第13話 ユピの記憶Ⅰ

 ユピの記憶の中に入ったヒラクは、長い廊下を一人歩いていた。


 両側の厚い石の壁には窓はなく、天井は暗がりで見えない。

 広い廊下には赤い絨毯が伸びている。

 三つに分かれた燭台のろうそくが、両側の壁の高所から突き出して、等間隔で並んでいる。長いマントの衣擦れの音が静寂を際立たせていた。


(ここ……どこだっけ……?)


 今、初めて来た場所であることは間違いないが、ヒラクはなぜかその場所を知っているような気がした。


(ここ、ユピがよく見る夢の世界に似ているんだ)


 くりかえしユピが見る夢のことをヒラクはよく知っていた。


 赤い絨毯が伸びる廊下を歩いていくと、ある部屋に行き着く……。


 ユピから聞いたとおりに、ヒラクはある部屋に行き着き、観音開きの大きな扉を押し開けた。



 壁一面に広がる窓から月の光が降り注ぎ、床に格子の影を落として室内を青白く浮かび上がらせている。


 装飾を施した金の猫脚のテーブル、絹張りの寝椅子、背の高い銀の燭台などが目に飛び込んでくるが、ヒラクは迷いのない足取りで部屋の奥に向かい、そこにある一つのものに視線を注いだ。


(これが、ユピが怖れていたもの……?)


 ユピはその部屋にあるものにいつも怯えていた。

 それが何かとヒラクが聞いてもユピは答えることがなかった。

 何か恐ろしい怪物が部屋にいて、ユピに襲い掛かってくる夢なのではないかとヒラクは考えたこともある。


 だが、今、ヒラクの前にあるのはまったく別のものだ。

 画架のような三脚に何かが立てかけてあり、上から布をおおいかぶせている。


(何だろう……絵……?)


 ヒラクが入り込んでいる人物は、布を引きつかみ、そこにあるものをあらわにした。


(鏡だ……!)


 それは「王の鏡」とも呼ばれた鏡で、「破壊の剣」と呼ばれた剣と対をなすというものだ。


 炎が燃え上がるような装飾に色とりどりの宝石を埋め込んだ飾り枠にはめこまれた円鏡は、ヒラクが実際見たものとまったく同じものだ。


 だが、ヒラクは鏡の中に映る人物の顔を見て驚いた。


(赤い勾玉の男……!)


 ヒラクは、呪術師の島で見た赤い勾玉を持っていた男の顔をはっきり見たわけではない。それでも鏡に映るのは赤い勾玉の男と同一人物だとヒラクは直感した。


 鏡の中の男は、細く柔らかな長い髪を後ろで一つに束ねているが、後れ毛がやせた頬にかかり、どこか退廃的な雰囲気を漂わせていた。


 青白い顔は病的で、若者がもつ溌剌とした輝きは一切ないが、散りゆく花に見るような凋落の美がある。


 鏡の中の男は、若い頃には美しかっただろうことが容易に想像できる風貌をしていた。


 男はやせ細った青白い指先で鏡にそっと触れた。


『今日は私にどのような知恵を授けてくれるのだ……神よ』


 鏡の中の男が笑って答える。


『「支配と裁きについてはすでに話したな、王よ」』


 男は鏡の中の男と同時にうなずく。


『ええ、とうに私は知り得ています。そして私は人の運命を翻弄する神としてこの世に君臨する』


 男は鏡の中の自分と対話していた。

 ヒラクは男が一人で話しているのを聞きながら、気味が悪いと思った。


『神よ、あなたは私であり、私はあなたの現身だ。すべての偽りの神を滅ぼせば、あなたと私は同化して、唯一の神となれるのだろうか』


『「おまえは剣をみつけたのか?」』


『破壊神の剣のことですか? もうじき手中におさめます。勾玉が導く先には剣がある。その剣ですべての偽神を滅ぼしてみせる。それがあなたの望みでしょう?』


『「おまえがそれを望むなら」』


『あなたの望みは私の望み。あなたが剣を求めるのだ』


 そう言って、男は高らかに笑った。


 鏡の中の自分と話す男の言葉をヒラクは二人の人物の会話のように思いながら聞いていた。


(鏡の中の男が剣をみつけることを命じた……? それは誰の望みなんだ……?)



 疑問がうずまく中、辺りは一気に暗転し、ヒラクはまた別の記憶に入り込んだ。


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【登場人物】

ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。今はユピの記憶に入りこみ、ユピの中にある存在の正体が何者なのかに迫る。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。南多島海で破壊神の剣を手に入れるとヒラクの前から姿を消す。再び神帝国に現れたユピは父である神帝を殺し鏡を奪う。鏡と剣を手に入れたユピは記憶の底にある「神の扉を開く鍵」を得るためヒラクを記憶の中へと誘導する。



マイラ…黄金王がルミネスキの湖から引き揚げた鏡が土着の月の女神の姿を消そうとしたとき、その月の女神の存在がその時ちょうど命を落とした老婆の体に入りこんだ。それがマイラの正体であり、マイラは不死の身である自分の存在の根源を求め、王の鏡を手に入れようと画策していた。



★黄金王…最初の勾玉主。黄金の勾玉を持っていた。太陽神とも呼ぼれ、月の女神信仰のルミネスキを支配し、月の女神を妃にしたといわれている。勾玉の導きにより始原の鏡を手に入れるが、その鏡を神の証とし「王の鏡」としたことで勾玉の光を失う。


 神王…黄金王の死後現れた二人目の勾玉主。自らを神の中の神、王の中の王とし、太陽神信仰者や月の女神信仰者は異端として迫害し、メーザ全域を神の統治国家とした。「王の鏡」を奪ったとされている。


 神帝…神王の再来といわれ、神王亡き後、国を失ったネコナータの民たちの希望の存在として信仰対象となり、北の大陸ノルドに神帝国を築いた。


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