第4話新しい日常
春。四月。新年度。
新しい季節がやってくる今日この頃、新しい同僚がウチにもやってきた。
「矢来瞳です。今年度からこの霊地に配属されることになりました。よろしくお願いします」
「聞いてはいたけど、実際に来るとビックリするもんだなぁ……」
高校も一年生にしては高めの身長。
短めの髪と細めの体。
明るい栗色の髪は、釣り目がちな瞳の冷たさを隠すようで、本人にその気があるのかは知らないが、見ようによっては睨まれているようにも感じてしまう鋭さがある。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。師匠」
「えっ、あぁ、うん。まぁ、後輩になる訳だし、指導はするかもだけど……」
「?弟子にして頂けると伺っていますが?」
「は!?いや、オレ弟子は梨央しかとってないんだけど!?」
「久世先輩は東堂さんに師事していると聞き及びましたので、直接そちらの方に伺わせて頂きました。貴女の弟子の弟子にしてくださいと」
「行動力有り過ぎだろ!ってかそんな弟子入りって有りなの!?」
「それについては真由美から伝言も預かってるぞ?‶面白いから育ててやれ、啓太″だとよ」
「そんな簡単に……オレが愛しているのは梨央だけなのに……」
「ちょっ、だから久先輩!その言い方誤解されるってば!ホントやめて!矢来先輩も違いますからね?ボクと久先輩はそういう関係じゃないですから!」
「久先輩?」
身振り手振りでわたわたと、慌てて誤解を解こうとするのは、愛弟子なりの照れ隠しか。
後輩とはやはりこういうものであろう。
決して睨みを利かせるように、押しかける存在ではない筈なのだ。
「えっ、あぁ、はい。クゼ先輩って呼びにくいから、漢字の方を取ってヒサ先輩って呼んでるんですけど……」
「……そうですか。では私も嫌がら……好意から久先輩とお呼びしていいですか?」
「よくねぇよ!久世と呼べ、久世と!お前にオレの心の敷居を跨がせた覚えはねぇ!」
「いきなり呼び捨てですか。距離感縮まりますね」
「せ、ん、ぱ、い!久世先輩、な!お前ホント図々しい奴だな!呆れ通り越していっそ感心するわ!」
「お褒めに預かり光栄です。これからよろしくお願いします、久世先輩」
清々しさすら感じる振る舞いが、師匠のそれとある意味被る。
というか、本当に弟子になるのだろうか?
先が思いやられて仕方がない。
「まぁ、そういう訳だから、適当に指導してやれよ?手抜きしたら真由美にチクっちまうからな?」
「所長がやればいいじゃないですか!オレよりよっぽど適任でしょうに!」
「オレは弟子は取らねぇよ。そこまで責任持てねぇしな」
「オレだって梨央以外は持てませんよ!ただでさえ自分も半人前なのに、この上二人目の指導とか……」
「まぁ、そこら辺の不満は真由美に言っとけや。さすがに何の理由もなしってこたねぇだろうしよ」
「はぁ……冗談キツイってか、マジな話なのかこれ……」
「やっと認めて下さいましたか、久世師匠」
「くっ、その代わりお前は弟子だからな!愛弟子はあくまで梨央だけだからな!特別なんだぞ!」
「久先輩……そこまで拘られるとちょっと気持ち悪いっていうか、見苦しいよ……」
そんな感じでこんな風に、弟子が二人に増えたのであった。
~
「あぁ、鬱だ……鬱過ぎる……死のうかな……てか、どうせ死ぬんだった、あはは」
「おぉ~い、大丈夫かぁ?まだ息してるぞ~?諦めるには早いんじゃないかぁ~?」
高校も二年になった新学期。
登校初日から仕事の人事で地獄に突き落とされるとは、思いもよらずに気が萎える。
ボソリと小言を漏らしてみれば、聞き咎めたのは前の隣人。
クラスメイトの菅沼直人(すがぬまなおと)だ。
「ならお前変わってくれよぅ。オレもう赤ちゃん育てるの疲れたよぅ。辛いよぅ」
「えっ、何、隠し子!?久世っち子供居たの?マジで!?」
騒ぎ立てたのは右の隣人。
青木帆花(あおきほのか)が詰め寄り、叫ぶ。
仮にも高校の教室で、大声で叫ぶものだから、何か何かと皆して、噂話にされてみたり。
「ちげぇから。そうじゃなくて。術師の弟子が増えたんだよ。オレは梨央一人を育てるって決めてたのにさぁ」
