第7話波三日目。愛弟子と師匠。
時は流れて陽が昇り、傾き掛けたその日頃。
矢来瞳は事務室で、デスクに腰掛け作業をしていた。
前回の波で提出する報告書を、PCを両手に打ち込み続けた。
「ふぅ」
そして一息、ガチャリと溜め息。
キャスター付きの椅子に腰掛けながら、背伸びをした頃ドアノブが捻られた。
「あれ?矢来先輩一人ですか?」
「赤上さん……おはようございます。赤上さんも報告書ですか?」
「はい。多分、久先輩も後から来ると思います。いつも出動前に片付けてるから」
「そういえば師匠、結局学校に行ったんですかね?」
「多分、行ったと思いますよ。青先輩たちと話しにですけど」
「元気ですね。私より動いてたのに」
「寂しがりですから。構ってもらうと元気になるんですよ?」
「そう思うと、少し可愛く思えて来るから不思議ですね」
セクハラ紛いの言動は絶えないが、あれやこれやと構ってくるのは、お節介であり、世話焼きなのだろう。
少なくとも此処に来てからは、寂しさを感じる暇は無い気がする。
隣りのデスクに腰を下ろす彼女を尻目に、発光するディスプレイへと向き直って睨めっこ。
しばらくそのまま手を止め思考し、溜め息混じりにキーボードを叩く。
「もしかして報告書書くの難しいですか?」
「いえ、書くの自体はほぼ終わってるんですが……こうして見返すと、随分とお粗末だなと思ってしまって。昨日今日と師匠には、助けてもらってばかりですから」
「それ多分、久先輩に言っても、弟子を助けるのは師匠の義務だから、って言われて終わりだと思いますよ?」
さすがは姉弟子、一番弟子。
師匠のことをよく分かってる。
彼なら確かにそう言うだろう。返す言葉が目に浮かぶようだ。
実際彼の好意という名の、課題は既に貰っているのだから。
手元に控えた書類を手に取り、流し読みながら彼女へ応える。
「ですよね……けど、もうちょっと上手く立ち回れないかと、どうしても考えてしまって。まだ遭遇してない妖魔と、今の私に出来る対処法について、いくつか纏めてもらったものを暗記してるんです。次こそは足を引っ張らないように」
「そんなに深く考えなくていいと思いますけど……特に久先輩の場合は、弟子に対しての執着が強いから。頼られない方が困るんじゃないかな?」
「愛弟子なんて言うぐらいですしね。分かってはいるつもりなんですけど……」
「ん~、そうだ!矢来先輩って夕飯まだですか?ボクこれからなんですけど、よかったら一緒に食べに行きませんか?」
「?それはいいですけど……」
「事務所でラーメンでもいいかと思ってたんですけど、せっかくなら矢来先輩と一緒に美味しいものでも食べてみたいかなって。ほら、ウチ男所帯だから、女の子同士仲良くできればな~って思うんですけど……ダメですか?」
甘えるように言う彼女が可愛くて、自然とこちらも笑みが深まる。
これでも姉弟子一番弟子。
自分よりも適性があって、先へと言ってる後輩なのにだ。
庇護欲が湧いて、迷いはなかった。
「ううん、私も赤上さんとは仲良くしたいと思ってたから。誘ってくれて嬉しいかな」
「よかった。それじゃあちょっとだけ待っててください。すぐに書き上げちゃいますから」
「うん。よかったら美味しいお店とか教えて?この辺りはまだ、よく知らないから」
「任せてください。辛いのって好きですか?実はお勧めの担々麺があるんですが……」
女二人と一人足らずだが、姦しくも午後は過ぎていく。
二人の距離が縮まった、そんな日常の一ページ。
やがて梨央ちゃん、瞳さんと呼び、確かに仲は深まっていく。
大きな霊地を小さく守る、女の子たちの夕暮れだった。
~
波も三日目。終盤戦。
辛い山道もえんやこら。
辿り着く頂上はとても冷ややかで、夜の空気を醸しだしていた。
昨日一昨日と駆け抜けた戦場は、今はまだ眠るように穏やかである。
「よし」
体を軽く慣らすように動かす。
温まる関節をゆっくりと伸ばす。
下がる気温に負けないように、熱を灯してその時を待つ。
自然、緊張に身が竦むようで、胸の音は少し駆け足気味だった。
隣りで佇む、師匠が言った。
「妖魔の種類は暗記できたか?」
