幼馴染がぐーたらの甘えん坊なのだが、それでも可愛いと思ってしまう件について

千木らくた

第1話 ぐーたらな幼馴染が可愛い

 とある五月の日曜日の夜。

 俺は幼馴染である神瀬 真奈の家に夕飯を作りに来て一ヶ月が過ぎようとしていた。

 これは幼馴染にパシリにされているとか、奴隷にされているというわけではない。

 今年の四月から海外出張に行っている真奈のご両親に娘が自堕落な生活をしていないか、面倒を見て欲しいと頼まれたからだ。

 真奈は昔から遅刻常習犯で、授業中は爆睡、だけど、ご飯はモリモリ食べて遊ぶことが大好きという、食うか、寝るか、遊ぶかの三択しかない本能のままに生きる奴だ。

 とすれば……だ。


 両親の監視の眼から解放された自由気ままな生活を真奈にさせたらどうなるか。


一、徹夜でゲームをして部屋から出なくなって学校に来なくなるかもしれない。

ニ、食べる物はカップラーメンかジャンクフードと不健康な食生活になるかもしれない。

三、お菓子あげるから付いておいでといけ好かないおじ様に騙されて夜の危ない遊びに走ってしまったりするかもしれない。


 物心がついた時から真奈のダメさを知っている俺としては、この程度のことは起こるだろうと容易に想像がついてしまい、真奈が悪い道に走らないように、せめてご両親が帰って来るまで普通の日常生活をさせようとその監督役を引き受けたのだ。


 まぁ、幼馴染の情けというやつだ。


 ピピピと丁度タイマーが鳴ったのでグツグツと煮込んでいたカレーのコンロを切った。

 小皿にルーを少量取って、味見をしてみると口の中にまろやかな風味が広がってくる。

 悪くない。だが、真奈にとってはまだ少し甘さが足りない。

 あいつは甘口が大好きなのだ。

 隠し味としてチョコレートを入れ、煮込みを加える。

 数分後――、三歳児が笑顔で食べられるほどの甘さに仕上がった。

 ご飯を皿に盛り熱々のルーをかけ、冷蔵庫から魚介のシーザーサラダのラップを外して、シーザードレッシングをリビングのダイニングテーブルにセットして夕飯の準備が整った。

 シンプルイズベストのような夕飯だが、これでも真奈は顔を綻ばせてパクパク食べるから、作り手の冥利に尽きるというものではある。

 

 さて、夕飯の時刻なのだが、真奈は未だリビングにすらやって来ていない。

…………問題ない、想定通りだ。

 俺のミッションは夕飯を作り真奈を部屋から連れ出す所までだからな。

 俺はリビングを出て、二階へ向かう。階段を登った右奥にある部屋の前で立ち止まった。

 一度ドアをノックするが反応がない。さらに三回ノックをしたが返事すらなかったので、ドアノブをガチャリと捻って部屋の中に入った。

 

 入って正面にある本棚には漫画とラノベがずらりと並び、床にはゲーム機。奥にある机にはデスクトップパソコンとモニターがあり、モニターには最近発売したファンタジーゲームの推しの女キャラがスクリーンモードで表示されている。さらに、ゲームに登場するのか、癒し系の大小様々なネコのぬいぐるみが至る所に配置されており、その中で一番大きなぬいぐるみを抱きながら、スヤスヤとベッドで寝ている真奈がいた。

 白のTシャツ一枚にピンクのレースパンツを見せながら。


…………ふぅ。


 幼い頃から一緒にお風呂に入っていたこともあって、真奈のパンツは見慣れたもの。

 クマパン時代から知る幼馴染のパンツに発情するほど俺は落ちぶれてはいない。むしろ、男が家に来ているのにパンツ丸出しで寝ている女の子の方がはしたないと思ってしまう。俺が悪い男だったら、どうするつもりなのか。ズボンは穿いて寝て欲しい。いや、穿いて寝ろ。

俺はさっと、タオルケットを真奈の腰にかけてやった。


「慶ちゃん……のえっち……」


 一瞬俺の名前を呼ばれドキリとしたが、真奈はむにゃむにゃと幸せそうに寝言を言っていただけだった。まったく、どんな夢を見ているのか知らないが、現実世界でパンツを見せてつけて来ているのはお前の方だぞ?

