第9話掘り出し物は壺と壺。
燈先悟(とうせんさとる)18歳。高校三年生。夢破れた芸術家。
自分が視える人間だというのは昔から知っていたが、別段気にすることでもなかったので、法師局を訪れることもなく過ごしていた。
今日のイベントは、大枚叩いたラストステージ。
これが終われば受験に集中するという、芸術との別れを決めた日だった。
それがどうした?何故こうなった?
見るからにオレよりも年下の男女二人に、山奥まで連行されて、辿り着く居城。
法師局の名は知っていたし、テレビのニュースやなんかでもよく目にしていたが、地元にこんなに大きな支所があるとは知らなかった。
この町は平和で、幽霊のゆの字もなくて。
夏の心霊特集なんか、画面の向こう側の遠い出来事として、傍観者に徹するばかりだった。
しかし、当事者ともなれば話は違う。今から一体何をされるんだと、正直気が引けて仕方がなかった。
やっぱ蔵で見つけたじーちゃんの遺品なんて使うんじゃなかった。
アレがなかったら万事上手くいっていたのに。
そんな事を思いながら所在なくしていると、隣りを歩いていた男が言った。
「心配しなくても、大丈夫ですよ。話を聞く限り、貴方はあの筆が特別な道具だと知らなかった訳ですし。あくまで形式的な事情聴取が終われば、今日の所は解放されると思います」
「今日の所はって……まだ何かあるのか?」
「筆の出所を調べないといけませんので。物置にあったものを使ったと仰いましたが、下手をすると他の道具にも何かしらの影響が出ているかもしれませんし、日を改めてご自宅の方に窺うことになると思います」
「なんか、すっかり犯罪者対応だな……オレってやっぱり罪に問われるのか?」
「大丈夫ですよ。証言の確認が取れたら、貴方は無実です。運よく犠牲者も出ていませんし、前科とかは付かないので、安心してください」
「って事は、アンタがあの時キャンバス止めてくれなかったら、少なからず罪に問われてたって事か?」
「そうですね。筆について知らなかったのはしょうがないですけど、霊感がある事を隠してた訳ですから。罪とはいかないまでも、厳重注意くらいは受けるかもしれません」
「マジか……って事は、オレも火出したり水吹いたりする奴らの仲間入り果たすのか……」
「勘違いなさっているようですが、霊能者と霊能力者は違います。オレたちみたいな霊能力者は、発症することによって寿命を減らし、力を得ます。ですが、霊能者にそこまでの変化はありません。基本的には、ただ視えるだけ。何かを生みだす程の力は使えないんです」
「でも、オレが描いたからあの絵が燃えたんだろ?これって力ってやつを使ってるんじゃないのか?」
「それはあくまで魔具の性能ですよ。素人が使っても力を絞れるように、予め術式が組み込まれていたに過ぎません。霊能者が使える力なんて、精々が同じ霊体に干渉できるくらいです」
「じゃあ、早死にしたりもしないんだな?」
「しませんが、貴方の場合はあの筆に少しばかり霊力を持っていかれてるので、一日や二日は寿命が減っているでしょう。アレで描いたのはいつからですか?使っている時、体調不良などの変化はどうです?」
「そういや少し熱が出たな。夜はまだ少し寒いし、風邪でも引いたのかと思ってたけど」
「筆を触ってすぐですか?」
「言われてみればそうだった気がする。つっても、ここ数日タッチを確かめた程度だけど」
「そうですか。大事がなくて何よりでした。後は担当の者にそれをお伝えください。矢来、所長のところ行ってゲストカード取ってきてくれるか?」
「分かりました。行ってきます」
「?カードが要るのか?リーダーぽいのないけど」
「支所の入り口には結界が張ってありますので。一般人には作用しませんが、貴方は霊感……人より霊的干渉力が高いですからね。通過するには、資格証が必要です。こんな風に」
自分の法力証を結界との境に通せば、貫通した割れ目から結界の存在を視認した彼が、興味深そうに覗き込んでいた。
「おぉ、マジでこんなのあるのな……アニメの世界でしか見たことないわ」
「師匠。持ってきました。中で柊さんが待ってます」
「了解。それじゃあ行きましょうか。資格証を暫く握ってください。発光があるまで離さないように」
「えっと、こうか?」
「はい……登録、完了しましたね。中では常にこれを携帯してください。帰りに回収するので、それまでは」
「分かった。……これって何で出来てるんだ?」
「法力的機能以外は、普通のカードと変わりませんよ」
そうして入り口を何とか通過し、通路を渡れば見えてくる人影。
真っ黒いスーツ姿に身を包んだ女性は、壁を背にするように扉の前に控えていた。
「雪穂さん。連れてきました。燈先悟さんです」
「そう。入って」
「あ、はい……失礼しまーす」
指示に従い、扉の中へ。
