第2話愛情の理由
「ん~♪おいしい~♪」
「……ホント美味そうに食うな、お前」
とあるファミレスのその中で、空腹を肥やす姿あり。
テーブルの端に積み重なるのは、既に食べ終えたステーキのプレートだ。
そして締めの四枚目はハンバーグ。
彼女がまだまだ成長期であることを加味しても、中々の食べっぷりには思わず苦笑してしまう。
まぁ、これ程美味そうに食べてくれるのならば、奢りだとしても先輩冥利に尽きるが。
「ん?だって美味しいし、そりゃあね?」
「ま、何でもいいけど、食いながら喋るなよ。さすがに行儀悪いぞ」
「人が食べてる所をガン見してくる先輩に言われたくないなぁ。それはそれで行儀が悪いんじゃない?」
「お前が可愛いのが悪い」
「うわぁ、ドン引きだよ……たまに久先輩ってボクのこと口説いてるよね、絶対」
「アホか。そういうのはもうちっと胸膨らませてから言えっての。子供が可愛いのと女が可愛いのは別の話だろ。愛弟子だからな。恋はしてないが、愛してるんだよ」
「……あのさ、恥ずかしいんだけど、色々と」
肉、肉、野菜と大口を開けて、平らげる手もさすがに止まる。
やんわりと抗議の視線を送りつつも、見つめ返されては逸らさざるを得ず、頬を染める熱を逃がしていく。
これが恋かは別としても、思春期の少女からしてみれば、素直になるのは難しい。
そんな事とは露とも知って、意地も悪げに少年は笑う。
気まずそうな愛弟子を見据えながら、頬杖をついて微笑んでいる。
「オレは良くも悪くも思ったことは正直に言うタイプだからな」
「正直過ぎるでしょ……何て返していいか分かんないよ」
「とりあえず食えばいいんじゃね?」
「はぁ~。そうする。言っても無駄だし」
諦めたようにため息を吐いて、仕切り直しと食事を再開。
それを見守る彼も一息。カップを干しつつ景色に目をやり、何でもない話題を振ってみたり。
「そういや、何か研修来るらしいな」
「あれ?ホントに決まったんだ?女の子?」
「みたいだな。お前の一個上だから中三か。冬も終わろうってこんな時期に、受験勉強そっちのけで来るってこたぁ、学歴は捨ててる組かもなぁ」
「ん~、まぁしょうがないっちゃしょうがないんじゃない?ボクたちの将来ってそこまでの時間は無いんだし。こっち側に来るなら両立は難しいっていうか」
術師の大半は薄命だ。
それは仕事の半分が命懸けのものであったりもするが、一番は肉体を巡る霊力が幼い体に毒であり、耐性を付けるまでの段階で大幅に寿命を削ることになるからだ。
素養を持って生まれた時点で、余命は30を越えるかどうか。
当然、進路も他とは違ってくる。
力の制御を怠れば、寿命の減少は益々加速し、だからといって力を使い続けても、越えられない壁が存在する。
寿命という名のそれを越えたければ、存在としての昇華が必要だ。
そしてそれを越えていく強者たちを、魔人や法師と呼称するのだ。
「まぁな。態々研修に来る辺り、それなりに本気で昇華を目指してるんだろうな」
「他人事みたいに言ってるけど、久先輩だって目指すんでしょう?」
昇華。いわゆる壁を越えた者たち。
才能の無い大半の術師が、寿命に負けて死にゆくなかで、ほんの一握りの勝者たちは、その先の余生を謳歌するのである。
それは奇跡的な幸運であり、はたまた血の滲むような実戦の成果であり、一番に付いて回るのは才能という名の当たり前の切符だ。
梨央はその点だけは恵まれている。
術師の素養があった時点で不幸中の幸いではあるものの、この業界で名は特に意味を持ち、色付きは更に価値を持つのだ。
名は体を表すというように、名を体現する形で才能が成就した例は多い。
色が重視されるのは、霊力が司る属性が七大属性あるからだ。
それは無色の無であり、それは水の青であり、それは風の緑であり、それは雷の金であり、それは地の茶であり、それは闇の黒である。
そして梨央が継いだのが火であり、赤上の赤。
お蔭で火の術式には比較的適正が高い。
それこそ新米の身でありながら、一部、もうオレに追る勢いだ。
彼女は将来有望であり、法師や魔人などの、昇華を夢見る適性がある。
もちろん、本人の意志が向けばの話だが。
「目指してなれるモンとも思えねぇし、ま、気が向いたらな。その時はどうにかしてお前も引っ張り上げてやんよ」