 これは不可抗力。俺は無罪、そう無罪。

 俺はえっちでもなんでもない普通の健全優良男子だ。

 いや、嘘だ。俺は普通の男子だ。だから、えっちなことも当然考えるし、したいとも思う。

 ただ、分別は弁えているつもりではある。

 一度、深呼吸をして心を落ち着かせてから言う。


「真奈、夕飯できたぞ。起きろ」


 すると、真奈がもぞもぞと仰向けになると薄っすらと目を開ける。


「ん……。おはよー…………。寝てた」

「見りゃ分かるわ。何時から寝てたんだ」

「朝からずっと? 昨日は徹夜で漫画読んでいたから……キリが悪い所で終われないの」

「それはお前の勝手だが、また夜寝れないぞ」


 真奈は目をごしごしと擦って大きな欠伸を一つした。


「らい……じょうぶ。今日は慶ちゃんが朝まで付き合ってくれるから平気」

「俺の予定を勝手に作るな。俺は帰る」

「えー、でも今日は土曜日だから……明日、学校は休みでしょ? オールできるよ?」

「何を言っている。今日は日曜日だぞ」

「ん? 今なんと?」

「今日は日曜日、明日は月曜日」

「慶ちゃんは寝起きから冗談がきついなぁ~。今日は土曜日だよ。サタデーナイトは家でフィーバーしなきゃ!」

「お前はどこのパリピだ。スマホで良いから日にちを確認して見ろ」


 真奈は枕元にあったスマホの電源を付けると、そっとスマホを胸の上に置いた。


「私の中ではまだ土曜日です」

「早く土曜日から帰って来い」

「私の休みが一日減ったことに対するショックが半端なくてこのまま永眠しそう」

「大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ! 由々しき事態だよ! エンタメに触れられない時間が減ったと思ったら、生きる活力が失われて私の寿命は明日だよ!」

「んなわけあるか」

「あるんだよ‼」


と、真奈は大きな猫のぬいぐるみをぎゅっと抱いて横になった。


「明日学校行きたくない」

「ご両親に怒られるぞ」

「うぐっ……じゃあ、明日学校に隕石が落ちて、休校になります」

「ないね」

「宇宙人が攻めてくる」

「もっとないね」

「じゃあ、学校だけが異世界に転移しちゃう!」

「異世界には物好きがいるんだな! てか、学校行きたくなくてしょうがないのね!」

「そりゃそうだよ! 学校に行っても授業中に〇リホーをかけられていつの間にか終わっているし!」

「先生は魔法使いじゃないぞ⁉」

「学食のラーメンの麺がもやしだったことあるし!」

「学食のおばちゃんに何かしたのか⁉」

「クラスメイトのギャル怖いし! 授業中に前の席でいつも寝やがって、勉強できないじゃん。学校に来ないで部屋に引きこもっていろよ、メス豚が! っていう目線を昼休みに浴びせて来るし」

「そんなこと思うギャルいる⁉ むしろ、授業をサボっているイメージだけど⁉」

「だから、家でエンタメに触れているか、寝ているか、慶ちゃんのご飯を食べている方が百万倍も好き!」

「最後は嬉しいな! ありがとよ!」

「えへへ、どいたまして!」


 そういえば、小学校の頃から授業で寝過ぎて眠り姫と仇名を付けられていたのを思い出した。学校に来たら居眠りをし、お昼になったらぱちりと目を覚まして給食を食べ、遊んだら午後からまた爆睡。授業が終われば、おやつを食べに家まで驀進し、ゲームをする。

 小学校の頃から変わっていなくてもはや清々しい。

 すると、起きる気になったのか、真奈は――。


「慶ちゃん」


 と両手をこちらに伸ばして、『私をベッドから起こして?』と言いたげなポーズをした。高校に入って実ったたわわな胸がぎゅっと押し上げられ、真奈がこっちを見る。

 腰までかかる艶美な黒髪が逆扇状に広がっていて、薄暗い蛍光灯の中なのも相まってか色っぽく見えた。真奈の容姿はお世辞を言わなくても可愛い、だからこそ、こんな無防備極まりないJKの姿を他の男が見たら、欲情を抑えきれないだろう。