開いてくれた、彼女も中へ。
そこはまるで閉じられた無機質な箱で、有り体に言って取調室だった。
「(犯罪者になった気分だ……前科付かないってホントだろうな?かつ丼出てきて朝までとか止めてくれよな)」
奥へと座り、落ち着きなく辺りを見渡せば、正面へ座った彼女が手を出していた。
「手を貸して。聴取に必要なの」
「何をするんですか?」
「触れるだけよ。それで大体分かるわ」
「分かるって……心が読めるとか?」
「話が早くて助かるわ。いくつか質問するから、それに答えなさい。貴方の名前は?」
「えと、燈先悟です」
「年齢は?」
「18です」
「視えるようになったのはいつ頃?」
「中学生になってからでしょうか?」
「そう……例の筆は何処から手に入れたものなの?」
「ウチの物置の掃除中に見つけました。良いモノっぽかったし、せっかくだから今日のイベントで使おうと思って、それで」
「お爺さんの遺品は他に何があるの?」
「何って言われても、色々ありますよ。骨董品集めが趣味でしたから、物置になってる蔵に山と積み重なってます」
「筆以外の品を投棄したり、誰かに譲り渡したりしたかしら?」
「投棄はしてませんけど、整理中に売れそうなものは売っとこうと思って、壺をいくつかネットで捌きました」
「数と形状、色合いは?」
「え?えっと、青い植木鉢サイズのものと、赤いひょうたんサイズのそれです」
「売った相手は誰か分かる?」
「さすがにそれは……ネットオークションじゃ相手の素性までは分からないし」
「そうね。では、貴方以外の家族に霊感はあるのかしら?」
「無いです。爺さんは視える人だったみたいなので、その遺伝じゃないかと母さんたちは言ってました」
「……お爺様は霊能者であることを隠していたのね?」
「みたいです。特に不都合なく暮らしてたらしいので、オレも視えるだけだし、別にいいかなぁと思ってて」
「そう……一先ず、現時点で聞きたいことは聞けたわ。後は貴方のご自宅で話をしましょう」
「えっ!?家来るんですか!?今から!?」
「後日、改めて伺うわ。貴方、学生でしょう?帰ってから空いている日を教えて頂戴。親御さんにも話を通さないといけないのよ」
「……分かりました。明日でも大丈夫ですか?放っといてまた蔵が燃えたりしたら嫌だし」
「他にも描いた絵があるの?」
「練習用に、何枚か……」
「予定変更ね。その絵だけでも回収に向かうわ。送って行くから、付いてきなさい」
行きは徒歩だったが、帰りは車らしい。
正直助かる。またあの坂道を歩いて登るのは骨が折れるからな。
そうしてオレの長い一日は終わった。
結局ことの次第は親に報告されてしまい、隠してたイベントのバイトもバレて大目玉だ。
芸術家としてのオレの夢は、才能など介在しない不慮の事故で終わったのである。
まぁ、区切りをつけるには良い機会か。大人しく勉強に明け暮れるとしよう。
~
「お疲れ。災難だったな、久世」
「まったくです。せっかく愛弟子とデートしてたのに。傍迷惑な老人も居たもんですよ」
時は流れ、夜も更けた支所室。
コーヒー片手に事務所の中で、彼は所長と一息入れていた。
というのも、ついさっきまで件の男を取り調べしていたのだ。
現場で実際に立ち会った以上、この件は彼の管轄となった。
無論、上司も共倒れであるが、どちらにせよ被害は先輩まで及んだ。
「嵐山先輩にも迷惑掛けちゃいましたね。後で何か埋め合わせしとかないと」
「そっちはオレがするから、お前は気にすんな。それより、遅番は出れそうか?出れそうなら変わってやれ。アイツも今日は出張帰りだ。早く帰って休みたいだろうよ」
「了解です。準備したら出ます。矢来も今日は帰っていいぞ。報告書だけは上げてからな」
「あの、こういう場合ってどうなるんですか?あの人はお爺さんの遺品を使ってただけですよね?」
「あくまで知らずに使っただけなら、直接の罪には問われないさ。日を改めて蔵の方は、見に行かなきゃいけねぇだろうけどな」
「そうですか……師匠。私も巡回行きます。白連を教えてください。今日みたいに周辺に一般人が居た場合、氷雨は流れ弾の危険性がありますし、身体強化で間に合うとも限りません。次があった時のために、覚えておきたいです」
「そうだな。覚えておいて損は無いし、何処まで出来るか試してみるか」
いきなり覚えると言っても無理だろうが、必要に駆られる時があるのも事実。
まずはお手並み拝見といこう。それからミッチリ術の特訓だ。
椅子に掛けた黒羽を羽織りながら、霊地への道のりを歩んでいく。
イレギュラーはあったが、仕事は仕事。
尻拭いをしてくれた先輩に、報いるとしよう。
未成年がサービス残業とは、やはりこの霊地はブラックである。
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