広がるほど強い個体ではないとはいえ、正面切ってやり合うのは拙い。
搦め手を含めて作戦が要るが、それに弟子二人を巻き込む気はなかった。
騒ぎを聞きつけた彼女たちが戻ってくる。
「久先輩!?何事!?」
「蔵に仕掛けがあった!落ち武者が門番になってる!雪穂さんに伝えろ!お前たちは待機だ!」
「っ、加勢しなくてもいいんですか?」
「悪いけど、流れ弾はゴメンだからな。ここはオレ一人の方がやり易い」
すぐさま起きてくる門番足る落ち武者は、凹んだ腹部をボコッと治した。
「(あんま効いてないか。けど、一時的に凹ませれば核を狙えるな)」
心臓部付近の装甲は固い。胸当てがしっかりとその深部を守っている。
しかし、貫けない程ではない筈だ。
少なくとも、一点に集中さえすれば。
『wooo……』
「来い」
立ち上がってくる武者を見据え、踏み込んでくるその足を捉え。
こちらも同時に地を蹴り進む。
手には細長い、冷気を溜めて。
「薄氷」
本来障壁として形成する氷柱を、刀のように固めて叩く。
敵の刀と鍔競り合って、二度三度として剣戟を交わした。
「(出力は高いが、供給量は無限じゃない。核石を媒介にしてるなら、総量は多くない筈だ。ましてや時間帯はまだ夕暮れだ。存在権の抹消からして、時間を掛ければ自滅するだろう。けど、曲りなりにも呪力を纏ってる以上、時間を掛け過ぎれば堕天して強化されるか、下手したら呪波汚染を引き起こしかねない)」
なら、時間を掛けずに即効で滅する。
手にする刃を、二刀へと変更。
剣戟の隙間へ、鎧の隙間へ、片方を突き刺して冷気を通す。
「おぉぉぉ!」
『aaaa!?』
我武者羅に振られる刀に飛ばされる。
防いだ氷柱が砕けて消える。
片腕を裂かれて血液が噴き出し、抑える掌が治癒術を施す頃、咆哮と共に冷気が消えた。
心臓部が欠け、核が覗いている。
後一撃だ。後一撃あれば。
目の前の武者が、迫ってきていた。
交錯は一瞬。間違えば重傷。
それでもこの時に……全てを懸ける。
「貫け――」
結んだ印に力を込めて、振り被る刃へその身を翻して。
「――地の剣!」
唱えるは地属性。その攻撃術。
土砂を固めて突起を生み出し、勢いよく突き出すその威力は上々。
心臓部を守る胸当てを貫き、鋼を押し潰してひしゃげさせた一撃が、核石を砕いて尚余りある威力を振るう。
吹き飛んだ武者は倉庫へと逆戻り。転がるようにして土煙を巻き上げた。
「反応は……まだあるな」
今の一撃でも倒せていないか。
となれば後何発叩き込めばいいのか。
敵の頑丈さに気が滅入りかけるが、その心配は杞憂に終わった。
敵の反応は核一つ。
供給魔力が、尽きたのだ。
砕けて、粒子になり姿が散っていく。
暮れかけの夕日にその身を焼かれ、浄化されるように跡形も無く消え去った。
いや、鎧の各部が僅かに残ったか。
念のため確認を……うん、問題ナシ。
「師匠……終わったんですか?」
「あぁ、何とかな」
「久先輩、ケガ大丈夫?」
「掠り傷だし、もう治したよ。それより、片付けるの手伝ってくれ。瓦礫で蔵がこの状態だ。状況説明もしないといけないし……まだ何か罠が無いとも限らない。念のため不審物がないか調べてからだな」
「問題は無いようね」
「雪穂さん、見てたでしょ?」
「私の出る幕がなかっただけよ。蔵からそう離れて動くタイプにも見えなかったし、貴方一人でも十分でしょう?」
「まぁ、そうですけど。なら、家の方への説明はお願いしてもいいですか?」
「そうね。少し話してくるわ。貴方たちは作業を続けていなさい。今日中に終わらせるなら、時間が無いわよ」
そうだ。そうだった。
不意の乱入で忘れていたが、もう陽が暮れてきているのである。
早いとこ残りの荷物を片さねば。
梨央と矢来にも協力を仰いで、瓦礫を退かしながら無事な品を出していく。
というか、天井崩落しちゃったのだが。
これ弁償させられたりしないよな?
雪穂さんの便宜による所が多いが、場合によっては減俸もあるか?
気持ち暗めに、肩は重めに、瓦礫の山を片付けていく。
結局その日は夜まで掛かった。
他に罠が無いようで何よりである。
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