「はい。亡者、ゴーレム、石動、犬狼、鳥羽、銀蝋ですね」
「後者三つの対策は?」
「犬狼は左右の揺さぶりに注意。当てるなら散弾、飛び込んでくるならガード優先。鳥羽も同様、受けに回って引き付けてから、逃げられないよう障壁で叩いて、フラついた所にトドメを刺します。銀蝋は感電性が高いので、地属性で削るか、結界で潰します」
「ん、それじゃ実戦だ。試せるだけ試してみろ」
瞬間、冷たかった風が温く流れる。
大気の流れが変わったかのように、その質量は須らく形を成す。
この二日相手にし続けた脅威が、再び輪となって辺りを囲んでいた。
「水連」
現れたのは亡者の群れ。
そこに混じるのはゴーレムたち。
そして一頭の、茶色い犬モドキ。
初めて見るそれは、高らかに吠えていた。
「犬狼以外はオレが持つ。今の内に慣れておけ」
「はい!飛沫!」
水の散弾が四足を狙う。
三発のそれが地面へ刺さる。
バックステップで躱した犬が、こちら目掛けて駆けてくるのが分かる。
「(スピードは速いけど、動きは単調だ。これなら受けに徹して――)」
――叩きつける!
「薄氷!」
『wou!?』
開けた大口からぶつかってへたり込む。
衝撃に怯んだその隙に叩きつける。
盾の固定を外して動かし、叩き潰すように印を振るった。
一、二、三、四。
膝を折り、肘を着く、確実に仕留めるための連撃。
やがてその足が鈍ったのを察知し、胸元目掛けて射線を一線。
「氷雨!」
氷の突起が肉を穿つ。
心臓を貫き、核を砕く。
やがてその姿が粒子となってたち消え、実体化していた肉の皮を残す。
ホッと一息、肩を脱力して、辺りを見渡し次の敵を探す。
「良い感じだ。次、鳥羽」
「はい!」
既に亡者は露と消えて、ゴーレムは砕かれ形を失くすが、消えた端から再び現れる。
その全てを彼は、巧みに捌いていた。
「(師匠には師匠の役割がある。なら、私は私の役割をこなさなきゃ)」
今はまだ彼に加勢する力を持たない。
無理に意地を張っても、足を引っ張るだけだろう。
だからこそ自分に出来る精一杯をこなす。
彼の期待に応えるために、足に水を溜め、暗がりへ飛び立つ。
敵は空飛ぶカラスの一羽。
元のそれより十倍はある体躯を、今正に師匠へと向け横を襲撃。
まずは飛行能力を削ぐための散弾。
十分に距離を詰め、至近距離からの射撃で羽を落とす。
墜落した所を更に追撃し、そのままその身を氷雨で貫く。
これでまた一つ、骸を積み上げた。
しかし、この程度で終わる敵ではない。
昨日一昨日とその心酸を舐めた。
だからこそ気に掛かる。目の前の異常。
敵性勢力が、露と消えていた。
「(師匠が昨日より本気を出してる……?だとしても、一体も居なくなるなんておかしい。スポット以外に湧くとも思えない。だとすると中で、まだ見てない場所……)」
開けた地面を視線が通り、行きつく先は堅牢な玄関。
「部屋の中、ですか」
「そういうこった。量より質で来たな。多分中に厄介なのが居るぞ」
「銀蝋でしょうか?このスポットでは上位個体ですよね?」
「気配からしてゴーレムも居るな。矢来、少し時間を稼げるか?」
「時間、ですか?何をすれば……」
「倒さなくていい。遠くから当てて銀蝋を引きつけろ。その間にオレがゴーレムをやる」
「陽動ですか。私に務まるでしょうか……」
「無理はしなくていいぞ?ダメだと思ったらハッキリ断れ。ここまでの立ち回りだけでも及第点だ」
そうだ。
ここまでだけでも精一杯だ。
犬狼と鳥羽を倒せただけでも勲章ものである。
けど、それでも、示されてしまえば……その道を行くことに、迷いなどなくて。
「やってみます。やらせてください」
「ん、じゃあ頑張れ。突入するぞ?後から付いて来い!」
扉へ掛けた手が勢いよく引かれ、荘厳なと扉が両開きに開いた。
中には高い天井が窮屈に感じるほど圧迫した土塊と、銀色の蝋燭のような人型が居る。
「十秒だ。保たせろ!」
「はい!氷雨!」
様子見はせず、最初から決めに行く。
一撃、二撃と氷柱を射し込んで、心臓付近を凍らせることに成功した。
だが、核である所の心臓は割れない。
仰け反るだけで消滅足り得ない。
「部分強化!」
