第3話瞳の奥に
時の流れが早いのか、連絡するのが遅いのか。
意外や意外にすぐさますぐに、研修生はやってきた。
聞いていなかった条件と共に。
「はぁ……何でオレが。所長がやればいいじゃないですか、どうせ暇なんだし」
そうなのだ。
件の彼女の研修を、何故か担当することになったのである。
それも当日に、断わりもなしに。
「おいおい、上司を働かせる部下があるかよ。上司に扱き使われてこその下っ端ってモンだろ?かといって赤上じゃ手に余るし、嵐山は出張中。ウチじゃお前が適任なんだよ。軽くでいいからやってみろって」
「軽くって、そんないい加減な……」
「心配すんな。一応オレも立ち会う義務がある」
「いや、そこはフツーに果たしましょうよ。義務なんでしょう?どんだけやる気無いのこの人……」
グダグダと情けない会話をする間にも、足は前を向き視野は広がる。
訓練室への道のりを越え、こちらを振り向く少女と対面。
軽く会釈し、挨拶を交わす。
「初めまして。貴女の午後の研修を担当させて頂く、久世啓太といいます」
「矢来瞳(やらいひとみ)です。よろしくお願いします」
下げる頭はキッチリ深く。
礼儀正しさを覗かせる反面、目元は鋭くこちらを見ていた。
元の目付きか、実力の値踏みか。
どちらにしてもピリつく肌が、緊張感を伝えてきていた。
「じゃあ、一先ず確認から。術はどの程度扱えますか。今の貴女の実力が知りたいので」
「身体強化系は部分強化を全属性。全体強化は無属性と雷なら使えます」
「近距離、遠距離系の術式は?」
「……雷なら、ある程度は」
「なるほど。それじゃ雷を伸ばすか他を追い付かせるかどっちかになるけど、キミの希望的にはどっちがいいかな?」
「……あの、失礼を承知で一つ、お願いがあるのですが」
「ん?何かな?失礼でもいいけど、承知するかはお願い次第だね」
担当を変えてくれと言われるのだろうか?
そりゃあ所長より自信は無いが、こっちも頼まれてやってる訳で。
一先ず話だけでも聞いてみようと、傾けた耳が声色を拾う。
「――手合わせを、お願いしたいのですが」
「……んー、そうきたかぁ」
「ははっ、いいんじゃないか?元々赴任先を探して来てるんだし、ウチのレベルが知りたいんだろうさ。ちなみにコイツはウチじゃ三番手……下から二番目だな」
「ねぇ、ちょっと?悪意があるんですけど?何で下から言った?ブービー賞で悪かったですねぇ!」
「いじけんなよ。事実だろ?」
「……あの、それで、私のお願いは」
「はぁ~。……いいよ、やろうか。その方が手っ取り早そうだし」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
真面目な姿勢に漲る闘志。
誠実と言えば聞こえはいいが……これはちょっと苦手なタイプかもしれないと、鋭い眼差しに気が滅入った。
~
「(少し失礼だったかな?もうちょっと言い方があったかもしれない……)」
研修初日の午前を終えて、午後の合間に話を聞いた。
昼食を共にした所長さんから、所員の一人がそうであると。
「(でも、やっぱり見ておきたい。自分と同じ人が何処までやれるのか。今の私とどう違うのか)」
左右それぞれに指輪を一つ。
中指のそれを摩りながら、ポケットにも手を入れ感触を確かめる。
「(使い切るつもりでいこう。出し惜しみして勝てるとは思えない)」
決意を胸に向かいを見れば、足に巻かれた黒のポーチから、銀色の式札を取り出すのが見えた。
薄い板状のその金属は、淡く金色に光を発している。
「それじゃ、始めようか」
「はい」
三枚のうち二枚の板が手を離れた。
胸の高さまで浮遊したそれは、殻を纏うように輪郭を伴っていく。
「共鳴連鎖」
「人型の護法式ですか」
「モドキだけどね。本職じゃないし」
「……本気は、出してもらえませんか」
「ん?必要ならそうするけど、あくまでも研修だから。出来る所までは試さないと」
「……そうですか。分かりました」
つまり、全力を出してもらうには。
「行きます、全体強化!」
手を抜かせないくらい、本気で行く!