 本当に危機意識がないというか。

 俺が見ていないと危ないというか。

 高校生になったのだから自分で起きろというか。

 でも、このまま見捨ててしまうのは心が痛むから手くらいは貸してあげるかと、手をそっと差し伸べた。


「どうしてそうなるかな?」

「俺にどうしろと?」

「慶ちゃんが抱きつける所まで来てくれれば、そのまま慶ちゃんをベッドに連れ込んで、一緒に二度寝する」

「まだ寝る気満々だったかよ⁉」

「当たり前だよ! 慶ちゃんも明日は私と一緒に日曜日にしよう!」

「しないわ! 明日は学校だって言ったろ!」

「あーあーあー。なにも聞こえませーん」


 真奈は耳を塞いで、学校という言葉を聞こえないふりをする。

 そして、タオルケットを被って貝のように引きこもった。

 俺はため息をついてから、バサッとタオルケットを剥がした。


「あぅ。慶ちゃんに脱がされた」

「いや全然違う。というか、いい加減起きろ。今にもお前のカレーさんが冷え込んでいるのだよ」

「……慶ちゃんの作ったカレーが私を待っている?」

「そう言った」

「なんてこった! 今すぐカレーさんに会いに行かねば! もう寝ている場合じゃないよ!」


 真奈はTシャツ一枚でベッドから飛び起きるとそのまま部屋を出て行ってしまった。

 ほんと、ご飯のことになると切り替えが早過ぎる。

 あと……、ホットパンツでもいいから履いて行けよ。

 俺は散らかった部屋を少しだけ片付けてから、床に脱ぎ捨てられたホットパンツを持って部屋を出る。リビングに着くと、テーブルに座った真奈がじっと俺が来るのを待っていた。


「慶ちゃん、遅いよぅ! 早くぅ!」

「先に食べていて良かったのに」

「それはできないよ」

「何で?」

「ご飯は誰かと一緒に食べると二倍美味しくなるから。それにね……」


 真奈はいじらしく膝を擦り合わせた後、言う。


「慶ちゃんと食べたら十倍美味しくなるんだよ! だから、いつもありがと」


 真奈が愛くるしい笑顔を向ける。

――は、ははーんっ。

 嬉しい事を言ってくれやがってこんちくしょう。

 ぐーたらのダメ人間だけど、こういうことを言われてしまうと――可愛いと思ってしまうではないか。


「ほら、忘れものだ」


 俺は真奈の頭にホットパンツをのせたが、乗せたことに気づいていないのか、真奈は、『早く食べようよ』と目を輝かせながら、クイッと俺のシャツ引っ張った。

 どうやら、穿く気がないらしい。まぁ、もうどうでも良いけどさ。

 俺が座って合掌と同時に真奈はパクリとカレーを一口頬張る。

 頬を押さえながら「んぅ~」と唸る。


「慶ちゃんの作ったカレーは美味すぎる! 味付けも私好みだし、本当に料理が上手だね! 余は幸せじゃ」

「何キャラだよ。まぁ、お褒めに預り光栄です。お嬢様」

「うむ。苦しゅうないぞ!」


 真奈は顔を綻ばせて喜んでいる。

 この顔が見られれば、俺も満足というものだ。

 まぁ、一人で食べる夕飯より誰かと一緒に食べる夕飯も悪くない。


「でも、ほんと、慶ちゃんがいてくれて良かったぁって思うよ」

「そうか?」

「うん。パパとママがいなくても寂しくないし、ご飯は美味しいし、ちゃんと私のことをフォローしてくれるし」

「そりゃ、頼まれたからな」

「ふーん。それだけ?」


 真奈はスプーンを咥えたまま、じれっと俺の反応を伺った。


「うん、それだけ」

「何かやましいこと考えてない?」

「どうしてそうなる?」

「そりゃー、年頃の男女が一つ屋根の下で一緒にいるということは世間様から見たらそーいうことで……」


 真奈が下を見ると何かを気づいたかのように言う。


「もしかして、私って女の魅力ゼロ⁉」

「そうとは思わないが……」

「じゃあ、どこら辺が良いと思う?」


 真奈が涙目で聞いてくる。


「元気で愛嬌があってたまに可愛らしい。まぁ、お礼とかちゃんと言えるから、この世界で探せば一人くらいは好きになってくれる奴がいるんじゃねーの」


 って、俺は何を言っているのだか。これだとまるで俺が真奈のことを好きって言っているみたいじゃねーか。

 真奈はジーっと俺のことを見つめた後、むふふと笑った。


「なんだよ」

「ううん、なんでもない。私は幸せ者だと思いまして」


 真奈は足をバタバタとさせて、鼻歌を歌いながらカレーを頬張る。


「慶ちゃん♪」

「?」

「不束者の幼馴染ですが、これからよろしくね♪」


 と、屈託なく笑う真奈を見て――、

 ぐーたらで甘えん坊な幼馴染だけど、それでも可愛い――


 そう、思ってしまったのは内緒だ。

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幼馴染がぐーたらの甘えん坊なのだが、それでも可愛いと思ってしまう件について 千木らくた @chigirakuta

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