「あぁ~そういう。ってか、赤ちゃんって表現は無いんじゃね?梨央ちゃんもう中三だろうに。お前ら結構イイ感じだったりしないん?」
前の隣人こと菅沼直人は、その手の話にご執心だ。
なんせこの町、術師は数える程である。
そのうち二人が学生とくれば、おのずと名前も知れ渡るし、師弟関係も勘繰られる。
「梨央にも言ったけど、子供の可愛いと女としての可愛いは違うからなぁ。ってか、いつ死ぬかも分からない未熟な術師育てるのとか、マジで赤ん坊育てるくらいデリケートなんだよ。厳し過ぎてもダメだし、優し過ぎてもダメ。かと言って余命は決まってると来たモンだから、マジでやってらんねぇぜよ……」
「口調変わるほどダメージ負ったかぁ。よしよし。何かよく分からないけど大変だったねぇ~」
右の隣人青木帆花に、子供のように慰められる。
うつ伏せに伸びてよれる体は、撫でられる頭を止める手を持たない。
自然、されるがままに脱力するが。
「気にするなって。明日があるさ」
「今日死ななければな。はぁ。鬱だ……」
友人たちの言葉に返す気力もままならず、襲ってきた眠気に身を委ねて伸びる。
「とりあえず寝るわ。お休み、お二人さん。生きて目が覚めたらまた会おうな……」
「こりゃ重症だな」
そんな友人の言葉を最後に、瞼は閉じて眠りに落ちた。
せめて問題を解決する気力を、養う程度に回復を願って。
~
「おはようございます、久世先輩」
「……何でお前が此処に居る……?」
目覚めは最悪の気分だった。
目下の問題その一号、弟子の二号がそこに居たからだ。
「同じ学校じゃないですか。別に居てもおかしくはないかと」
「じゃなくて、何でオレの教室に居るかって聞いてんだよ」
「師弟の仲じゃないですか。別に居てもおかしくはないかと」
「おかしいだろ!どう考えても!何?何なの?押し掛け女房なの?お前オレと結婚するの!?」
「嫌ですよ。私結婚は昇華してからって決めてるんですから。先輩がそこまで導いてくれるなら考えますが」
「なら目的は何だ!一体全体何がしたいんだ、お前は!」
「今夜の仕事の件で確認を少々と……ついでに昼食を摂りに来ました。他に食べる友人が居ないので」
「登校初日だろ……友達作れよ……」
むしろ教室で話すべき所を、何で態々逃げてくるのだろうか?
最初を逃すと、逆に気まずいだろうに。
良くも悪くも沈黙する間を、埋めたのは友人でノリの良い二人だ。
「わぁ~、久世っちがなんか可愛い子イジメてるぅ~」
「や~い、モテ男~。ダメ亭主~。甲斐性無し~」
「煩いぞ、友人一号二号。ってか、ほれ、こっち座れ。机借りるぞ、直」
「えっ、じゃあオレ何処に座れと?」
「床」
「扱い酷くね!?友情何処に置いてきた!?」
「お前が甲斐性無しって言ったんだろ。亭主関白するから、そこに直れバーカ」
「いや、お前、だからって人の椅子で甲斐性を……おぅ?」
言い合う二人を前にして、スタコラサッサと素通り座る。
在る筈の無い席に腰を降ろした女は、素知らぬ顔でパンを膝に乗せ、パックのヨーグルトを開け始めた。
何と久世啓太の膝の上である。
「失礼します」
「……おい、これはどういう冗談だ、弟子2号」
「いえ、先輩を床に座らせるのも心苦しいですし、丁度ここに席が空いていたので」
「……バカなの?」
「きゃ~!何々?お二人実はそういう関係なの!?梨央ちゃんじゃなくて本命はこっちだったのね!」
「ちっげぇよ!んな訳ねぇだろ!こんなの嫁にもらうぐらいなら喜んで梨央にプロポーズするわ!」
そしてフラレて泣き寝入るまである。
儚い夢は見ない主義だ。
「ていうかお前も何?ホントマジで何がしたいの、さっきから。年上をからかうのも大概にしておけよ、この野郎」
「いえ、せっかくですから師匠に媚びを売っておこうかと思いまして。なんせ私、愛弟子じゃないですから」
「心配しなくても指導に手は抜かねぇよ」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
散々絡んできておきながら、引き際はあっさり弁えている。
どうもやる事が極端な節はあるが、理由としては指導に直結してるらしい。
梨央との差別を気にしたのだろうか?