「ふっふ~ん♪案外逆だったりして?将来的にはボクが久先輩を引っ張り上げる事になっちゃうかもしれないよぉ~?」
「いや、オレ赤の系譜じゃねぇし……そもそも、弟子に迷惑掛けてまで長生きしたい理由もねぇってーの」
「そこはほら、久先輩が生きてたらボクが嬉しいし?」
「へぇ~、そう」
「うわぁ、雑ぅ。愛弟子への愛は何処行ったのさ」
「オレ、愛情は与えるものであって、与えられるものだと思ってないからな。いつも言ってんだろ?期待するから落胆するんだよ」
要はそういう事である。
久世啓太。色無し。加護無し。属性無し。
才能だけは僅かに有るが、それも正直持て余し気味だ。
親の捨て方が良かったお陰で、たまたま良い師に拾われたものの、半人前の身の上では、未だその才は手付かずのまま。
散々鍛え上げられたお陰で、寿命以外でも比較的死にやすい、この業界で生きる力は得たが。
精々が年相応のそれであり、遅咲きの発症にしては大分マシな程度。
間違っても壁を越えていくような、超人に至れるようなものではない。
期待するだけ、無駄。
それが、オレがオレの人生に対して下した命の決断だ。
どうせ手早く死ぬのなら、早々に諦めてしまった方がいい。
程々に稼いで、程々に遊んで、何なら可能性のある愛弟子が自分を追い抜いて先へ行くまで、面倒を見てやれれば幸いだ。それでもし昇華に至ったとしたなら、オレは涙を流して喜べるだろう。
あぁ、オレが生きてきた意味はあったんだと。
この子を生かすためにオレは育てられたのだと。
生まれてきた事に、生きてきた事に、小さくない意味を見つけられる筈だ。
そう信じているからこそ、オレは彼女を愛しているのだ。
夢を諦めた人間は、その夢を誰かに託すことで、自分を他人に投影して、その夢を見ようとするという。
恐らく、それがこういう心境なのだろう。
オレはコイツに期待している。ほんの少しで、少なからずだ。
裏切られてもいいくらいの、落胆する程でもない期待。
自分の人生と引き換えにでも、この子には希望を持って生きて欲しいのだ。
例えそれが昇華の道を諦めた余命だとしても、彼女なりの人生を楽しんで生きて欲しい。
そのための道標になれるのなら、特に意味を感じない勉強だって手についた。
自分はあくまで導く側で、辿り着く側ではないのだから。
師が弟子を越えるというように、いずれは置いて行ってくれればいいのである。
「ボク、久先輩のその自分は誕生日プレゼントあげるけど、自分の誕生日は祝うなってスタンスだけは嫌いだよ。与えるだけ与えておいて、お返しは受け取らないなんてあんまりじゃない?少しは与えられた側の気持ちも考えて欲しいんだけどなぁ」
「受け取るかどうかは本人次第だろ。嫌なら嫌と拒めばいいさ。オレは無理強いはしない主義だ」
「青の訓練は?」
「術師として死に辛くなるためにつけてんだよ。昇華目指すにしろ、そうでないにしろ、制限時間が長いに越したことはないだろ。目の前の敵が倒せなきゃ、どの道死んで終わりなんだから」
「そう言われちゃうと返せないけどさぁ」
「ま、先のことは置いといて、だ。取り敢えずそれ食っちまえよ。今日は登校無いんだろ?しっかり食って、ぐっすり休め」
「ま~たそうやって適当に流す~」
「水に流せよ。青の日なんだから」
「もう散々流したよ……ていうかうえぇ、食欲無くなっちゃうからやめてよね、もう」
言いながらもパクパクと眉を潜めつつ、口は動いて咀嚼する辺り、コイツは大したモンである。
法力の回復法は自然回復以外に人それぞれだが、コイツの場合はそれが食欲に顕著に出てる節がある。
食べれば食べる程気力が回復するのなら、稼げさえすれば楽な方だ。
人によってはただでさえ少ない人生を、寝てばかりいないといけなかったりするのだから。
食って時間を作れる分、まだ温情というものであろう。
「ご馳走様でした、っと。へへ~ん♪デザートも頼んでいい?」
「好きにしろ」
何は兎も角それはそれ。
今は可愛いバカ弟子に、苦笑しながら甘味を振る舞う、そんな今日この頃である。
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