地属性の強化を手足に施し、接近間近で突起を回避する。
パンチともキックとも言い難い銀は、しなるようにその先を逸らされて放たれる。
結果、捌いた筈の攻撃が、その切っ先が横腹を裂いた。
打ち合いの中で、手傷が増えていく。
回避しようにも、敵の動きが早い。
攻めに転じて逆転を目指すが、相手の打ち込みが強かに手に響く。
遠距離からでは逃げられかねず、常に張り付いて動かねばならない。
しかし、たったそれだけの事が、この相手には難易度が高い。
「(固い!核石は胸に見えてるけど、この分だと直撃させても割れるかどうか……)」
出力に押され、技に煽られて、段々と血が冷えていくのを感じる。
やがて完全に逃げに徹して、飛び退いた所で固く丸め込まれた。
「ぁ」
吸い付くように、掴まれたその手。
引きつけるように、伸縮するその腕。
敵の懐へ呑み込まれるように、その牙が形を示すように、逆の手の突起が光っていた。
このままではやられる!咄嗟に両手を翳し、ガードを固めて続く手を防ぐ。
「強化!陣!」
『woo!』
障壁が割られ、薄皮が裂ける。
勢いに煽られ、体が後転する。
軋むような一撃に出血を強いられ、折れたかと危惧した体に安堵する。
そして再び睨み合う刹那。
動いたのは敵だけでなく味方も一緒だった。
「白連」
「師匠!」
「よく保たせたな。後はオレが倒してもいいが、どうする?やってみるか?」
「っ、私一人で、ですか?」
「出来るトコまででいいし、ヤバくなったらすぐフォローする。実力試すには丁度良い相手だ」
今なお師匠の連なる冷気に、動きを御されて振り切れぬ銀蝋。
彼にとっては確かに弱いが、自分にとっては格上の敵。
「……やります。やらせてください!」
「よし。んじゃ緩めるから、まずは一撃入れてみろ。全力で核砕くつもりでな」
「はい……」
段々溶ける冷気の中で、蠢く闇が力を溜める。
霊地の妖魔は時の流れが、経てば経つほど強くなっていく。
最初は奇襲で何とか凌ぎ、中盤は押されて、後半はギリギリ。
勝てる要素は見当たらないが、後を考えないペース配分なら、勝機がまるでない訳でもない。
一呼吸吐き、意識を固める。
「強化、雷槍!」
バックポーチから取り出したのは、握り手だけの銀色の柄。
連なるように刻まれた刻印が、淡く発光して形を示す。
予め術式が施されたそれは、流し込むだけで法力を刃にする。
触媒としての効力も手伝い、出力は上がって、一撃に重さが乗る。
一定時間で消え去るとはいえ、これでリーチは五分五分である。
飛び掛かり、打ち合い、跳ね回り、飛び回る。
正面がダメならと結界を足場に、右往左往して隙を探る。
見つけた隙間に、槍を一振り。
心臓を掠めた、その槍を振り抜いた。
「そこ!」
反動で仰け反る人型に一撃。
核へと当てた確かな手応え。
しかしその槍は……核を割れない。
ヒビが入って、止まってしまった。
仰け反る銀塊は後方へと下がり、突き出すように足技がしなる。
咄嗟の挙動は未だ拙く、ガードするのがやっとのそれは、纏わりつくように身を絡めてきた。
「っ、貫け!雷槍!」
このままではマズイ。捕まって終わる。
その焦りからの大胆な投擲。
獲物を手放す、一八のギャンブル。
焼き付く槍は心臓を捉え、小さなヒビを大きく変えるが、それでも破壊には至らない。
刺さることなく、カランと落ちて、銀の塊がたたらを踏んだ。
一瞬の脱力。緩む拘束。
先に駆けたのは人だった。
拘束による体への痺れと、全力を込めた法力の投擲。
立っているのもやっとのそれだ。
しかし、この機を逃せば次は無いと、分かっているため足は止めない。
「強化!」
狙うは心臓。目に見える核。
掻い潜るように銀の手を避けて、滑り込むように下から前へ。
「氷槌!」
手にしたのは白色の石。
強化するための虎の子の四核石。
纏う冷気は突きを伴い、白の鼓動をヒビへと刺して……妖力は霧散し、ガラクタへと変わった。
戻って来る静寂。気の抜ける達成感。
「し、しょう……」
これでいいのかと問うより先に、矢来瞳の意識は落ちた。
~
「……ん」
気が付いたのは知らない天井。
体は重く、気持ちもダルイが、此処は果たして何処なのか?