愛着の差はしょうがないだろうに。
「まぁ、せっかく来たんだし、お昼くらい一緒に食べようよ」
「申し出は嬉しいのですが……ご迷惑ではないでしょうか?」
「さっきまで散々ご迷惑掛けてた奴が何か言ってら。どうせ来たなら友達二人くらい増やしてから帰れよ」
「そうそう!可愛い女の子と一緒出来るなら、オレとしては大歓迎だぜ!」
「そう、ですか?ではその……失礼します」
「いきなりしおらしくなったな。さっきまでの勢いはどうした」
「アレは東堂さんからの言いつけで……久世先輩相手にはとにかく押せと。しょうがなく面倒は見るだろうとの事で」
「確かに久世っちは押しに弱そうだもんねぇ」
「……後で師匠に抗議してやる」
どうせ流されて終わりだろうが、言いたい事は募るばかりだ。
弟子の苦労を何だと思っているのか。
そうして席を合わせて座り、一息吐いたところで一つ。
「それにしても、普通ですね、この学校は」
「学校が普通じゃないって逆にどういう状況だよ」
「いえ、教室の空気と言いますか……もう少し腫れ物を扱うように見られるかと思ってました。向こうで発症した時は、友達にそういう目で見られたもので」
「術師あるあるだな。周りと触れ合わないと、遠巻きにされるのはよくあるらしいし」
「触れ合ってもあまり変わることはありませんでしたが……正直、高校に入ったのも親の言いつけがあっての事ですし」
垣間見えるのは暗い闇。
日常に混ざる異物感。
当人にどれだけ害が無かろうと、他人にしてみれば特別な変化は、時に軋轢を生むことに繋がる。
細かいことを気にしていたら、術師はまともに生きられない。
社会の中では必要不可欠な、爪弾き者なのだから。
「そこはほら、あれじゃね?啓太が教室で命の危機ポロポロ話してっから、何かもうオレらも慣れたっていうか」
「だよね~。死にそう死にそうって、いっつも言って帰って来るんだもん。ここまでくると逆に何があっても死ななそうな気がして、何か変に意識する方がバカらしいっていうかさ~」
「……機密情報を漏洩しているのですか?」
「そこまでじゃねぇよ。ただ、お前が来た都会と違って、こっちは街中でそう多く怪異が起きねぇ。起きても速攻で処理するし、そう出来るようにある程度情報は流しといた方がいいんだよ。狭い街だからな。友達の噂話も、案外バカにできないレベルだ。現にそれでB級の怪異の根を潰した例もある。面倒な話だが、街の顔になって面倒事がもっと面倒になる前に持ってきてもらうには丁度いいわけ」
「なるほど。向こうでは考えられない話ですね。興味深いです」
人と自然の割り合いが違う弊害とでも言ったものか。
場所が違えば厳禁なことも、時には必要になってくる訳で。
「いつも普通に聞いてるけど、久世っちの話ってそんなに珍しいものなの?」
「噂をすれば影って言うだろ?人が密集し過ぎてる場所では、情報収集のための拡散が、かえって原因になりかねないんだよ」
「へぇ~。それで程よく人が散ってる田舎ね。確かにまぁ、こっちじゃその手の話って全然聞かねぇもんなぁ。お前の話も、半信半疑だし」
「それだけ平和ってこった。面倒が少ないに越したことはねぇよ。……まぁ、今日はその面倒な日なんだが」
「波ですね。所長から伺ってます」
「それってアレだろ?月一くらいで来る霊の群れみたいなヤツ」
「そんなトコだ。まぁ、今回は浅く長くなりそうだから、一日で終わらないだろうけどな」
「日中は出ないのに夜だけ出るなんて、幽霊って夜行性なんだね」
「厳密にはまったく居ない訳じゃありませんよ。ただ、日中を漂う程度の半霊では、そもそも霊感の無い人には認識もされないので、干渉し合うことがないんです。力も弱いので、殆どが陽に浄化されるように、すぐに消えてしまいますし」
「世界の境界線がズレてるからな。向こうとこっちが繋がってない以上、こっちの世界での存在権が無いんだよ」
「あの世とこの世ってヤツか。どっちにしてもスケールのデカい話だなぁ」
「ちなみに聞いておきたいんだけど、お前半霊以外の除霊経験はどんなもんだ?まず亡者以外を見たことあるか?」
「亡者程度なら対応までは。それ以外は経験と言える程はないですね。市街地の巡回ばかりで、霊地へはあまり入って来なかったので」
「なら、まずはゴーレムからだな。ウチではよく出るから、倒し方とか確認しとけ」
「一つ目を狙うんですよね?それとも、心臓部に内包したタイプでしょうか?」
「どっちも居るが、目が多いな。あと、稀に鉄が混じるから、水だけだと軽く感電する可能性がある。鉄の心臓内包型が出たら、一先ず下がって様子を見ろ。氷結まで使えなきゃキツイかもしれん」
「一応、部分強化は使えますが……氷の練度は自信無いですね」
「そこら辺はまぁ、これから伸ばしてけばいいだろ。ウチに居れば否が応でも場数は踏めるさ。度胸と根性さえあれば大丈夫だ」
「ねぇ、久世っち?その度胸と根性を宛てにして聞くんだけど、勉強の方は大丈夫なの?最近起きてるの見たことないけど」
「宛てにしてるので助けてください。この通りです帆花様」
自然と下がる頭に沈黙。
弟子の前でも見栄やら意地やら、張れない時はあるものなのだ。
そうして午後の時間は流れ、夕焼けが空を染めていく。
さて仕事だと歩み出す影は、規則正しく帰路を沿っていた。
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