金色に湧き出る体表の光。
内側から溢れて微かに散るそれは、完全な収束には程遠いものの、確かな膂力を体に回す。
ストレートな接近に、迎撃は一瞬。
「雷線」
初手は向こうで、左下に斜め。
一線を躱し、直線を逸れる。
回り込むように護法へと向かい、各個撃破へと体勢を移せば、逃れるように術者が下がる。
バックステップで距離を取りつつ、護法の制御に集中するらしい。
本体との位置取りを常に守りながら、囲い込むように人型が動いた。
発射されるのは雷の線。
収束する雷が束のように重なり、上下左右を埋め尽くしていた。
「陣!」
やがて躱せない雷の線を、障壁で防ぎつつ間合いを詰める。
左のそれを基本は躱し、右からのそれを出来るだけ捌いて、目前に右個体を捉えるに至った。
「雷線!」
触媒の消耗を度外視した強化。
右の指輪は砕け散ったが、護法一体の核も刻んだ。
「おっと」
そのまま斬撃は本体へと迫り、カウンターの隙も潰すのに成功。
しかし、それでもまだ一体。
集中することで出力が増したのか、四角形面から出ていた線が、三角に欠けて連射に変わる。
一撃に重きを置いていたそれが、三隅の端から回るように速く。
狙いの精度も増してきたそれに、段々こちらが押し込まれていく。
「(っ、補充しないってことは、手元の一枚は制御用?これ以上増えないなら、やりようはある!)」
左右のステップで弾幕を躱し、詰めるのではなく一息に下がる。
射線上の雷まで撃ち抜くつもりで、印を結んで唱えるは言霊。
「結弦!」
無属性の結界が弓を成し、同じく番える矢を形成。
チャンスは一回。
撃ち合いじゃ勝てない。
それでもせめて、一矢報いたい。
色の無い私の、数少ない才能で。
「貫け!結穿!」
左手の指輪が手の中で砕ける。
使い捨てるのを覚悟の上で、強化した矢が雷を貫く。
そのまま三角面の中央を割り、核へと届いて人型は消えた。
「(これで!)」
攻撃は止み、守りは消えた。残すは術者本体のみ。
弓へと込めた集中を、再び体へ巡らせていく。
自然、口をつき、言の葉が鳴る。
「「全体強化、雷伝」」
奇しくも互いの初動が被る
属性も同じく、進路も一緒。
指先からは雷の刃。
互いに獲物を振り抜いた上で、交差する結果は一方的だ。
それもその筈、こちらのそれは、真っ向からの勝負を捨てた、振り抜いただけの光のフェイク。
打ち負けるのを覚悟の上で、牽制程度に使ったそれは……最後の式札の雷で消える。
「雷砲」
眼前の砲身に目を見開いた
線よりも長く、丸太のように太い。
どうやら向こうも雷線はフェイク。現れたのは砲弾ではなく砲身だった。
薙ぎ払われる光の暴力は――上空からでも圧巻だった
「(けど、背後取った、いける!)」
振り抜きを待たずに、空へ飛んだ結果、着地は待たずに、障壁を踏む。
空中の足場から、一直線の奇襲だ。
近付く間合いに瞬く光。
先手のフェイントは右手だったが、本命は最初から左手の中だ
握りしめた虎の子である雷の三核石が、五光へと変わって鋭利に溢れ出す。
「雷牙!」
細長い五指は、爪のように長く。
掌から伸びて、大口を開ける
雷の牙が獲物を捉えるその一瞬――振り向くその目と目があった
遠ざかる足、向けられる砲身に五つの牙が噛みつくと同時、視界を染めたのは閃光だった
「(目眩まし!?何処から来る!?)」
潰された視界の回復を待って後退。
障壁を踏んで再び空へ……逃れた所で力が抜けた。
「ぁ」
足元がもつれ、障壁が解ける。
頭への接触に眩暈を感じ、手を付いたところで、意識が戻る。
膝を着いた体勢で、声を聴いた。
「こんなもんかな。お疲れ様でした。結構良かったと思いますよ。これで中学なら、高校ではB級を狙えそうですね。あぁ、後、水慮は使えますか?難しいようなら、こちらで治しますが」
「大丈夫、です……それよりも」
「はい、何でしょう?」
「……護法、ですよね?いつからですか?」
「割と最初の方から出してましたよ。射線を遮るように動けば、自然とこっちは見えなくなるでしょう?」
語る彼の手に止まるのは、水の塊の青い鳥だ。
後退する時背後を取られ、頭を打たれた元凶である。
「(確か、水燕っていう鳥型の護法……気付かない内に隠形されてたんだ。こっちの動きも、最初から読まれてた)」