「お、やっと起きたか。おはようさん。具合どうだ?まだどっか痛む所あるか?」
「師匠……?医務室?」
「おぅ。気絶したから米俵コースだ。法力切れてるみたいだったし、起こすのもさすがに可哀想だったしな」
「そう、ですか。ご迷惑をお掛けしました……それはそうと、あの妖魔は」
「倒せてたよ。殆ど相打ちだったけどな」
「っ、すいません。力不足でした。もっと氷術が上手く使えていればよかったんですが……」
「そこら辺はこれからやっていけばいい所でもあるんだが……お前にはいくつか選択肢がある」
「選択肢、ですか?」
一拍置いて、彼は言う。
真剣な事だと、彼女は悟る。
「昇華を目指すなら、他の属性を放置してでも、雷だけを鍛える手もある。そしてその場合お前にとっては、オレよりも良い師匠が居る筈だ。金の色付きのA級とかな」
「……」
思いがけずに俯いてしまう。
自分の気持ちが大きく揺れて、相手の気持ちが分からなくなる。
自分ではやっぱりダメなのか。
そんな気持ちに呑まれそうになる。
「けどまぁ、あれだ」
「?」
「オレもギリギリB3までなら面倒見てやることが出来るし、A級を目指すなら他の属性も基本的には教えられる。少なくとも、途中までならな」
「……選ぶ前に、一つ、聞いてもいいでしょうか」
そして彼女は息を呑んだ。
どう言っていいのか分からず、どう振る舞えばいいのかも分からない。
結局身振り手振りとはいかず、ただただ一言零すに終わる。
「……私は、師匠の、弟子、でしょうか」
「は?」
一体何を聞いているのかと、そんな風に返され正気に戻る。
疲れた頭を全力で回して、今の状況を挽回しようとする。
「いえ、あの、何でもありません。やっぱり無しにしてください、今のはほんの出来心で、特に他意がある訳ではないので、そのっ」
「はぁ……まぁ、いいんじゃねぇの?とりあえず」
「っ、何が、でしょうか……?」
だからその言葉は、震えるほどに怖くて、でも。
「――愛弟子ってことで、一応。梨央の次くらいには大事にしてやんよ」
同じように、震えるほどに嬉しかった。ただ、欲を言うのであれば。
「……そこは同じくらい、じゃないんですね……」
そんな所くらいだろうか?
「時間が全てとは言わないが、梨央はオレが初めて取った弟子で、もう四か月近く面倒見てるからな。ま、師匠バカってやつだ」
「そんな親バカみたいな例えを出されても……」
これには思わず苦笑するしかなかったが、決まりが悪いのは向こうも同じようだ。
佇まいを正し、咳払いを一つ、仕切り直して彼は言う。
「まぁ、あれだ。だから取り敢えず、だな」
「はい」
「――お前が望むなら、オレの手が届くところまでは面倒見てやるけど、どうする?」
「――それはもちろん、よろしくお願いします、師匠」
そんな感じでこんな風に、めでたく愛弟子になれたのである。
弟子になった時とは違って、実感のある喜びが胸の中を占めて、気持ちが少しだけ暖かくなった。
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