「もしよければ、他の答え合わせもしますか?」
「他の……?」
「はい。こちらが伏せた手札は三枚あるので」
「っ!?いつの間に……」
「ちなみにこれも最初からですよ。詰めて来るのが分かってるなら、予め置いといて損はないでしょう?」
そう言って彼が示したのは、赤く人型を模した木札。
手に持つそれと同じように、潜んでいた地面から浮かび上がる。
「これも護法用の式札ですか?」
「火属性用ですね……‶融合連鎖″」
燃える木札が二体の人型になったと思ったら、火柱として弧を描き、炎上。
火の弾となって宙を滑り、爆発しては火花を散らす
「後はこうして剣にしたり、火の粉を舞わせて陽炎の幻影、そのまま突っ込ませて爆発とか。水燕と同じように飛ばせることも出来ますね」
手元の三枚目を剣にして舞わせ、陽炎へと派生して自爆を促す。
木札が砕けて燃え尽き落ちれば、見ていた彼女の視線も塵へ。
「最後のが躱せていても、どのみち仕切り直しですか……」
「ちなみに、もう一枚は分かりますか?」
「まだあるんですか……?」
「一枚は水燕。二枚目は木札。では、三枚目は?」
この上まだあるのかと思考を巡らせれば、考える間もなく正体は降って来た。
「……風見鶏。これも、最初から……」
「といっても、一気に出した訳ではないですけどね。撃ちながら少しずつ仕込んでただけで。答え合わせはこんな所です。こっちも研修を担当するの自体初めてなので、あまり上手く出来ていなかったらすいません」
「いえ、その……完敗でした。勝負してるつもりだったのは、私だけだったんですね……」
「えっと、まだ中学生ですよね?一応、歳の差もありますし……」
「所長さんから、同期と窺っていたので」
「同期?あれ、一個下じゃなかったっけ?」
「私も、去年の今頃発症したので。先輩もそう、なんですよね?」
だからこそ挑んだ。だからこそ気になった。
今の自分と同じ時間を費やした人が、何処まで行けたのか興味があったから。
「なるほど、そういう……ていうか、一年でここまで強くなるのか。誰かに師事してた訳じゃないんだよね?」
「先生以外には、教わっていませんが……先輩は違うんですか?」
「そもそもオレは学校通ってないからね。あぁ、一般のじゃなくて、術師のね。訓練は師匠から受けたんだ。まぁ、あの人のは訓練っていうか、虐待だけど」
「?厳しい方だったんですか?」
「今のキミの状況に例えるなら、開幕速攻で殴られて気を失ったところに、雷流して起きろ、起きたら起きたで走れ。立とうとしたら遅いと蹴られ、走り出す前にまた蹴られて、転がってるうちに意識が飛んだり、宙を舞ったり、気が付いたら土に埋まってたり」
「……大変、だったんですね」
それは確かに、訓練とは言えないかもしれない。
少なくとも今の自分は、そこまで追い込まれて鍛えられていない。
「まぁ、そんな感じで一年くらい過ごしてたから、キミと違って呑み込みがよかった訳じゃなくて、最低限マシになったってだけなんだ。台風や津波に比べたら、相手が人な分駆け引きも成立するし、小細工も有効に働くだろう?」
「それで護法ですか」
「ん?あぁ、これは弟子の訓練用に作っただけだよ。一流なら上手く使うんだろうけど、オレじゃ精々動く的かな?普通に戦った方が早いし」
「やっぱり手加減されてたんですね……」
「や、別にキミを見縊ってた訳じゃないよ?あくまで研修だからね。どのくらいやれるのか見るためには、こっちの方が都合がよかったから」
「では、一つお願いがあるのですが」
力の差は知った。勝てないのも分かってる。
それでもたった一つだけ、譲れないものがあるとしたら。
「えっと、何かな?」
「同期の方と、実際にどれくらい差が付いているのか知りたいんです。一度だけ、本気で戦ってもらえませんか?」
「それはいいけど……今やるの?明日にする?」
「大丈夫です。まだ動けます」
「まぁ、どうしてもって言うなら……」
その後の結果は分かり切ったこと。
一分と保たず、喫した大敗。
そして私は、可能性を見た。
自らの先を行く、その背中に。
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